肆日目

 新しい朝が来た。――希望の朝ではないが。

 ずいぶんと寝覚めが悪い。きっと昨日のことがまだ脳裏をよぎっているせいだろう。

 くよくよしていてはいけないのは事実だし、昨日のことで春さんと顔が合わせづらくなったのは事実だ。――一緒の部屋で寝てまでいるが。

 ――今日は、春さんの神社ではなく、他の神社にお参りに行こう。

 そう決めて、春さんを起こさないように部屋を出て、支度をし、家を出る。――幸いおやじには見つからなかった。

 さて、他の神社へ、とは言ったものの、どこに神社へ行ったものか。この町にはまだあと3つの神社があるわけで、――何故そんなに立ててあるのかは誰も知らない。

 じゃあ、春さんの神社の次に家から近い『西の神社』に行こう。

 まだ眠気の飛ばない中、僕はゆっくりと歩を進める。




 神社は、特に何もなかった。

 春さんの神社のように広いわけでもなく、特別に何かある様子もない。

 そんな神社には、やはり誰もいなかった。

 まあ春さんの神社も、この春休みで誰もお参りなんて来ていなかったけれど。

 何もなかったゆえにすぐに本殿に着いた。

 さて、今日は何をお願いしようか。

 ――あなたの願いは……――

 不意に耳元でそんな声が聞こえた。――聞いたことのない声だったが、それは違和感もなく耳に入ってきた。

 ――僕の願いは……昨日と同じ、命の在り方を教えてください――

 耳元の声は少し笑い、こう言った。

 では、あなたの願いを『見せて』差し上げましょう、と。




 ――ここは、どこだ。

 それが第一の感想だった。

 それほどまでにここは謎であり、そして不思議だった。

 目の前では、人と人が争い合っている。

 ――これは、戦争? そうなのか? 何があってここに僕は……

 そんな疑問が頭の中を離れない。

 僕の願いを、命の在り方を、『見せる』? それが、これなのか?

 人が人の命を終わらせる。その光景が僕の目の前で延々と続く。鉄の筒を持ち、それを相手の頭に向け、中から出てくる鉄の粒が相手の頭を穿つ。その光景が延々と。

 僕は、やはり何とも思わなかった。そこにいるのは、僕の知らない人たち。その人たちが僕に見られながら、命の灯を消し合う。

 ――ふと、こちらを見る目があった。僕は彼らになんか見られるはずじゃないのに。これは現実ではないのだから。

 それなのに、彼の見る目は僕を捉えれていて、何かを伝えたそうな目をしていた。

 何故だろう。その目を見ていると、何もできない、何もしてやれない僕の力が、無力に感じてしまう。

 何故だろう。今までこんなこと、思ったことすらないのに。胸が締め付けられるような気がする。

 出ない涙が、出ようとする。――しかしそこで、世界は姿を変えた。

 後はあなたがどうするかよ、という声と共に。




 気付いたらそこは、僕の部屋だった。

 布団の柔らかい感触と、頭に慣れた感触。うん、間違いなく僕の部屋だ。

 ただ違うとすれば――――目の前、僕の上に、涙目の春さんがいることぐらいかな。


「あの、春さん……? これは一体……? 何故涙目?」


「――――」


 俺の声が聞こえてか、春さんは泣き出してしまった。


「秋斗君……よかった……」


「あのー……よかったって、何が?」


 僕にはさっぱりだ。何がよかったのか。


「お前、西の神社にお参り言ったろ?」


 不意に低い声が聞こえた。その声は聞いたことのある声で、僕のおやじのものだ。


「あそこに祭られている神様は、中々嫌われているらしい。それも、詣りに来た奴に『悪夢』を見させるかららしい」


 おやじの開設でなんとなく分かった。つまり僕は、悪夢を見させられていたわけだ。

 ――まあ、あれを悪夢と呼べるのかというところに引っかかるが。


「心配かけてっ! 本当に……」


 春さんは今、俺を思って泣いてくれている。――僕よ、かける言葉があるだろうに。


「春さん――ありがとう」


 ――その言葉を聞いた瞬間、春さんは、それはもうぼろぼろと泣き出した。

 それを僕は止めることは出来ない。泣きたければ、泣けばいい。我慢させる必要なんてないのだから。

 ふと、彼の目が脳裏に浮かんだ。彼は、僕を、活力のない目で見た。何かを乞う目で僕を見ていた。

 そのおかげで、僕は、少しだけれども人の心が分かったのかもしれない。――その反面、あのような景色で気付いてしまうのなら、僕は一体、どれだけ人の死を、あの目を、今後見ていかなければならないのだろう。

 それだけはやめてほしい。僕のメンタルが持たない。あんなこと、ただでさえ今のご時世ではありえないのに、それを何度も見させられては、本当に持つ気がしない。


「よし! その神社に行こう」


「――――え? 今春さん、神社に行こうって言ったの?」


 いつの間にか泣き止んでいた春さんの言葉を聞いて、僕は愕然とした。


「ええ、そうよ」


「なんで!?」


「だってこんなことするやつ、許せないもん! 秋斗君を傷つける奴は、たとえ誰だろうが許さない!」


 ――――なんで僕は女の子にこんなこと言われてんだ……情けなくなる。あとこの人、良く恥ずかしげもなく、そんなこと言えるねえ……


「さ! 思い立ったらすぐ行動!」


 急かす春さんに僕は――乗り気じゃなかったが――ついていくことにした。何が起こるか分からないし。何しでかすかも分からないし。――後者の心配のほうが大きいのは、気のせいであってほしい……!

 そうして、今日2度目の歩を進める。

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