青い花びらに赤の降る

蓮池には、彼が通っていた頃からずっと、あの手紙の束があったという。

そして蓮池には、私が通い始めたころからずっと、あの百合が咲いていた。もしも誰かが植えたんだとしたら、その誰かはきっと、白ではなくて花に想いを込めたのだろう。


私の手は、すっかり赤茶けた泥にまみれてしまった。

彼の手にある皺と同じようなものが、泥が張り付いたことで私の手にも見えている。

いっそ、彼ひとりが劣化して死んでしまうのだとしたら、私も同じに劣化して死んでしまえたらよかったのに、と、ぼんやり思う。

彼は優しく、自分がどんどん劣化していくというのに、変わらない私を責めることも、厭うこともなかった。

もしも私が彼と同じ立場であったなら、きっと私は、劣化しないものを憎むことしか、どうにもしてくれない月に、恨み言を吐くくらいしかできなかった。

彼の優しさは、彼の首を絞めていやしないだろうか。

彼は、その優しさがために死んでしまうのでは、ないだろうか。


そこまで考えてしまってから、私は、手の甲に落ちた柔らかい、青い花びらに気が付いた。


奇跡の象徴、私にはこの不可能をどうにかできるのだ、という、心の支えが消えてしまいそうな気持ちだった。

大丈夫、きっと大丈夫。

これをきれいに、土ごと植え替えてしまえたら、また明日からこの奇跡を丁寧に育てて、彼が帰ってくるまで咲かせ続けることができれば、

私はきっとまた、彼のことを穏やかな気持ちで、待てるようになる。


空から降ってくる赤い、細長い、薔薇のそれよりもずっと頼りないかたちをした、花びらのような何か。

それは私の手の上に、青い薔薇の上に、その花びらの上に降り注ぐ。

真っ白な月と、真っ赤な雨が、彼の身体と、彼の血のように思えた。


彼は死んでいやしない。けれど、もし、もし。

そんなことを考えてしまったのが、いけなかったのだろうか。ナトリウムの含まれた水が、薔薇の土にかかってしまったのが、いけなかったのだろうか。

結局、青い薔薇はその次の日にはすっかり枯れてしまっていたし、私は二度と、彼に会いに行くことができなかった。

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