大市(1)


「おばば、体に障るから、そろそろ横になって」

 ラファルは窓から差す西日に目を細めながら言った。

「大市の件だが、真剣に考えてみようと思う。今や領主の緊縮策のせいで、まるで街に活気がない状態は、どうにかしなければならないだろう。そこまでするのは、魔の道には関係がないが――」

 魔女がそこで区切ると、ラファルが意を得たり、という表情で、

「わかってるよ。なにせ領主のご機嫌しだいだし、敬虔な領主のことだ、きっと異端狩りにも精を出していくだろう。僕も尻尾を服の奥深くに隠すようにしているよ」

「そうだ――目立たないに、越したことはないからな」

「それでも母さんが、大市の振興を強く止めないという事実を、僕は重くとらえているよ」

「――全く、医という道は、深い洞察を必要とするが、ラファル、よくお前にそれが備わったものだ」

「自慢の息子と言ってほしいね」

 ラファルは尻尾を振りながら言った。

「ふん――それよりアマンダ、もうそろそろ、本当に寝たらどうだ――」

 そう魔女が声をかける先に、彼女はおらず――書見台に頬杖をついて眠っているアマンダの姿を認めるまで時間がかかった。いつも、フランコが木椅子に腰かけて使っていたものだ。

「――アマンダ、よほどあの世にいる主人が恋しいと見える」

 魔女は一つため息をつき、一度アマンダを起こして寝台に横にした。

「おばばにとっても最後の大市になるだろうね。気合を入れないと」

 魔女の沈黙を、ラファルは是と解した。


 その街の中で、尻尾の医師と言えば、もう町中の評判となっているほどのものである。彼由来の魔力が多分にあるのだが、何より自分の努力によって力を身に着けたことが、魔女には誇らしい。

 だからある程度、街じゅうにその噂は飛んでいるはずなのだ。それが領主の耳に入っているはずなのだ。しかしそれがそのまま領主や教会領の人々の耳に入っている様子もないところ、いかに協会が浮世離れした「教義」にとらわれているかを示していた。

 狐憑きのラファルのことを、正直に咎める人々も少なく、何より医療者としての施療院は一定の評判を得、貧富の差なく、平等に廉価な治療費で診察を行うことが定評を受けていた。

 魔女自身に、長い付き合いであるアマンダへと死に際の土産を送ろうとしている気持ちがあるということを確信したラファルは、それ以降、診察を求める人々にそれとなく情報を収集することにしている。

 隣町から評判を聞きつけた少女が施療院を訪れ、手土産に、と農作物の差し入れをもらったラファルは、それを継続的に送ってくれないか、という提案をしたりした。

 世間の風説には、とりわけしっかりと耳をそばだてた。

 近々、どうやら東方での小競り合いが勃発する気配があるらしく、様々な武具の需要が高まっているらしかった。領主も騎士団を動かす算段があるらしいので、近々たくさんの物資が街に集まってくることだろう。

 ラファルはそれを機に大市を執り行うことが、諸刃の剣だと思った。思い上がりかもしれないが、街を盛り上げようという気概はある。しかしあまり目立ちすぎると、それが領主の耳に入るなら、ラファル自身が異端者であることを悟られることになりかねない。

 一度、魔女に命を救われた身だ。それを大切にしたいという思いが強くある。

 領主の憐憫の情は見上げたものだが、ラファルの異端を知るなり、必ず制裁を加えようとするだろう。

 ラファルが魔術に手を染めていることが露見すれば、間違いなく矛先は魔女も含めた二人、さらにはそれを容認しているアマンダへまでも至るはずだ。今まで育ててもらった母親代わりの存在にまで、迷惑をかけたくない。

 そう思いながら、街からくる患者たちの世間話に耳をそばだて、情報収集は続けていた。

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魔女が拾った子 綾上すみ @ayagamisumi

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