第十一章 そして紡がれる英雄譚(2)
*
喜咲は暴食に立ち向かう覚悟を決めた。
だが覚悟が決まったところで、手段がなければ暴食を相手取ることなどできない。
そこで喜咲は現状可能な作戦を即興で考え出して、その場にいる者たちに伝えるが、
「そんな作戦、成功するわけないよ! って言うか、作戦になってないよ!」
喜咲から智貴を助ける方法を聞いて、姫乃が上げた第一声がそうだった。
「……確かに、姫乃様の言う通りかと。喜咲様の策を実行するには、智貴様を覆う暴食をどうにかしなければなりません。ですがその手段が……」
「いえ、手段ならあるわ」
姫乃に同意するエルミール。しかしそんな二人に喜咲は異を唱える。
「やっと思い出した。前の世界で作られた対魔王用最上位魔術機、永久機が一つ『
永久機。そう呼ばれて姫乃が心底驚いたように目を見開いた。
「なんで……」
「忘れてるかもしれないけど、一応は私も前の世界の関係者よ? 永久機の話ぐらい親から聞いてるわ。その上であれだけヒントを出されれば嫌でもわかるわよ」
呆れたように喜咲が言う。
「永久機は人型をした魔術機で、無限の魔力と不死の肉体を持つ……銃で撃たれても無事だったのは、この不死の肉体のおかげでしょう?」
他にも特殊なミニム・マルクスである。この周辺であったという永久機の反応。それ以外にも様々な状況証拠が上がっている。
なにより、こうして驚いた顔を向けているのが何よりの証拠だ。
「だから暴食をどうにかする手段ならあるわ」
姫乃の協力さえ得られれば、智貴を助けることは可能になる。
もっともそれは可能になると言うだけで、確実なわけではない。しかしそれでもなんの手立てがなかったさっきよりも、状況はよくなっているはずだ。
それにもかかわらず、姫乃の表情はさっきよりも渋い。
「……暴食をどうにかする手段があることはわかったよ。それが完全に私頼りなのはこの際置いておくとして……それでも私はやっぱり反対だよ」
姫乃の視線は床に座り込んでいる悠馬に向けられる。
その手足は、鉄パイプと服を破って作った即席の包帯で応急処置が施されていた。
「彼は私たちに酷いことをした。今、私たちが窮地に陥ってるのも、極端なことを言えばコイツのせいなんだよ。それを、そんな奴を助けるの? 私は絶対に嫌」
姫乃に睨まれて、悠馬はビクリと肩を震わせる。
「喜咲ちゃんはコイツを許せるの?」
「そんなの許せるわけないわ。可能なら気絶するまで殴りつけてやりたいわ。いえ、気絶した後も殴ってやりたいぐらいよ」
「なら」
「でも許せないのと助けないのは、話が別よ。むしろ許せないからこそ、その罪を償わせるために草薙を助けるの」
喜咲も視線を悠馬に向けた。悠馬はと言えば、二人に見られて居心地悪そうに顔をしかめている。
「その、なんと言うか……俺が悪かったよ」
「……謝罪するぐらいなら、最初からこんなことしなければよかったんだよ」
「………………済まない」
「だから謝らないで。私にアナタを許すつもりはないんだから」
非常に棘のある口調で言われて、やはり悠馬は渋い顔だ。
やや考えてから、悠馬は罪悪感からか一つの提案を口にする。
「……穂群のもとに近づくって言うなら、俺も手助けができると思う」
「詳しく話して」
姫乃に睨まれて口を噤んだ悠馬に、喜咲は先を促させる。
「君たちに使ったマジックチャフだ。アレには魔力を散らせる効果がある。暴食の前では効果は微々たるものだろうが、なにもしないよりはましだと思う」
「使えるの?」
「あれの暴走は一応想定してあった。それの対策として、この研究所のあらゆる場所にマジックチャフを撃ちだすための機銃が設置してある。全部は使えないだろうけど、逆に言えばいくつかは残ってるはずだ」
それらを使えば喜咲の作戦を有利に進められるかもしれない。
しかし姫乃は馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「無理だよ。その機銃もプログラムによる電子制御で動いてたんじゃないの? この状況じゃメインコンピューターなんか使えないでしょう。そもそも動力だっているんじゃないの? どうやったって使い物にならないよ。仮に使えたとしてもアナタのその手足じゃあ、機械を使う事なんてできないでしょ」
「それは…………」
言い返せず、悠馬が顔を俯ける。そこに姫乃が追い打ちをかけようとして、
「だったらそれは僕がやるよ」
誠二が、そう声を上げた。
「遠藤君? 正気に戻ったの?」
「正気の定義にもよるとだろうけどね……とりあえず機械を動かす程度なら、こなせると思うよ」
誠二はやつれた笑顔でそう言うと、喜咲の方へ向き直って頭を下げた。
「それと、神宮さん。さっきは済みませんでした」
「え、いや。その、そんな謝らなくても……」
「いえ、謝らせて欲しい。脅されていたとは言え、僕はアナタを――僕の好きな人を陥れようとしたんだ。決して許されることではないと思うけど、けじめとして謝っておきたいんだ」
「す、好きって!」
こんな時にも関わらず、告白されて、喜咲が激しく動揺する。
「あ、アナタこんな時に、な、ななななにを言って!」
「ああ、返事が欲しいって訳じゃないから、そこは安心してくれていいよ。僕はただ、僕の心に従っただけのことだから。アナタがアナタの心に従って、草薙や穂群を助けようとしているみたいにね」
「遠藤……」
「僕は君が好きだ。人間だとか悪魔だとかそんなのは関係ない。僕は神宮喜咲と言う個人を尊敬し、好意を抱くよ」
「……今まで悪魔だってことを黙ってて悪かったわね」
「そこは謝るより感謝してくれた方が嬉しかったな」
「そうね……ありがとう、遠藤。私のことを受け入れてくれて」
喜咲が礼を言うと、誠二ははにかんで見せた。
しかしそれに水を差すように、姫乃が口を挟む。
「いい雰囲気のところ悪いけど、二人とも大事なことを忘れてるよ。機械を動かす人間がいても、それを動かすための動力がないの。いくら遠藤君がやる気を出したところで、その現実は変わらないよ」
「ならそれに関しては私に任せてくださいませ」
しかし今度はエルミールがそう声を上げてみせた。
全員の視線がエルミールに集中する。
「見ての通り、私は機械人形。動力には魔力と電気を用いています。こういう事態を想定して……と言うわけではありませんが、出力する電力の量はある程度調整できますので、国産の機械であれば、よほど狂った設計でない限り私の動力でも稼働させることができますわ」
「なにを言ってるの、エルミール!」
驚いたように声を上げたのは姫乃だ。
「エルだって、さっきまで喜咲ちゃんに逃げろって言ってたじゃない! それなのになんで急に意見を翻してるの?」
「簡単に言えば気が変わったんですわ」
なんでもない事のようにエルミールはそう言う。
「状況は最悪。打つ手なんて逃げるしかない。いえ、逃げたところで助かるかどうかも不確定。事態を解決するには魔王の断片をどうにかするしかない。でもそれを成すにはあまりに相手が強大すぎる。普通なら絶望して、逃げ出すか打ちひしがれるかするところでしょう」
現に誠二は絶望してふさぎ込み、悠馬もついさっきまで死人のような顔をしていたのだ。
ですが、エルミールはそこで言葉を切ると、喜咲の方へ視線を向けた。
「誰もが絶望し、諦めていた中、彼女だけが諦めなかった。この漆黒よりもなお暗い絶望の中、ありもしない希望の光を力づくで示して見せた。しかもその理由が自分の為ではなく、他人のため。智貴様や悠馬様を助けるため。はっきり言って馬鹿げた考え。馬鹿げた行為ですわ。人がいいにもほどがある。思わず鼻で笑ってやりたくなるような甘い考え」
「……ねえ、なんでいきなり私がディスられなきゃいけないのかしら?」
喜咲からの非難の視線を、エルミールは無視して話を続ける。
「あまりにも、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて……だから気が変わったんですわ」
「意味がわからないよ」
「よく言うではありませんか。馬鹿と天才は紙一重、と。なら度し難いほどに馬鹿な考えと言うのは、限界を超えて天才の行いに届くのではないか。私もそんな馬鹿な考えを抱いてしまったんですわ」
「…………わからないよ」
「他の方も似たようなことを思ったから、彼女の力になりたいと思った。私はそう思いますわ」
「わからないよ。エルの言ってることは全然、本当に全然わからないよ」
「そうでしょうか? 姫乃様も本当は、わかっているのではないですか? だからこそ、そんな辛そうな顔をしているのではないですか?」
「………………」
今度は全員の視線が姫乃に向く。彼女の顔は苦々しくゆがめられていたが、見方によっては泣きそうなそれにも見えた。
喜咲の立てた策には、姫乃の力が絶対に必要だ。むしろそれ以外の物はおまけと言って差し支えない。
それほどまでに姫乃の持つ力は強力なのだ。
「……わかったよ。一度だけ、私の力を貸してあげる」
「鹿倉……!」
色よい返答に喜咲は表情を輝かせかけるが、姫乃の鋭い視線がそれを妨げた。
「でも勘違いしないで。私は喜咲ちゃんのために力を貸すんじゃないから」
固い、突き放すような声で言われて、喜咲は表情を曇らせる。
「私は……私は、喜咲ちゃんが信用できない」
視線を逸らしながら、姫乃はそう呟いた。
「喜咲ちゃんは世界を滅ぼしたエルフの末裔……喜咲ちゃんが直接悪いわけじゃないのは知ってる。だけど、その長い耳はどうしても私の心をざわつかせるの」
「それが、アナタが私を信用できない理由?」
「ううん、あと一つ……喜咲ちゃんはヒナちゃんを助けようとしてくれなかったから」
喜咲は小向が辛い目に遭っているのを知っていても、助けようとはしてくれなかった。
「それが普通だってことはわかってる。喜咲ちゃんは他に目的がある事も知ってるし、ヒナちゃんを助ける義理がないのも知ってる。だけど」
姫乃は上を見上げるそこにあるのは、月を覆い隠すようにして黒い繭を作り上げる智貴の姿があった。
「トモ君も同じだったはずなのに、ヒナちゃんを助けようとしてくれた」
そんなことをしても彼にはなんの得もない。むしろ草薙財閥を敵に回すなどリスク以外の何物でもないだろう。他にも手段はあったはずなのに、それでも彼はそんな中でリスクしかないような方法を選んだのだ。
極端に言えば、今の状況も智貴が小向を助けようとしたのが原因と言っていいだろう。
「トモ君はいつも全力だった。ヒナちゃんを助けるために、ヒナちゃんを助けようとする私を助けるために。そして喜咲ちゃんを助けるために。それこそ文字通り骨を折ったり、魔王の断片の力を衆目に晒してまで」
彼がなにを思ってそこまでして、喜咲や小向を助けようとしてくれているのかはわからない。だが彼の言動から、彼が本気である事だけはわかる。
おそらくはそれが彼の人間性なのだろう。短い付き合いだが、姫乃はそう確信している。そしてだからこそ、信用できる。
「私は喜咲ちゃんを信用できない。だけど、アナタを信用したトモ君のことは信用してる。だからトモ君を助けるために、一度だけ力を貸してあげる。でも二度目はないから」
姫乃は他のみんなのように、喜咲をなんの根拠もなく信用することはできない。
そうするにはあまりにも彼女のことを知らなさすぎる。
だが智貴のことは信用できる。彼が今までしたことを考えれば、彼の事だけは信用できた。
「……ええ、それでいいわ。十分よ、姫乃」
喜咲の言葉に姫乃は頷くと、淑女のようにスカートの裾を持ち上げて一礼する。直後、かすかな風が巻き起こり、前髪で隠れていた額の石が露わになった。そして石が輝きだす。
「では、かしこまりました。ここに永久機『永遠無垢の姫短剣』の契約を完了し、神宮喜咲様を暫定所持者として認証します」
向かいに立っていた喜咲の体が淡い光に包まれ、かすかにだが姫乃と魔術的なつながりを感じる。
「
脳裏に浮かんだ言葉を喜咲が呟くと、姫乃の姿に変化が生じる。
額の石から生じた光が彼女の姿を覆い、光が収まると一本の大きなナイフが姫乃のいた場所に浮いていた。
複数の花を模した豪奢な鍔飾り。ガラスのような透明な刀身。
実用性に乏しそうなそれは、強いて言うなれば結婚式で使うウェディングナイフのようだった。
これが、姫乃が永久機化した姿。そして智貴を救うための最大のキー。
「今度こそ、穂群を救うわよ……!」
喜咲は誰にともなくそう呟くと、『永遠無垢の姫短剣』を手に取るのだった。
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