Acid Bitter Chocolate...

明日key

Acid Bitter Chocolate...

 バレンタインデーを目前にした二月十三日の夜、俺の友達の駆子(かけこ)が死んだ。十五歳というあまりに早すぎる死だった。

 十三日の彼女は酷く狼狽していた。泣き崩れた顔をしていたのを、俺は目撃している。それから校門を飛び出した後の彼女に何が起こったのか、俺には知るよしもないが、お願いだからどうか責めてくれるな。

 当日の二月十四日に彼女の死を知る。俺は死神様を呪ったが、もっと許せない相手がいた。片思いながら彼女が好いていた男子・弥太郎(やたろう)。彼は駆子が死んだことを承知しているはずなのに、他の女子からチョコレートをもらって鼻の下を伸ばしている。俺は彼の鼻をぶん殴って、鼻血の海に招待してやろうかと思った。チョコレートをもらう彼にはぴったりだろう。だが、理性が働いたのと、彼女の悲しげな顔が浮かんだのが幸いして、俺の拳はただ握りしめるだけに留まった。

 だが、俺はもっともっと許せないことがあった。

 それはバレンタインデーの一週間前、恋人いない歴イコール年齢の俺に、駆子は義理チョコをくれると言ったからだ。しかしその代わりにホワイトデーのキャンディを前倒しでくれと言い、俺は快諾して、その日の早朝にいがらっぽい喉を直すためコンビニで買ったキャンディ……それを袋ごと渡した。それだから今日のバレンタインデーを心から楽しみにしていた。なぜ逝ってしまったのか。

 俺は二重の意味で悔しい。彼女が死んでしまったこと、そして彼女が死んでバレンタインデーのチョコを俺にくれなかったことに対して、だ。

 彼女の死因は明らかにされてはいないが、放課後の夕刻に俺は彼女のアパートメントを訪れた。そこには親戚の人が何人かいて、部屋の整理をしていたのだと告げる。俺は駆子の友達だ、と言うと快く部屋に通してくれた。

 俺はこのアパートメントのキッチンに入りたいと言った。親戚の人たちはどうしてかと不思議に思っただろう、けれど俺を止めることはしなかった。

 キッチンはがらんとしていたが、冷蔵庫に一枚の紙がマグネットでとめられているのを認める。それは「チョコの作り方」をコピーしたもので、俺は親戚の人に悟られぬようその紙を制服の内ポケットに入れ、丁重に挨拶をしてからアパートメントを後にした。

 帰りがけ、俺は家に帰る途中にあるスーパーに寄る。板チョコとチョコペンなどを買い入れた。ほう、フリーズドライのイチゴも使うのか……。材料はすべてこの「チョコの作り方」に書かれていた。

 物の用意を万端に、家に帰って俺は自宅の台所で「手作りチョコ」を作った。母親は俺がチョコを作ってる光景を異様な目で見ていた。構うものか。

 かくして「手作りチョコ」は完成した。二枚作ったうちの一枚を手に取り、俺は呟いた。

「駆子、お前の義理チョコはありがたくもらうぞ」

 そう言いながら、俺はチョコのかけらを口に入れる。甘さ控えめでとてもおいしかった。テンパリングも完璧で、光沢を失っていない。自分がはじめて作ったにしてはよくできたチョコレート。いや違う、これは駆子のチョコだ。俺のチョコレートでは断じてない。このコピー紙にある作り方通りに、俺は調理した、この苦みもアクセントのあるテイストなのだろう。そしてイチゴの酸っぱさ。なかなかうまかった。うまいぞ、うまいうまい、駆子……お前の作ったチョコレートは世界一うまい。

 バレンタインデーの翌日、俺は下駄箱のそばに佇んでいる弥太郎を目にする。周囲に女の子が三人群がっていた。

「ねえ、弥太郎くん。帰り一緒に甘い物食べに行こうよ」

 駆子が片思いにしていた弥太郎だ、彼女に遠慮して当然断ると思っていた。だが……、

「そうだね、行こう」

「うん、ありがとう」

 俺は凄まじい衝動と勢いで彼をぶん殴りそうになった。だが、再び彼女の顔が頭に浮かぶ。

 運が良かったな、俺は拳を握りしめるだけで事なきを得た。

 そのとき、後ろからクラスメイトの女子がひそひそ話に近い小声で、おしゃべりをしていた。

「ねえねえ聞いた? 駆子さん、電車のホームから落ちて亡くなったんだって」

「ええ、そうなの? ちょっと詳しく聞かせて」

「ううん私もよくわからないんだけど。なんかホームにいたとき、駆子さん。目の周りを真っ赤に腫らしてたみたいだよ。あの日、弥太郎くんからイチゴ味とビターのどっちが好みかって聞いたら、弥太郎くんが『冗談言うな、君からは何もいらない』って言ってたみたいだから」

 それを聞いて、噂話に咲かせていた花が散りかけたように、後方に二人の女子が暫時、沈黙する。

「え、じゃあ……もしかして電車のホームに落ちたの……それって?」

「ううん、きっと事故でしょ? そうに決まってるわ。ところで弥太郎くんはそのことを知って……?」

「さぁ、知らないんじゃない? たぶん」

 知らなければさぞ幸福だろう。だが、知らないふりをしているのであれば……。

 脳裏に浮かぶ彼女の顔、その口がゆっくりと開いて俺に語りかけてきた。彼女が何を言っているのかわかっていた。もちろん、そのためにいま俺はコレを持っているのだから。

 群がっていた三人の女の子が、弥太郎の前から捌けたところで、やにわに俺は彼に肉薄した。

「おい、弥太郎」

「ん? なんだね?」

「これ、お前にやるわ」

 そう言いながら、俺は包装されたプレゼント箱を渡す。

「なんだね、これは?」

「本命チョコだ」

 それを聞いてか、弥太郎の顔にあからさまに鳥肌を立てた。蒼白になった。

「冗談、だろ?」

 ビターチョコの味のように、苦々しい顔を見せる弥太郎。

「本命チョコだ、愛を込めて作ったものだ、受け取れ」

「僕はそんな趣味は」

「受け取れ、開け、ここで食え!」

 俺に気圧された弥太郎は、背筋をがくがくとさせながら、包装を開いて中を見た。

 そこに入っていたのはハート型のチョコ、そこにはホワイトのチョコペンで「大好きだよ」と大きな文字で書かれ、その下に「駆子より」という文字があしらわれている。

 直後、弥太郎は素っ頓狂な叫び声をあげて、チョコの入ったプレゼント箱を落として尻餅をつく。不器用に立ち上がってから、甲高い叫び声をあげて、足をもつれさせながら、走り去っていった。

「残念だな駆子、お前のチョコはもらってくれなかった。あいつはそういう奴だったんだ」

 そう言いながら俺は、ありがたくもらうぞ駆子と言いながら……俺は箱の中に入ったチョコを食べた。

 生まれてはじめて食べる本命チョコは、酸っぱくて苦かった。

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