竜殺しのバレンタイン狂騒曲

左安倍虎

そいつのブレスは規格外だった

「なあ、竜狩人ドラゴンスレイヤーのお兄さん、願い事があるんなら早うしてくれへんか。おっちゃん今ワンオペで仕事回しとるし、あんま次のお客さん待たせたくないんだわ」


 目の前に浮かんでいる東洋風の顔立ちのおっさんが不機嫌そうに言う。

 この間のドラゴン討伐で倒した氷竜の守っていたランプをこすってみたら、出てきたのがこいつなのだ。

 ということは、このおっさんが魔神なのだろう。


「ほれ、早うおっちゃんに叶えてほしいことを言うてみ。ただし願い事は一つだけやぞ。ちょっと前まで出血大サービスで3つまでにしとったけど、最近他の魔神が過労で倒れてしもてな、おっちゃんに仕事が集中しとるんだわ」


 魔神が溜息をつくと、細い髭がふるえた。

 俺は自室の椅子に深くもたれかかりながら、急いで思案を巡らせる。


「あー、いちおう言うとくけど、あと10000個願いを叶えてほしいというのはあかんからな。そんなん言われたらおっちゃんほんまに過労死してまうわ。ただでさえ忙しい魔神業界、これ以上ブラックにされたらかなわんわ」


 肩をすくめる小太りのおっさんに、俺は問いかける。


「願いってのは、どんな願いでも叶えてくれるのか?」

「そらそうや。おっちゃんを呼び出したんはあんたやからな。ただし、あんまりアバウトな願かけられるとアバウトにしか叶わんで。夢はきっちり具体的に描いてもらわんとな」

「じゃあ、このランプをあと10000個くれ」

「だから!おっちゃんの仕事もうこれ以上増やすな言うてるやないか!そんなんお断りや!」

「さっきどんな願いも叶えるって言ったじゃないか」

「仕事がこれ以上増えない範囲内での話や!おっちゃんが倒れたら、もう願いを叶える神さんがいなくなってまうぞ!それでもええんか!」


 魔神のおっさんは下膨れの顔をさらに膨らませ、拳を振り上げる。

 やはり世の中、そんなに都合のいい話はないらしい。

 ここはひとつ、真面目な願いを言っておくとするか。


「そうだな……もうすぐバレンタインだから、浴びるほどチョコラルトというものをもらってみたいもんだな」


 竜狩人ドラゴンスレイヤーというのは冒険者としては規格外に強い部類だし、さぞかし女にもモテるだろうと思われるかもしれないが、これが案外そうでもないのだ。

 最近の娘達は安定志向だ。竜狩人ドラゴンスレイヤーなんて危険の多い職に就いている奴は敬遠される。王都の官僚や大商人の跡取りなんかの方が、結婚相手としてはずっと人気があるのだ。


 それに何より、竜狩人は忙しい。最近は火の精霊力が活発化しているせいで火竜の被害が相次いでいて、あいつらの討伐に東奔西走する毎日だ。彼女を作ってる暇なんてありゃしない。だからせめて聖バレンタインの日くらいは、俺もチョコの山に埋もれてみたい。俺はこのラナリト王国をドラゴンから守っているのだから、そのくらいの願いは叶えてもらっていいだろう。


「──ほう、ほんまにそれでええんか?」

「構わん。金も名誉も十分に手に入れたから、欲しいのは人のぬくもりくらいなもんだ」

「そうかそうか。じゃあ確認すると、聖バレンタインの日に浴びるほどチョコラルトが欲しい、でええんやな?」

「それでいい」

「ならご注文通りにするで。ところでな、おっちゃん魔神やから願いは必ず叶えるけど、あくまで保証するのは結果だけやということを忘れんといてな」

「それはどういう意味なんだ?」

「願いは叶えるけど、必ずしもあんたが思ってるような形で叶うとは限らんちゅうことや。そこんとこはノークレームで頼むで」


 魔神は少し含みのある言い方をしたが、これ以上追求するのも面倒なので、俺は無言でうなづいた。


「ほな、おっちゃんそろそろ帰るわ。ふん、チョコラルトかー、おっちゃんあんなん食うてたら確実に糖尿になってまうわ」


 魔神が突き出た腹をさすると、瞬時におっさんは煙となって消えた。


(願いは俺が思ってるような形で叶うとは限らない、か)


 魔神のその言い方は少し気になったが、チョコラルトを山ほどもらうという結果さえ得られれば、俺はそれでいい。これで俺のさびしい冒険者生活も、少しは華やぐだろう。少なくとも腹は膨れる。

 俺は大きく伸びをすると、椅子から立ち上がってそのままベッドへ向かった。

 身を横たえると、すぐに睡魔が襲ってくる。今日は一日訓練三昧だったから、夢を見る余裕もないほど深い眠りに落ちるだろう。

 そんなことを思ううちに、もう瞼が重くなってきた。




 ☆




 それから一週間が過ぎ、いよいよ聖バレンタインの当日を迎えた。

 俺は王都の中央通りを、外套の襟を立てて歩いている。

 朝早くから、近くの露店に長い行列ができていた。漂ってくる甘い香りに、俺も思わず足を止める。

 今日は国民の祝日だから、町人たちは好きなものを食べ、相手のいる者たちは連れ立って往来を歩き、俺のようなひとり者はこうして気になる店を冷やかすのだ。

 この店の名物は、穴の開いたパンにチョコラルトを詰めたコロネという特製のパンだ。俺も思わず列の最後尾に並びたくなるが、ぎりぎりのところで踏みとどまった。


(こいつは美味そうだ。でも今日は買わずにおくとするか)


 なにしろ、今日は魔神が願いを叶えてくれる日なのだ。

 あのおっさんが言ったことが本当なら、今日の俺は浴びるほどのチョコラルトをもらうことができるはずだ。それなら、わざわざこのパンを買う必要もない。


 後ろ髪を引かれる思いでコロネの店を後にすると、俺は大通りから一つ隣の通りへ入り、冒険者ギルドへと足を向けた。

 今日は俺も休暇を取っているが、ドラゴンの被害が多発している以上、いつ緊急出動がかかるかわからない。それならはじめからギルド会館に詰めておいたほうがなにかと便利だ。それに、あそこにいれば目の毒になる恋人たちの姿を見ずにすむ、という計算もある。


 ギルド会館の扉をくぐると、受付に腰掛けている美女が、眼鏡の奥から怜悧な瞳を向けてきた。


「おはよう、ジェイク。控室にはサンタン茶が置いてあるから、自由に飲んで」

「ありがとう、イリア。あいかわらず用意がいいな」

「いえ、いつでも有事に備えるのがギルド員の努めだから」


 サンタン茶とは野苺を煎じた茶で、心身を鎮めてくれる効果がある。

 有能な事務員のイリアは、独り者の俺が時間をもて余してここに来るであろうことを見越して、このお茶を用意してくれたのだ。

 表向きは戦闘に備えるための飲料だが、本当は俺がさびしさを紛らすことができるように、わざわざ鎮静効果のある茶を選んでくれたのだろう。俺が今日どんな気持ちでいるかなど、イリアにはすべてお見通しなのだ。


 控室の椅子に腰を下ろした俺は、ドラゴン図鑑に目を通しつつ、いかにも仕事熱心な男という体裁を作る。こうでもしないと、今日みたいな日は自分を保っていられない。

 二杯めのセンダン茶に口をつけようとすると、イリアが慌ただしくドアを開けて入ってきた。


「悪い報せと、もっと悪い報せがあるわ。どっちから聞きたい?」


 イリアの声音には焦りが滲んでいた。念話でギルド支部から連絡を受けたのだろう。俺はティーカップをテーブルに置き、促す。


「より悪い方からで頼む」

「王都の西北、ロチェスター砦の兵士がドラゴンを見かけたそうよ。バトス山の方角へ飛び去って行ったって」

「バトス山か……あそこは廃城があるから、そのあたりを根城にしているのかもな。で、もう一つの報せは」

「王都の魔術院の学生、フレデリカが昨夜から行方不明なの。今日になってもまだ姿が見えないと、両親から連絡が入ったのよ」

「その学生の特徴は?」

「外見は小柄で痩せ型、髪型はボブカット、度の強い大きな丸眼鏡を掛けている。成績は優秀で、特に変異魔術は教授陣すら驚くほどの腕前だそうよ」

「うむ……」


 俺の頭が目まぐるしく回転をはじめた。

 今すぐに動ける冒険者は俺しかいないが、この場合どちらを先に解決すべきか。

 フレデリカの行方も気になるが、やはりより大きな問題はドラゴンだ。ドラゴンの脅威を放置しておくことは、ラナリト王国にとり極めて危険だ。

 それに、ドラゴンがフレデリカをさらった可能性も考えられる。それならどのみちドラゴン討伐を最優先にしなくてはならない。竜狩人ドラゴンスレイヤーである俺がすぐに出動できることが、不幸中の幸いだ。


「イリア、厩舎にシンシアはいるか」

「もちろん。彼女はいつだって貴方のことを待ってるわよ」


 シンシアとは、王都のギルドでは一番足の早い雌馬の名だ。

 どうやら今日の俺は、人間ではなく馬とデートする運命にあるらしい。


「すまんが、フレデリカの捜索については、急いで他のギルドメンバーに招集をかけてくれ。ハリドは今何をしてる?」

「チロル湖に彼女と旅行、と届け出があったわ」

「じゃあ、イレーネは」

「夫婦水入らずで観劇だそうよ」

「ヘンドリックは?」

「ロイス広場でフィドルの演奏会ですって。これ以上女の子のファンを増やして、どうするつもりかしらね」


 どいつもこいつも、皆私生活は充実しているようだ。休日を満喫するのはいいが、ギルドメンバーの福利厚生を充実させる方針だといざという時に対応できない。


「じゃあ、留守は頼む。何かあったら念話で連絡してくれ」


 そう言い残すと、俺は会館裏の厩舎へと急いだ。



 

 ☆




 王都を出て小一時間ほど馬を飛ばし、つづら折りの道を登って俺はバトス山の頂上へとたどり着いた。

 山の頂には、長年の風雨に晒され、すでにあちこちが崩れ落ちた廃城がひっそりと佇んでいる。

 足元に転がる石像につまづかないよう気をつけながら、俺はそろそろと天に向かって屹立する主塔へと歩いていった。

 その時、背後から耳をつんざくおぞましい鳴き声が聞こえた。

 振り向くと、上空を滑るように巨大な影が翼を広げ、悠然とこちらに迫ってくる。

 その巨大な爬虫類は翼を折りたたむと、主塔の頂上へと降り立った。


 俺が腰の剣に手をかけようとすると、ドラゴンの足元から何かが落ちてきた。

 俺の目の前に落下した物体を拾い上げると、それは太くて黒いフレームの野暮ったい丸眼鏡だった。度の強いレンズにはいくつも亀裂が走っている。


(まさか……こいつが彼女を喰らったっていうのか)


 行方不明になったフレデリカは、度の強い大きな丸眼鏡をかけていたとイリアは言っていた。すでに彼女は、この世にはいないのだろう。


「これから仇を討ってやるぞ、フレデリカ」


 会ったこともない魔術院の学生の名を呼ぶと、俺は腰の剣を抜き放ち、ゆっくりと頭上に掲げ、心の中で念じる。


(──我は火廣金ヒヒイロカネなり。劫火も氷槍も、寸毫もこの身体を侵すことあたわず)


 たちまち、俺の身体が紅玉色の光をまとう。この竜狩人ドラゴンスレイヤーの戦技があれば、ドラゴンの強力なブレスを浴びようが無傷でいられるのだ。

 上を見上げると、さっそくドラゴンは主塔から飛び立ち、大きな地響きを伴って目の前に着地した。そして首を上げて大きく息を吸い込む。


(よし、そのまま来い)


 すぐに駆け出せるよう、俺は腰をかがめて力を溜めた。

 ブレスを吐いたあと、ドラゴンには必ず隙が生じる。

 そこを狙って一気にたたみ掛けるのが、俺のいつもの戦い方だった。

 ドラゴンは大口を開け、いよいよこちらにブレスを吐きかける構えだ。

 俺は目を閉じ、全身の神経を集中させる。そして、襲い来たものは──


「これは……何なんだ?」


 なにやらものすごい液体の奔流を浴び、俺は転倒してしまっていた。

 俺の身体に浴びせかけられたものは、炎でも氷でもないようだ。

 ゆっくりと目を開けると、俺の身体にはべとべとした褐色の液体がまとわりついている。あたりには妙に甘い匂いが立ちこめていた。


(これは、まさか……)


 今朝、王都のコロネ屋で嗅いだのと同じ匂いを、俺はその褐色の液体に感じていた。手の甲についた液体を少しだけ舐めてみると、戦いの最中なのに俺は思わず声をあげてしまっていた。


「これは、美味いっ!こんな絶品のチョコは、王都でもそうそう食えるもんじゃない」


 俺は無我夢中で、甲冑にまとわりついたチョコラルトを指ですくって次々と口に放り込んでいた。朝から何も食べていなかったので、この甘味はえもいわれぬ幸福感で腹も心も満たしてくれた。ふと気がつくと、ドラゴンは俺の目の前から姿を消していた。


(しまった。取り逃がしたか)


 空を見上げても、もうドラゴンの姿はどこにも見えなかった。

 俺は、あのドラゴンに嵌められたのだろうか。俺をチョコに夢中にさせた隙に、まんまと逃げおおせたとでも言うのか?

 あたりを見渡すと、草むらには冷えて固まったチョコラルトが無残に散乱していた。ドラゴン討伐に失敗した俺は、肩を落としてそのまま帰路についた。







 それから一月が経った。

 王都ではあのドラゴンが再び現れたという報告を聞くこともなく、平穏な日々が続いていた。何よりの朗報は、フレデリカが生きていたことだ。

 フレデリカは眼鏡をなくして王都のそばの街道脇で倒れていたところを衛兵に発見され、無事家まで送り届けられたそうだ。


 先日ドラゴン討伐をしくじった俺は、従者の必要性を強く感じていた。

 俺が油断しているときでも適切な助言をくれる従者がいれば、俺もこの間のようにドラゴンを取り逃がすこともなかったに違いない。そう思い、今日は自室で王立魔術員の学生の面接を行っているのだった。


 だが、なかなか俺が満足できる人材は見つからない。もう日も傾き、従者の面接は次の志望者で15人目になるところだ。


「フ、フレデリカ・バーゼル、しし失礼します」


 ドアをノックする音に続き、か細い声が聞こえた。相当緊張しているらしい。

 ドアが開くと、鍔の広い三角帽子をかぶり、紺色の地味なローブをまとったちんまりとした少女が入ってきた。おぼつかない足取りで二、三歩進むと、どうにか机の前で止まる。かなり目が悪いようだ。


「君は変異魔術が得意だそうだな。どんな生き物に化けるのが得意だ?」


 俺は机の上の資料に目を落としつつ、尋ねる。


「はいっ、一度種族の特性を叩き込んだら、キメラだろうとグリフォンだろうとなんでもいけます。でもやっぱり一番得意なのは爬虫類ですね。キングコブラになってダチョウの卵を丸呑みするのも楽しいですし、シーサーペントに変異して海中散歩をするのも最高です!それにやっぱり、爬虫類ってあのぬらぬらと光る鱗がたまんないんですよね、あれに包まれていると強くなったような気になれるし……」


 フレデリカはよどみなく喋りはじめた。好きなことについて訊かれると早口になるタイプのようだ。黙っているといつまでも喋り続けそうなので、俺は気になっていたことを尋ねてみる。


「で、ドラゴンに変異したくなるのはどんな時なんだ?」


 フレデリカはびくりと身をこわばらせると、絶句した。その反応は俺の予想したとおりだった。


「……あ、あのその、その質問はどういう意味で……」

「そのままの意味だ。君は一体何がしたくて、俺にチョコラルトのブレスを浴びせたんだ?」

「い、いえそれはその、あのですね」

「急にあんな真似をされても、俺はどうしていいかわからん。それに、もし俺が君に斬りかかっていたらどうするつもりだったんだ?竜狩人ドラゴンスレイヤーの前で竜の姿になるほど危険なことはない」


 小さな目に涙を浮かべつつ床に視線を彷徨わせるフレデリカを前に、俺は続ける。


「本当は、何か俺に伝えたいことがあったはずだろう?言いたいことがあるなら、ここで言ってみろ」

「……実はずっと前から、私はジェイク様のことを尊敬していました。でもジェイク様はこの国一の竜狩人ドラゴンスレイヤーで、私は一介の学生。とても面会する機会なんてありません。どうにかして直接チョコラルトをお渡しするには、竜の姿になるしかないと思ったんです」

「だからって、何もチョコを直接浴びせかけなくてもいいだろうが」


 俺は魔神のおっさんの言葉を思い出した。あのおっさんは、願いは必ずしも俺が思った通りの形で叶うとは限らないと言っていた。俺は文字通り、浴びるほどのチョコをあの日、フレデリカから受け取っていたのだ。


「もし私が人の姿になったら、チョコラルトを受け取ってくれないかもと思って、それが怖かったんです。こんな貧相でちんちくりんで吹けば飛ぶような私じゃ、相手にもしてもらえないと思って。それで、絶対に受け取ってもらえる方法を一生懸命考えて……」


 フレデリカはそのまま泣き崩れてしまった。

 俺は軽く溜息をつくと、しばらく彼女がしゃくり上げる声を聞いていた。


「……ごめんなさい、やっぱり私なんて従者失格ですよね。あんなにジェイク様に迷惑をおかけしてしまったのですし」


 ようやく落ち着いたフレデリカは、勢いよく頭を下げ、そのまま踵を返そうとした。俺は慌ててその背中に声をかける。


「まあ、待て。やり方は少々手荒だったが、君の資質はなかなかのものだ」

「どういうことですか?」


 フレデリカは目を丸くして振り向く。


竜狩人ドラゴンスレイヤーと確実に二人きりになれる方法を考えつく頭脳、それを可能にする魔術の腕前、そして実行に移す度胸。これらはすべて従者に必要なものだ。あとは経験を積んでもっと判断力を養えば、俺の仕事も手伝えるようになるだろう」

「それじゃあ、私は……」

「しばらくは従者見習いを努めてもらう。冬休み中は試用期間として俺のために働いてもらうことになるが、それでいいか」

「あ、ありがとうございます!このフレデリカ・バーゼル、ジェイク様のために粉骨砕身、全身全霊、誠心誠意努力いたします!」


 ずび、と鼻を啜り上げると、フレデリカはぴんと背筋を伸ばした。


「さて、俺の従者を務めるからには、まずは心得てもらわないといけないことがある」


 俺は机の引き出しを開けると、中から黒縁の丸眼鏡を取り出した。


「そのふたつの眼で、物事をしっかりと見ることだ。竜の眼ではなく、人の眼で」

 

 フレデリカに眼鏡をかけてやると、彼女は何度か目をしばたいた。

 その黒目がちの瞳は、レンズ越しのほうが不思議と輝いてみえる。

 

「どうだ、度は合ってるか?」


 その眼鏡は、俺が廃城で拾って眼鏡屋に修理に出したものだった。

 フレデリカはこくりと頷くと、満面の笑みを見せる。


「はい、これでジェイク様のお顔もはっきりと見えます!」


 その一言で、俺は一足早く心の中に春風が吹き込んできたような心持ちになった。

 願いは、思っていたのとは少し違う形で叶うこともある。そのことを、俺は改めて噛み締めていた。

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