第008話 体慣らし

 勝負とは模擬戦をするつもりらしい。

 リーネは鼻息荒く、武器を取りに部屋の奥へといってしまった。


「ごめんなさいね。思い込んじゃうと一直線の娘だから。ちょっとだけ相手してあげてちょうだい」


 リーネの後ろ姿を見送りつつ、白衣を羽織った女は申し訳なさそうに言った。


「こんなことをしている場合じゃないんだがな。まぁ……、いい機会だ」


 クルトはすでに気持ちを切り替えていた。

 八〇万年の居眠りをしていたのなら体がなまっているかもしれないので、準備運動に模擬戦はちょうどいい。

 目標が定まった今、戦いの場に身を置いて体を引き締めると同時に、未来世界の戦いとはどんなものかを知らなくてはならない。


「……それと服、助かる」


 クルトは下着一枚だったので、白衣を羽織った女にお古の服をもらった。

 簡素なシャツとジャケットに長ズボンという少々物足りない防具だが、鎧や武器はおいおい揃えればいいだろう。


「ええ、よく似合ってるわ。組合から無料配布される作業着だから男の子が着ても問題ないと思うけど、どうかしら?」


 両手を伸ばしジャケットの柔らかさを確かめる。屈伸をして長ズボンの履き心地を堪能する。

 素直な感想を述べた。


「腰回りはちょっと緩いな。まあ、動きやすいから問題ない」


 白衣を羽織った女の笑みがギギギと引きつる。


「そ、そそそう……、やだ……ちょっと太ってるのかしら……?」


 よろよろと後退り、自分のお腹を擦りながらぼやいている。

 どうやらこの衣服は白衣を羽織った女のものだったらしい。道理で袖と裾が長いわけか。


 ふと、妹の言葉を思い出した。

 服が小さくなったと胸を押さえていた妹に太ったんじゃないのかと何気なく告げたところ、強烈な拳を叩き込まれたことがあった。

 おにいちゃんは気配りが足りない、と痛めた拳に涙目になりながら、鼻血をボタボタと垂らすクルトに喚いていた。


 ……話を戻す。


 クルトは一考する。


「あんたのほうが背が高いんだ。普通だろう」


「そうよ、ね……。ええ、大丈夫よね」


 自らに言い聞かせるように一人で頷いている白衣を羽織った女を眺めていると、ポンポンと肩を叩かれた。


「おーい、武器持ってきたよ」


 いつの間にかリーネが奥の部屋から戻ってきていた。

 はい、と手渡されたつるりとした肌触りの棒を受けとる。


「……なんだコレは?」


「訓練用の棍棒だよ。怪我すると危ないでしょ?」


 手の中で棒をクルクルと回す。羽のような軽さだ。

 心許ない獲物に不安を覚える。訓練や模擬戦では木刀や刃を潰した真剣を使っていたので、どうにも馴染みがない。


「もっと長い棍棒のほうがいいなら持ってくるよ?」


「いや、大丈夫だ。どこで始める?」


「ここだと狭いからお外ね。さっそくいこー!」


 先導するリーネに続いてクルトが歩き、白衣を羽織った女が二人の後ろをついていく。


 クルトは歩きながら室内を観察する。

 窓はなく天井に設置された細長い蛍光灯だけが光源だ。魔鋼製の柱を基礎に混凝土コンクリートで塗り固められた廊下の先には上りと下りの階段がある。


 飾り気は皆無に等しい。壁際に置かれた瑞々しい花を生けた瓶や棚の上に並べられたぬいぐるみが女らしさを感じさせるくらいだろうか。


 クルトの知る家とはまるで違う。まるで魔物の洞窟ダンジョンのような場所だ。


「この世界の家はこんな感じなのか?」


「ここは地下室シェルターだからね。一階と二階は普通だよ」


「地下室なのか……、発掘は儲かるんだな」


 クルトの言ったことがピンとこなかったのか、白衣を羽織った女は首をかしげる。


「これだけ広い地下室のある家は高いだろう? 金持ちなんだな、と思っただけだ」


「そんなことないわ。昔はわからないけど、いまはコレくらいの家を建てるのは安いのよ。開拓街なら同じ値段でもっと設備の整った研究室を建てられるわ」


 聞きなれない単語に、今度はクルトが首をかしげる番となった。


「開拓街とはなんだ?」


「旗艦都市以外の入植地だよ。未探索地域や古代遺跡の調査をする人たちが住んでる町なんだ」


 リーネの言葉に足して白衣を羽織った女の言葉が続く。


「いまの時代、人の踏み込んでいない場所が多いの。だから旗艦都市から離れた場所を探索するための拠点があちこちにできているのよ」


「調査、か」


 冒険者と似たような仕事か、と納得する。

 クルトの生きていた女神歴時代でも、未開の地を探索する人々がおり、彼らを冒険者と呼んでいたのだ。冒険者ギルドのように発掘・調査をする人を管理する組合もあるのかもしれない。


 いずれ調べてみよう。未来世界で活動するなら役に立つかもしれない。


「なるほど。理解した」


「うんうん、わからないことがあったらどんどん聞いてよね! なんでも答えちゃうよ! ……あ、でもスリーサイズは秘密だゾ」


 胸を抱きつつ、リーネはチラチラとこちらを窺う。

 クルトは胸から腰までストーンと落ちる体型を眺める。


 ふたたび妹の気配りの言葉がちらつくが、身の程知らずに毒を吐くくらいは許してくれるはずだ。


「見なくてもわかる、………………(寸胴だしな)」


 後半は口にしなかったはずなのに、リーネの眉がきりりっと吊り上がった。


「んが!? キミはなんちゅーことを言うのかね! 失礼にもほどかあるよ! 私はまだまだこれからなんだよ!」


「……オレは見なくてもわかるとしか言っていないが?」


「目が語ってるよ! ふーん、だ。先輩の凄さを思い知らせてあげるんだから」


 リーネは大股で廊下の末端にある扉に歩く。

 壁に設置された電子操作盤コンソールパネルを滑らかにタッチする。


 扉が開かれていくと、赤みを帯びた日差しが差し込んできた。

 夕暮れだ。

 屹立する鉄の建造物の合間から夕陽が山の向こうへと沈もうとしているのが見えている。


 ぼんやりと旗艦都市ヴィクトワールを見渡す。


 石畳の王都街も藁ぶき屋根の村々も、行き交う人々は見慣れない衣服を纏い、兵士だ、農民だ、商人だ、と分かりやすい姿をしていない。

 クルトの知る見慣れた世界は消えていた。


「ショックだったかしら?」


 白衣を羽織った女が隣に立つ。心配そうにクルトの顔をのぞき込んでいた。


「いいや、感謝している。あのまま石になっていたんじゃ死んでも死にきれないからな」


「そう……。古代人の中には生き返ったことに悲観して自殺しちゃう人もいるから、ちょっと不安だったの」


「そんなやわな性格じゃないさ」


「え~? さっきまでこの世の終わりみたいな顔をしていた人がいうことかなあ」


 言葉につまる。

 リーネはさっきのお返しだよと言わんばかりに、痛いところを突いてくる。


「だまれ、……たまに落ち込むことだってある」


「では、また落ち込んでしまったら、この私が元気をわけ与えてあげよう! いつでも呼んでくれたまえ、むふふん!」


 居住区画の前には舗装された広場がある。

 やいのやいのと戯れつつ、クルトとリーネは広場の中央で向かい合った。


 白衣を羽織った女は離れたベンチに足を組んで座ると、怪我をしないようにね、と観戦ムードでこちらに手を振る。

 リーネは両手で持った訓練用の棍棒をブンブン素振りしながら叫ぶ。


「さあ、こぉーい! 勝負!」


 結果はわかるので、リーネについて知りたいことはひとつだけだ。


「女神魔法を使ってもいいぞ」


 クルトは力加減を意識しながらリーネに斬りかかった。

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