遥かなる瞬間
二人に遅れて何事かとほかの面々もドアの方向を振り返る。
白衣を着た若い男が立っていた。一見して医者だとわかるのは肩に聴診器をかけているからだが、その風貌は不健康そのもので、落ち窪んだ目の下に深い隈が浮かび、痩せ細った身体は触れば折れそうだった。
「ああ、ほかのにも見えるんだ。まあ好都合か」
男はこちらに歩み寄ろうとするが、山住がそれを牽制する。
「動くな。妙な気を起こせば、即座に式を打つ」
聞こえるように舌打ちをして、男は首を傾ける。骨が高い音を鳴らした。
「俺、仕事しにきただけなんだけどな。治せって言われて、治しにきたの」
「名を聞きましょう」
「
「六三――って、疫病神ですよね?」
咲が困惑しながら声を上げると、金沢がまるで講義でもするように落ち着いて答える。
「そうですね。人の身体にくっついているという神で、その神がくっついている箇所が病気になりやすいというものです。扱いは神ですが分類上は妖怪です」
落ち着いて話しているが、その通りならこの男は妖怪だということになる。男もそれを否定しようとしない。
「敵意はないし、俺は歪められてないよ。ウィキペディアにも個別項目がないし、村上健司の『妖怪事典』にも載ってない。安全かつ無害だ」
その言に、十塚と山住が目を剥く。どういうことだと困惑しているらしい。六三は疲れたように溜め息を吐いて、自嘲に顔を歪めた。
「あー、まあそうだよな。そういう意味じゃ歪められてるか。俺を感得した奴は相当な捻くれ者だった。俺みたいなマイナーどころを知ってる時点でお察しだが」
十塚と山住は混乱の極みといった様子で、十塚は完全に普段の余裕を失い、山住は額に脂汗を浮かべている。
六三の言葉の何が一体そこまで二人を追い詰めるのだろうか。三月には判断がつかない。この場に慈姑がいれば全て説明してくれるような気もするが、今はとにかく六三の言葉と十塚たちの反応に集中し、時がくればそれを慈姑に伝えるための努力をするべきだ。
「妖怪――なのか……? 本当に」
ここにきて山住は根本的な疑問を口にした。いきなり現れた不養生の権化のような医者を見て、すぐさま妖怪だと決めつけるのはどうかと三月も思っていたところだ。
「気配は確かに妖怪のもの――ですが――」
十塚は必死に平静を装おうとしているが、その言葉は震えている。
見鬼の二人から見ると、六三は確かに妖怪らしい。だが、その二人は今、自分の目を疑うほどまでに困惑している。それは恐らく、六三の言動によるものなのだと三月は気づき始めていた。
「まあ、あんたらの価値観を破壊しかねない発言は慎むよ。で、さっきも言った通り、俺は仕事できたのね。治してほしいやつがいるから、治しに行けって言われたの」
無理矢理話を元に戻した六三に、十塚も山住も追及するようなことは言わなかった。まるでそれ以上聞くことが、とても恐ろしいことのように。
「誰に、誰を」
「『に』はわからない。俺は気づくとそう行動するべく、プログラミングされてたっつーのかな。『を』は――」
六三はすっと指を差す。
三月の顔に向かって。
「はい?」
三月はわけがわからず周りを見回す。やはりどう見ても六三は自分を指差していた。
「いや、私健康そのものですよ? 健康診断で引っかかったこともないし、最近ちょっと貧血気味だって言われたことがあるくらいで――」
「あんた、目が視えないだろ?」
暫時、意味がわからず固まったのち、慌てて首を横に振る。視力は両目とも眼鏡コンタクト要らずであるし、そもそも目の前の男をしっかりと見ている。
「目が潰されてんだわ。それを治しにきた」
言い返そうとするが、ふと随分前のことのように記憶の奥にほったらかされていた言葉を思い出す。
大嶽とともに十塚から渡された人物の許を訪問していた時――「牛の首」を知っていた安藤勇作が、三月の目を見て言った。
――目が、視えないのか。
三月は妄言だと思って取り合わなかった。実際、安藤は著しく混乱し、はっきり言って正気かどうかも怪しかったのだ。
だが、十塚のリストに載っていたということは、安藤もまた見鬼であったということ。常人には見ることのできない世界を視る者。その安藤が三月の目を視て、何かを得心したのだったら――その言葉は確かな意味を持つ。
「どういう意味か、教えてください」
三月は毅然とそう言って、六三へと向き直る。ほかの者たちも、これは三月の問題だということを理解し、口を挟もうとしない。
「あんたの目は元々、俺らを視ることができてたんだ。それが、外的要因によって潰されている。そいつを治せば、あんたはまた視ることができる」
「鬼島さんが、見鬼……?」
「いや、待ってください。私は昔から妖怪を見たことなんて――」
「潰されてから結構な年数経ってるからなあ。小さい頃なんて、それが当たり前で自覚もないようなパターンばっかりだ。そこのお二人さんなんか心当たりあるんじゃないかい」
十塚は表情を崩さないが、山住は苦い顔をする。恐らくは二人とも、相当な辛い体験をしているのだろう。
「無理矢理にでも治すのが俺の本願なんだが、一応はあんたの意思を聞いとくよ。ただ、このタイミングで俺が寄越されたっていう意味をよく考えてくれ」
三月は沈思黙考する。日本中が妖怪騒ぎに包まれる中、三月に妖怪を視ることを強制するように提示された治療。何か大きな意思を感じずにはいられない。それが悪意であれ善意であれ、三月が見鬼になることができれば、この日本妖怪愛護協会の役に立つことができるはずだ。それはすなわち、この騒動を収束させるために、三月の目が必要になるということ――なのかもしれない。
「わかりました。治してください」
三月は六三へと一歩踏み出した。六三はやれやれとでも言いたげに溜め息を吐くと、会議室の中を見渡した。
「手術台がほしいな。いや、別にメスを入れたりはしないから、寝かせられるだけのスペースがあれがいいんだが」
「安全……ですよね?」
咲が訊ねると、六三は大丈夫だと首を手で押さえる。
「俺がくっついて離れる。そんだけだよ。床に寝転がされるとやんにくいだけ」
「なるほど――くっついていることによって病になる六三が、一時的にくっつくことで疑似的な病という定義を行い、離れることで病――治療箇所を平癒させる。一応は理に適っています」
金沢が即座にそう分析する。凄まじい頭の回転の速さと柔軟さだ。というより、その思考はバトル漫画の文脈のような気もする。
少佐と大嶽が空いていた机を二つ並べ、簡易の手術台をこしらえる。三月は緊張しながらそこに横たわり、目を強く閉じた。
三月の顔の横に立った六三は気怠そうに手を翳し、今まで言えなかったことを渋々告白するように呟いた。
「俺の治療は一瞬だが、あんたの体感は違う。視えない者を視えるようにする――このイニシエーションは想像を絶するからな。気を強く持てよ。じゃないと――完全に向こうに行っちまう」
何か言おうとする前に、六三の手が三月の瞼を覆った。
落ちる――落ちる――違う、浮いているのか。とにかく三月は宙に寄る辺なく放り出される感覚を味わい続ける。夢の中で急に真下に落下し、はっと目覚める――その目覚めが永遠にこないのが、今の状況だった。
当て所なく宙を舞う三月は、自分がばらばらに千切れていくような不安を覚えた。いや、三月は実際に、どろどろに溶けていっていた。
爪先と指先から順に、裁断機をすとんと落とされるように丁寧に、骨のパーツ一つずつに分けられ、皮膚を剥がし、肉を削ぎ落し、筋肉の繊維は一本一本取り出して、内臓も綺麗により分けられて、血液の出汁の中に放り込まれて、ぐつぐつと煮られていく。
三月は確かに煮立った血の中に自分を感じていた。だがそれとは別に、濃厚なスープになっていく自分を上から見つめる自分がいた。
あっと気づく。目だ。三月の目だけは、このスープに入っていない。その目が一段高いところで、自分の身体だったものを見下ろしている。
スープになった三月はその目を見上げようとする。完全に液体と化した三月には土台無理な話のはずなのだが、それを言うなら脳も溶け切っているのにこうして思考しているほうがどうかしている。
「コロリポンだね」
三月の全体をかき回す者がいた。その声には聞き覚えがあるどころの話ではない。昔から今まで、ずっと一番身近な声だった。
声を上げようとする。声が聞こえるという無理は通っているのに、それはどうやら無理な道理なようで、液体に泡が一つ浮かんで弾けただけに終わった。
「僕は三月が思っている人間じゃないよ。三月が語り合い、教えを乞うべき精霊や神のようなもので、本来姿はない。三月が知覚しやすいように、三月が最も信頼する相手の姿をアバターにしているだけだ」
げんなりとしたように溜め息を吐く。
「全く厄介な相手を設定してくれたよ。アバターに引っ張られるこっちの身にもなってほしいな。じゃあ、今から三月のこの目を三月の中に溶かすよ」
三月の独立していた目が、慈姑の姿を捉えた。確かに慈姑そのものの姿に言葉なのだが、どうやら慈姑自身ではないのだということは三月も理解していた。
「この目は三月の、潰されていないほうの目だ。現世の存在を見るためだけの、ごくごく一般的な目。三月の元々の目は文字通り潰されて、代替品としてこの目が機能している。だから元々の目は、今僕がかき混ぜている三月の中に溶けている。というわけで」
慈姑の姿をしたものは、三月の目を手に取ると、二つとも思い切り握り潰した。
砕け散ったガラスのようになったそれを、三月の中に混ぜていく。
「これでどちらの目も潰された」
見えないが、聞こえるし、感じる。慈姑――の姿をしたもの――がそこにいる。
「今だけは、見えなくてよかった」
そう呟くその声は、どうしようもない悲愴を湛えていた。
「――よくないな、こういうのは。このアバターに引っ張られすぎてる。三月、聞こえているよね? 目は閉じられるけど、耳は閉じられない。じゃあ、目を開ける努力をするんだ」
三月は慈姑の言葉に従い、目を見開こうとどこかもわからない箇所に力を込める。
「本来はこんなことしないんだけど――このアバターを取った以上、手取り足取り教えるよ。この人間、余程三月に物を教えるのが好きらしい」
笑っている三月をかき混ぜながら、慈姑はもう一度溜め息を吐いた。
「視るってことは、目だけじゃできない。三月が今こうなってる意味を考えて。目で見ようとしちゃ駄目だ。だって、今の三月には目がないんだから。でも、僕の声は聞こえている。要はそれと同じようにすればいい。見ようとするんじゃなく、視えていて当たり前だと信じ込む。跡形もなく溶け切っても、三月は三月なんだから」
そう言って三月を覗き込む慈姑の顔が見えた。
やっぱりそうだ。慈姑の言葉を信じていれば、三月はいつだって正解に辿り着ける。たとえ今見えているものが慈姑でないとしても、その言葉は確かに慈姑のものとして三月に届いていた。
「便利なものだなあ。じゃあ、次は三月の身体を新しく作っていくよ。さすがにこの状態をぽんと元に戻せるほど万能じゃないから、肉体の再構築という手順を踏まなくちゃならない」
がしゃがしゃと騒々しい音を立てて巨大な骸骨が現れ、その場に横たわる。
「滝夜叉姫の怨嗟に、斎藤守弘の洒落っ気。骨格はガシャドクロ」
奇妙な踊りを舞う、頭がなく胴体に顔がある妖怪がガシャドクロの上に倒れ、それが胴となった。
「どの面下げてきたのか刑天。胴体は
上から巨大な足が下りてきて、そのまま右足に収まる。
「足を洗わば丁寧に。本所七不思議、足洗い屋敷」
一つ目で一本足の妖怪がどしんどしんと跳ねながら、左足に入っていく。
「果ての二十日は入らずの山。一本だたら」
下から白い手がふっと伸びてきて、巻きつくように右腕になる。
「赤紙青紙答えよか。カイナデ」
また上から、今度は巨大な手が下りてきた。それが左腕となって頭より下ができ上がる。
「飯を握るにゃ慌てるな。手小屋」
火の玉のように髪の毛を纏った無数の首が、一つに重なって首として据わる。
「お前は誰だ東海坊散人。クビダケ」
凄まじい量の髪の毛に覆われた毛玉のようなものが、頭の上に乗る。
「前も後ろも毛一杯。毛羽毛現」
巨大な耳を生やした常軌を逸したウサギが跳ねてくると、耳となる。
「彼らの言葉で其を呼ぼう。イワイセポ」
山伏装束に赤ら顔、そして伸びた鼻。見るからに天狗が高笑いをして頭に突っ込むと、鼻となった。
「全ての天狗を束ねよ御大将。愛宕山太郎坊」
弱々しい足取りで現れた子牛は、よく見れば顔が人間のそれである。それが今にも死にそうに顔に倒れ込むと、口ができた。
「その言葉は厄災を呼び、禍事を避ける。件」
黒雲とともに凄まじい暴風雨を巻き上げながら、宙を突き進む巨大な目玉が左目に入る。
「全てを薙ぎ倒す天津風、多度権現よここに。一目連」
最後に空間を切り裂き現れたのは、宙に浮かぶ巨大な黒い目玉だった。
「そして、水木しげる大先生に、尽きることのない感謝を。バックベアード」
バックベアードが右目に収まり、妖怪を寄せ集めてできた肉体が完成した。
「鵺だね。妖怪のキメラだ。この中に液状化した三月を流し込み、隅々まで行き渡って――三月が自我を保っていられたなら、成功だ」
三月を手ですくって口元まで運ぶ。
「本当は、肉体をばらばらにされた時点で気が触れててもおかしくなかったんだけど――やっぱり三月は強いな。じゃあ、いくよ」
口から肉体の中にどんどん三月が流し込まれていく。三月は新しい自分の身体が確かに自分のものになっていく感覚とともに、どうやっても身体を思うように動かせないという事実に気づき始めていた。
手が上がらない。足が動かない。目が開かない。口も利けない。
「当たり前のことをするのに、いちいち考える人はいない」
慈姑の声だ。そう、耳は閉じられない。そしてその耳が活きているということは、この身体も三月の意識の下にある。
「三月は身体なんかなくても知覚できたでしょ。身体がなくてもできることを、身体がある状態で懇切丁寧に考えてやろうとするから駄目なんだ」
頷く――頷けた。滅茶苦茶に切り貼りされた身体は最初、確かに三月のものだという感覚こそあったものの、パーツの全てが違う存在のような違和感があった。だが、それもよしと受け入れ、無理に意識することなく流れに身を任せる。
噛み合っていく。体内を巡る三月を潤滑油にして、それぞれの肉体が滑らかに動き出す。
やがて立ち上がったその姿は、元の三月そのものだった。だが、以前とは全く違う。それは三月が一番わかっていた。自分の身体の構造を知っている。自分が何からできているのか知っている。自分はなんなのか知っている。
「慈姑――」
それでも三月が最初に口にしたのは、見知った相手への呼びかけだった。
「僕は樹木慈姑じゃないって。いや、その人間をアバターとして使っているし、実際相当引っ張られてるけど、三月の思ってるような人間じゃ――」
「でもまあ、要は慈姑でしょ」
三月は笑って断言した。慈姑は覇気のない笑みを浮かべた。
「残念だよ。この場にいたのが
慈姑は俯きながらそう呟く。
「それと、言っておかなきゃならないことがある。というか、これは僕だから言えることであって、本来は教えるべきことじゃない。三月は今、ミームファージに感染した」
「ミーム――なに?」
「ごめん。僕に言えるのはここまでなんだ。多分、三月の知っている本来の僕は辿り着いている。でもどうか、その時がくるまでこのことは絶対に口にしないでほしい。じゃあ、そろそろ地面に着くよ」
そうだ、三月はずっと宙を落ち続けていた。
身体全体で着地したような内部の衝撃。ぱっと目を開けると、会議室の天井が見えた。夢が覚めたのだ。
「成功だ。お疲れさん」
六三がほっと溜め息を吐き、さっきまで三月の目に当てていたであろう手を首に回した。
「あっという間でしたね……」
咲が呟くが、明らかに面持ちが変わっている三月を見て慌てて謝る。謝られる覚えはないので、笑って流す。
「どうですか。何か変わりましたか?」
金沢に訊かれ、手術台から立ち上がった三月はへらへらと笑う。
「変わったと言えば、まあ全部変わったような気もしますけど」
「私は真剣に聞いているんですよ」
若干気色ばむ金沢に、三月は笑って謝る。
「なんというか、肩の力がすっぽり抜けてますね」
三月はそう言ってまた笑った。
十塚が神田署に現れてからずっと、わけのわからないことの連続で緊張しっ放しだったように思う。それが今は、何もかもに折り合いをつけられたように、すっかりリラックスできている。六三が行ったのは治療ではなくリラクゼーションだったのではないかと疑ってしまうほどだ。ただ――。
「十塚さん、それ、引っ込めてくださいよ。怖いんで」
十塚の肩から身体を伸ばし、鎌首をもたげる巨大な蛇を指差す。
「視えているようでなによりです」
十塚がそう微笑むと、蛇はするすると身体を隠した。
十塚の式神を目にしても、三月は別段動揺しなかった。何もかも、そこにあるのが当然だという気概で世界を見ている。変わったというより、これは元来の三月の性質だ。幼い頃に視えていたということによって大事がなかったのも、結局はそれに尽きるのだろう。
「これでよかったのか――いえ、よかったんですね」
大嶽が三月の顔を見て呟く。そういえば大嶽と組んで十塚が現れるまでは、三月はずっとこんな調子だった。元の三月に戻っているということを噛み締めた大嶽は、力なく笑った。喜ばしい反面、また扱いに難儀すると気苦労を覚えているのだ。
気づくとすでに六三の姿はなく、視えない面々は本当に妖怪だったのだと面には出さないものの浮足立った。机を元の位置に戻し、再び会議室の空いたスペースに十塚を中心に集まる。
「さて、決行まで残り五時間を切りました。イベント会場へはここから車を出します。午後四時に再度ここへ集合することにして――それまでは各自自由に過ごしてください」
十塚の言葉に全員が目を丸くする。バスツアーじゃないんだから――と三月は心中で呟く。
「実際、現状で我々にできることは限られています。目下の黒沢氏襲撃に当たり、資料の作成が必要な場合を考慮していましたが、少佐さんが対峙するとなればその必要はありません。ほかには、全国の妖怪被害を統計し、分析用の資料に起こす――これは警視庁内の特別合同捜査本部の担当です。我々が行うべきはそのデータの分析ですが、その肝心の資料が未だに上がってきていません。それはすなわち、間もなく膨大な量のデータを処理しなければならないということですが――その修羅場まではまだ時間があります。それまでは暫しの休息があったほうがいいでしょう」
穏やかに笑う十塚に他意はないように見える。
「ちょうどお昼時ですし、東京が初めての方もいらっしゃるでしょう。どうぞ皆さん、ゆっくりなさってください。ただし、集合時間だけは守っていただかなければなりません」
ツアーバスに遅れて旅行を遅延させるなどというレベルの話ではない。これは特命だ。ここは極めて公的な非公式機関なのである。
皆が自然に背筋を伸ばし、三々五々に会議室を出ていく。
「大嶽さんはどうするんですか?」
三月が訊くと、大嶽は少し笑って本庁に顔を出すと答えた。
「十塚さんが作った特捜に昔の知り合いがいるので、少し話をと思いまして。多分死ぬほど煙たがられるでしょうけど」
それはそうだろうと三月は苦笑する。警視庁の中にできた異物。全国からかき集めた捜査員を擁するという非公式であり異常な特捜――そこに指示を出すこの日本妖怪愛護協会とのパイプ役を担う警察官。警視庁内部で第一に敵視される特捜から、さらに敵視される立場にあることになる。組織から完全にはみ出た自分でなければ絶対に務まらないだろうという妙な使命感から、三月はこの任に就いた。
「しかしここからだと――まさか桜田門を通って本庁に出向くことになるとは思いませんでした」
そう言って大嶽が会議室を出ていくと、残されたのは三月一人だけになっていた。
そうなると、三月は何をすべきか。とりあえず空腹なので昼食をどこかで取ることにして、三月は宮内庁庁舎を出た。
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