第3話 姉の軽い取り調べ


「アンタのために、今日のクエストを休みにしたのよ」

「知らないよ、勝手に休みをとったのは姉ちゃんだろ」


 なんだ、姉ちゃんは保護者会で騒ぐ母親かなんかか?


「分かってるの? これは深刻な事態なのよ、今のアンタはニートってことだよ」

「ニートじゃない無職だ。いや、失業者といってくれ」


 そうだ、オレはクビにされた魔術師なのだ。

 働く気がなくて働いていないわけではない、これは社会勉強みたいなものだ。


「言い訳しないでよ、まったく……。というか、この解雇通知書の中身についても聞きたいんだけど?」


 スズランが、解雇通知書を手でひらひらしながらそんなことを言う。


「聞きたいこと? 何もないだろ、転生者が現れてクビになっただけの話じゃないか。そもそも、転生者が増加して以降、魔術師のみならず剣士とかでもこういったことが続出しているし珍しいことじゃない」


 2年ほど前からクンバ帝国では、チートとも呼べる驚異的な力を秘めた転生者というものが現れ始めた。

この者たちは、共通してニッポンとかいう聞きなれない国の出身らしく、天国の女神によって転生されたなどと証言している。

「別に、私はそこのことを言っているんじゃないの」

「じゃー、どこだよ?」

「ギルド支部の長の愛車を燃やしたってことよ。どうして、お偉いさんの車が燃えるわけ?」

「それは事故だ。オレが、炎の精霊を引き連れてギルド内の駐車場を歩いていたら向こうからぶつかってきたんだ。それで車に引火して、燃えちゃっただけの話だ」

「それ重要案件だよね? それで、その後はどうしたの?」

「弁償しろって言われたけど、そのままバックレた。だって、ロールスロイスファントムって言うからさ」

「ロールスロイス?! なんてものを……」


 スズランが頭を抱えるのも無理もない。

 オレが燃やした車は、五千万テテュスする高級車。

 この世界の王族や一流の冒険者などが愛用している富の象徴だ。

 魔術師の界隈でも、富を得ると箒に乗ることを卒業してこの車にシフトする者が多く存在する。

 魔術師以外の人間からすると、ものすごく無駄な買い物と思われるがそうでもない。

 というのも、箒の移動は自由度は高いが天候や気温の影響を受けるため快適性は皆無。

 クエストに行くのに、雨の中を箒で飛んでいくなんてやりたくないのが本音である。


「ギルドの支部長が、ロールスロイス乗ってるなんて思わなかったよ。一体、どんだけ報酬金をぶんどっているんだろうな」

「はぁ、あんたは呑気なものね」


 ため息をついたスズランは、オレに残念なものを見るかのような眼差しを向けてくる。


「もういいだろ。所詮、オレは使い捨てだったことだったんだよ」


 オレはそう言ってお開きにしようとするが、


「何を逃げようとしているの? もう1つあるけど」

「もう1つ?」

「転生者のアル・トリアに危害を加えたってあるけど、あんた何をしたの? ケンカでもして魔術でもぶつけたの?」


 スズランが聞いてきたのは、解雇理由の3つ目に書かれていたことについてだった。

 問題のアル・トリアは、最近この支部に突如現れた転生者である。

 見た目はただの中年のおじさんだが、装備している剣と防具がインチキなほど強い。

 ひと振りすれば剣からは光の力線を放たれ敵を真っ二つ、どんな攻撃を受けても壊れない防具は神器と言うに相応しい。

 正直言って、戦って素直に勝てる相手ではないのは間違いない。

 まあ、性格はちょっとアレだったけど。


「……うん、そうだよ。そう腹が立ったからケンカしたからだよ」

「違うわね、何をしでかしたの?」


 オレの反応を見て、スズランはウソだと見抜いたらしい。

 スズランの鋭い目つきを見る限り、これは下手に隠さない方がいい気がする。


「間違って車ではねちゃったんだよ。朝、箒で行くのが面倒で家にある車でギルドに向かったら駐車場の入口で」

「はぁっ?! あんた、車で転生者をはねたの?!」


 想定外の答えだったのか、スズランが珍しく驚きの声をあげた。


「あれは、あいつが悪いんだぞ。駐車場の入口で女の子たちの前で話してることに夢中で、どいてくれなかったんだ。クラクション鳴らしても、動かないもんだからそれで」

「……」

「別に死んだわけじゃないし、問題ないだろ。姉ちゃんだって、いきりオタクは蹴って処すべしとか言ってたじゃないか。それが車に変わっただけだぞ」

「私だって、そんな酷いことしないわよ。なんで、そうなるかなー」


 スズランは深い嘆息をして顔に手を当てる。

 どうやら、本当に呆れているようだ。

 おもむろに顔を上げたスズランが、オレを注視して何かを言おうとしたときだった。

 ピンポーン。

 突然、ドアチャイムが鳴った。


「誰よ、こんな大事な時に。訪問販売だったらぶん殴ってやるわ」

「待ってくれ、姉ちゃん。これはオレが出るから」

「いいよ、私が出るよ。それとも、私が出ちゃいけない理由が……って、待ちなさいよ」


 オレは、スズランを振り切って急いで玄関に向かう。


「こんにちは、ホクト様。約束通りに、お届けに参りました」


 ドアを開けると、そこには黒のスーツを着た男性が満面の笑みで立っていた。

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