泥の中の群青

ソラ

泥の中の群青

 俺は走る。

 追われていた。でも、理由が分からない。

 でも、立ち止まったら、俺は立ち処にして撃ち抜かれ、突き刺され殺されてしまう。

 そんな恐怖感が、今まさに俺の心を圧迫してやまない。


「ハア、ハア、ハア……ここまでくれば……」


 俺は立ち止まり、両ひざに手をあて中腰になって呼吸を整えた。


 冷静になって廻りを見る。


「砂漠?」


 砂丘の様な砂の平原と丘が際限となく俺の全方位に広がっていた。


 熱く照らす太陽。

 しかし俺の恰好と言えば、いつもの仕事着であるスーツ姿で、革製の短靴を履いているぐらい。


 我に戻って立ち止まったら、急にこの環境に意識が囚われて、猛烈な汗と喉の渇きに耐え兼ねられなくなっていた。


「何か飲ませてくれ……」


 俺は苦渋の顔つきをして、両手を喉に当て絞る様に締め付けた。


 焼けるような乾きと共に、締め上げる都度に襲う窒息の苦しみは、外からの日射の焼け爛れるような暑さと共に、俺の脳内を沸騰させた。


「あれ?」


 おかしいと思った思考とは別次元で、俺の両手はどんどん自分の首を絞め上げ続ける。


「なに俺、現実から逃避したからってさ、劇団ひまわりみたいに首絞めの演技なんかして、誰かに止めてもらおうとしてるんだ? なんでだよ、止まんねえじゃん」

「なに演技してんだよ俺、なんなんだよ」


 そう思っていても俺は首を絞めつつづける。

 でも、やっぱり絶命するまでには程遠い。


 いつも俺は逃げていた。それがこの結果だ。もう会社のペースにはついていけない。でも退職できない。逃げれない。なら死んだほうがましさ。消え去りたい。でもどうやって? 方法が決められない。でも逃げたい。いや、逃げたいんじゃない。俺は十分以上にやってきた。だからもう許してくれ。助けてくれ。」


「そうか、だから俺は薬を多量に飲んだのか……」


 そう気づいたときには、うっすらと目が明き始めていた。

 頭がガンガンする。

 そう言えば、睡眠導入剤のロヒプノールとベンザリンを3シートずつ、計6シート、60錠いっきに飲んだんだっけ。


 参ったな、もう何度目だ、オーバードラッグは……


 でも死ねないんだよ。これじゃさ、自殺ごっこさ。

 巷で流行ってる「メンヘラ」ってやつ。そうさ、その通りさ。

 自分ではほんとに死にたい、でも死ねないのは充分に分かっていてもやってしまう。リストカットと同じ。

 誰かに訴えたかっただけかもな。

 俺って世の中にいらない人間なんじゃね……


 それでもさすがに、飲んだ量が多かった。

 上体を起こすだけで精いっぱいだ。


 家族に迷惑をかけて、働けないくせに3昼寝付きの生活は堪能している自分、周りからも言われるが、俺も十分自覚している。


 俺がこうなる前に、先輩が半年前にとある岬で車を置いて消えた。

 何の予兆もなく、現実は降りかかった。

 捜索しても遺体は海からも岬の上の山からも上がらなかった。


 ただ、あの人は、深夜の1時過ぎ、サービス残業している俺に珍しく残っていて俺にこういったんだ。


「今度、飲みたいな」


 俺は新参者で嬉しくて「はい」としか言えなかったが、その人はアルコールは飲めない人だった。その後一週間もしないうちでの失踪だ。


 もう十年以上もたつが安否は不明のまま、まあ飛び降り自殺の名所だったから飛び降りたんだろう。


 俺もつらくなるとそこに行きたくなる。


 ついこの間も半べそかいて途中まで行ったんだ。

 でも死ねなかった。


 生きるってさ、泥まみれになることだよな。

 泥をすすって生きてきたよ。

 ホントに水分が欲しくて泥水をすすった時もあったよ、訓練でさ。

 でもそれはほかにも仲間がいたから耐えれたんだ。


 怖いのは孤独だ。

 その自分が属する組織に孤独を感じたら危ないんだ。

 あとは開き直れるかどうかだよな。


 そんな過去のことを数度、頭の中に反芻するとだんだん意識がはっきりしてきた。


「わかっていたけれど、また、無事現世にご帰還か」


 結局人間の生きる、死ぬはお天道様次第ってところ。


 こんな俺にまだ生きて何をしろっていうのさ。


 神様や仏さまってものはさ……










 

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泥の中の群青 ソラ @ho-kumann

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