第7話 東雲

「宗二郎、無事だったか」

「ええ、不自由な思いをさせて済みません」


 宗二郎の安否を尋ねる彼女に、彼は頷いて終わったことを告げる。


「それじゃ、もうコレ剥がしてもいいよな? 視界が悪いんだ」

 彼女は額のお札を指して、そんな呑気な事を彼に尋ねた。その順応の速さには脱帽ものだ。


「構いませんよ。それより行きましょうか」


 しばらく歩くと、霧が晴れて人の通りもちらほらと見えてきた。


「そろそろ駅につくが」

「そうですね」


 どちらとも会話が続かなく、二人の間に沈黙が降りる。間違いなく先ほどの一件が尾を引いているのだが、宗二郎は彼女にどのような話をするのか決めかねていた。


 これは、もしかして問題なのだろうか? 誤魔化すか? いやいや、無理だろう。どうやって?

 かつてない程に彼の頭脳は回転するが、答えを出すにはいささか難問過ぎだった。


「聞いていいかな?」

「なにをでしょうか?」

「さっきの事で」

 どちらにせよ、彼女自身にも問題がありそうだ。それを放っておくことは出来ない。


「……分かりました。これから、時間はありますか?」


                    ◇


 神望町。

 埼玉県の片隅にある、首都から電車を乗り継いで一時間ほどの、宗二朗が生まれ育った街だ。

 盆地で、あまり開発が進んでおらず、都会よりも比較的に自然が残っていた。


「宗二朗、返すよ。ありがとう」

 と、緋織から護身札が返却さえれる。


「気にしないでください。道具はつかってこそです。使わないと逆に勿体ない」

「ああ。物を粗末にすると勿体ないお化けが出るものな」

「何ですか、それ?」

「知らないか? 昔ちょっと流行ったんだけどな……。小さな頃は、ちょっとした事が怖くてたまらない、なんてよくあることだろう。成長しても案外覚えているものだよ」

「お化けが怖かったんですか? 可愛い所もあるんですね」

「子供だったんだ、仕方ないだろ」

「いえ、現在とのギャップの問題です」


 今の彼女からは想像できない。


「けど、私もこれでも子供のころは今とは大分違ったらしいんだけどね」

 彼女はしみじみと自分の過去を歩きながら話す。


「そうなんですか。でも、大人しい緋織さんなんてちょっと想像できませんし、似合わない気がします」

「……。正直が美徳なんて、嘘だよな」

「行き成りどうしたんですか?」

「いや、いい。君はそのままでいるといいさ」

「変な人ですね」

「それを君に言われたくはないな」


 ところで、と宗二郎は話題を変える。


「今更なんですけど、緋織さん、寄り道して帰って家の方に心配されませんか?」

「ん? いやぁ、大丈夫じゃないかな。さっき連絡はつけておいたから」

  そう言えばさっき携帯電話を操作していたな、と宗二郎は思い出す。


 やがて、街はずれにある勾配の急な坂道を超えると、彼の生家が見えてきた。白い塀をぐるりと回って、東雲と表札が記されている門扉から中に入る。

 途中、気圧されたように立ち止まっていた緋織を手招きで呼び寄せた。


「緋織さん、こっちです」

「あ、ああ。……随分と立派な家だな。御両親は何をやっているんだ?」

「かなり大雑把に言えば先ほど、僕がしたようなことです。父と母は亡くなったので、今は兄があとを継いでいます」

「あー……、それは悪い事を聞いた」


 宗二郎が説明すると、緋織はしまったと言う顔で謝罪の言葉を口にする。


「気にしないで下さい。もう十年以上も前の話ですから」

 取り出した鍵で引き戸を開けて「いま帰りました」、声を掛ける。

 直ぐに奥から妹の琴里がやって来た。その手には、料理でも運んでいる最中だったのか空のお盆を持っていた。


「お帰り、宗。遅かったね」

 出迎えにやって来た琴里は宗二郎を見て、次にその隣にいる緋織を興味深そうにまじまじと見て言葉を切った。

「琴、どうかした?」

「わあ、宗が女の人と帰って来るなんてビックリ……」


 本当に驚いているのかと、逆に疑問に思う態度で琴里は感想をもらす。


「どうぞ、いらっしゃい」

 それから琴里は宗二郎達に背を向けて、廊下の奥へ駆けて行ってしまう。


「──兄さん。宗が帰ってきたよ、お客を連れて。女の人を連れて来たよ」

「なんと、それは一大事ですね!」

 妹が消えていった方からは、そんな兄の驚きの声も聞こえて来た。


「ははは、なかなか愉快な御家族だな。君と良く似ている。そっくりだ」

 宗二朗はなんとも言えない気持ちになった。

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