かみさまかみさま

豆腐数

第1話 かみさまと、であい

 ──かみさまかみさま、ボクはあなたが好きです。


 神の偶像に向かって問いかける人間の言葉は、おおよそ信仰というものの定義で考えると、相当身の程知らずの言葉でした。何せその人間の好きという言葉は、信仰しているものを敬うものとは違う、恋や愛などの恋情の意味での好きでありましたから。


 しかし恐れ多いなどという言葉さえも知らないような気持ちというのは、ある意味ではとても純粋とも言えるものです。だからでしょうか、かみさまは人間の前に光臨なさいました。


「かみさま」


 舞い降りてきたかみさまは、偶像に姿こそ似ていましたが、その実全く違うものでありました。微笑む顔、石の像と違う色の豊かなお姿、何よりその纏う空気、全てが違い、全てが人間の思う通りの人でした。


「人の子よ、あなたは私に好意を持っているのですか?」

「はい、ボクはかみさまが好きです」

「それは何故ですか?」

「偶像越しにかみさまはボクに微笑みかけ、優しい眼差しを向けてくれました。それがボクにとっては日々の生きる糧になっていたのです。だからボクはかみさまが好きです」

「私も人を愛していますよ」

「それではダメなのです、かみさま」

「何故ですか?」

「ボクはかみさまが好きなんです。だからかみさまはボクだけを好きでいてほしいのです。あの偶像越しに、ボクにだけ微笑みかけて優しい眼差しを向けてくれたみたいに、ボクだけを愛してください」


 今この瞬間、人間の座り込んでいる床に穴があいて、地獄へ落ちてもおかしくないほどに強欲な願いを、人間は口にしました。純粋であるということはどこまでも物事を追い求めるということであり、つまり破滅へと墜ちる願いでもありました。かみさまはただ座り込んで祈るように手を組んでいる人間を見下ろして微笑んでいます。


「結論から言うと、私はあなただけを愛するということは出来ません」

「どうして? ボクはこんなにかみさまのことが好きなのに」

「私が神だからです。神は人を平等に見続けなくてはなりませんから、一人だけを愛するということは出来ないのですよ」

「それでは、一晩だけボクだけを愛してください」


 小さなやせっぽちの人間は、短い髪を振り乱し、大きな瞳を潤ませて、かみさまを見上げました。


「ボクは女です。だからたった一晩だけなら、この貧しい体もかみさまのおたわむれの道具となりましょう」

「それには問題があります」

「かみさまは人と交われないのですか?」

「いいえ、私も女だからです。どちらとも取れる容姿をしているように思えるかもしれませんが」

「それではボクの願いは、一個も叶わずに終わるということですか?」

「いいえ」


 かみさまは見上げる人間の顎を、白い長い指でそっと撫でました。それから慈しむようにそのやせっぽちの体を抱き締めます。


「かみさまかみさま、これは夢でしょうか」

「違いますよ」

「だけれどボクはかみさまの腕の中にいます」

「それは本当に私があなたを抱き締めているからですよ」

「でも神様は一人だけを愛することも、一晩だけボクだけを愛することも出来ないのでしょう?」

「ええ。ですが一人の人間に特別に目をかけることは出来ます」

「ボクが特別になれるということですか」

「そういうことになりますね。いつも一緒にいることは出来ませんが、時々はあなたの元に降りてくることにしましょう。それから──髪を伸ばしなさい。これから私の言うことをしっかり聞いて人生を過ごすと誓うのなら、死後もあなたを私のお膝元で可愛がってあげますよ」

「嬉しいです、かみさま」


 かみさまが何を考えていらっしゃるのかはわかりかねますが──。人の子の願いは、当初の望みに限りなく近い形で叶ってしまったようです。

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