私を見つけて。

 富杉がお経のようなものを唱え、簡単な儀式が終了したところで、動画を観る準備を始めた。鳥山が死んだという現実があって、強く死を意識してしまう。鳥山の亡骸が目に浮かんでは消えていく。

巫女がセッティングしている間、誰も話すこともなく、少ない唾を飲み込むだけ。気を紛らわす冗談を思いつく余裕などありはしなかった。


「できました」


巫女がそう告げると、蓮口はリモコンで操作し、続きの動画にカーソルを合わせた。動画のタイトルに文字化けはないが、これが正しいタイトルとは思えない。

『私を見つけて。』

越本薫がつけたタイトルだとするなら、怖がらせる演出のためだろうと推測できる。しかし、越本がただ怖がらせるためにこんなことをしているという考えは薄くなり始めていた。

異界の者の介入が強くなってきた今、文字化けも、このメッセージめいたタイトルも、霊がやっているのかもしれない。


「じゃあ、再生します」


楠木は頷く。蓮口の指が決定ボタンを押した。


 画面キャプチャーが表示されて数秒後、ジーという音が鳴り響く。富杉は眉を顰め、画面を注視する。

画面は砂嵐。何かが再生されるわけでもなく、灰色に染まっている。

「どうしましょう」と目で訴える蓮口に、どう答えようか迷っている楠木。


すると、徐々に砂嵐が晴れていく。引きで暖炉を斜めの角度から撮っている映像が見えてきた。右側に暖炉、左側に元家主のギャラリーの棚が確認できる。画面の下部にほんの少し、平面の物が見えている。

深い茶色は何度も見ているローテーブルのもの。何度もこの動画を観ている楠木と蓮口がそう推測するのは容易かった。

映像が15秒ほど流れてもカメラが動くこともなければ、越本の声も聞こえてこない。監視カメラの映像を見ているような画が続く。


 1分後、扉を開ける音がどこからか聞こえてきた。映像からはどこから鳴っているのか判別できない。

すると、左から人影が入り込んだ。規制線の張られている正面玄関ではなく、風呂の窓から入って、電気のつかない通路を通ってきたのだろう。

細身の体を運ぶ足は重く、曲がった背中は憂鬱さを物語っている。顔を上げた男はカメラの存在に気づき、立ち止まって睨みつけた。恨めしくそれを見る越本は、ゆっくりとカメラに近づいていく。

越本の片ももがアップになる。カチカチとどこかのボタンを押す音が聞こえたと思ったら、甲高い電子音が 1回鳴った。すると、激しくぶつかる物音を立てながらバグったように歪む画面が激しく回転する。物音が収まり、画面が安定すると、階段の柵を映した。

階段の柵の間から人の横顔が薄く映っていた。悲しげな表情をする女性の顔、一重の瞼だということまではっきり分かる。サラサラのまとまった短い髪が揺れた。女性は小さく口を開いて何か言いかけた瞬間、人影はゆっくり消えてしまった。


「さっきのって、三嶌璃菜、ですよね?」


「多分な」


楠木は画面に顔を向けたまま蓮口の質問に答える。


 カメラは横に回り、レンズがソファに座る越本を映す。俯いた越本は両手で頭を抱え、髪をかき乱している。病んでいるのがひしひしと伝わってくる。青いジーンズの足元は黒く汚れていた。靴にも茶黒い汚れが目立つ。

越本はレンズに一度視線を合わせ、視線を横に逸らす。何か考えているようにボーっとする時間が数秒続き、越本は赤いソファの背にもたれかかる。越本の視線が画面に向いた。


「僕らは元家主の日記を読み終え、この家がどういう場所か悟りました。幽霊の出る山荘。おそらく家主は、僕らが見た不倫相手の霊に殺されたんです。

僕は宮橋和徳を責めたくなりました。ですが、それをしたところで僕たちが女性の霊から逃れられるわけじゃない。

僕は怒りを抑えることを意識して、宮橋にここが幽霊の出る山荘だってことを知っていたのかと尋ねました。宮橋は不快感を示すように声を張り上げて強く否定しました。

その時、僕は思い出しました。宮橋に聞こうとしていたことがあったと」


越本は気だるく立ち上がり、ゆったりと右に歩いて行ってフレームアウトした。靴音が近づいてくると、アップで右から写真が入ってきた。

犬と一緒に写って笑顔の男性。細身で渋い、女性からモテていたというのは見ただけで納得できた。


「元家主の持ち物であるキッチン横のギャラリーにある 1枚の写真。隣に犬を座らせている男が、この元家主の男性ではないか。僕はそう推測し、宮橋に写真を見せて聞きました。宮橋はたぶんそうだと思うという曖昧な返事をしてきました。

僕が手に取っている写真をみんなが注目していた時、三嶌璃菜がぽつりと呟きました。この椅子は2人掛けなんじゃないか。三嶌は写真の右端を差していました」


 視聴室にいた誰もがプロジェクターに映った写真の右端に注目する。


「三嶌が示す場所を何度見ても、僕と宮橋は分かりませんでした。すると、安西美織は腕が切れてると呟きました。写真はご覧の通り、フォトフレームに入っていますが、小さめに作られています。こうして傾けると……」


写真が斜めになり、写真の端がフォトフレームに当たる音が鳴る。3センチほどの隙間が空き、コルク素材のフォトフレームの背が見えた。隙間ができることはあると思うが、これほど隙間が空いてしまうものだろうかと疑問を抱く。


「このフォトフレームはもう少しサイズの大きい写真専用のものだったんです。しかし、元家主が探した一番小さいフォトフレームはこれしかなかったのでしょう。写真の位置を調整すれば、綺麗な感じで枠内に収まるため、このフォトフレームを選んだ。

そして、腕が切れているのは、もっと大きな写真だったからです。この男性の右には、何か写っていたんでしょう。ですが、男性は一緒に写っているのが嫌で、写真を切り取って新しいフォトフレームに入れた。

これは僕たちの推測なので、確証はありませんでしたが、きっとあの女性の霊が写っていたんだと思います。男性と腕を組んでいる女性が笑っているとかね」


越本は鼻で笑い、写真が上にスライドする。すると、突然真っ黒な顔が写真の背後から現れた。声を詰まらせて驚く楠木。それに驚く蓮口。蓮口は苛立った様子で「ちょ、やめて下さいよ~」と文句を言う。


「仕方ないだろ」


 蓮口は安堵するようにため息を零し、画面に視線を戻す。顔全体が黒く、瞳だけが赤い。髪型からして女性らしい雰囲気があった。ショートヘアだったが、女性と思ったのは先ほど階段の柵から見えていた女性とよく似ていたからと言わざるを得ない。狂気を匂わせる黒い女性は目を閉じて、カメラに突進して通り抜けるように消えた。

巫女といえどもあまり見たくないものだったようで、顔を俯かせている者や険しい表情で体を縮まらせている。富杉は目力のある瞳で動画を見ている。ビリビリと体を昇っていく不穏を感じている楠木は、富杉の顔つきを盗み見て、より不安な気持ちにさせられた。

越本は再びソファに腰を下ろし、前のめりになって両肘を膝の上に乗せて喋り出す。


「そんなことより、これからどうするのと、白川琴葉が僕らを急かしました。三嶌はライターを探していたことを思い出して、宮橋と安西に問いかけましたが、2人は首を横に振り、他の方法を考えてみると言って、安西はソファに腰掛けました。

宮橋は何か思いついた声を発し、ローテーブルにあったカセットコンロのボンベを取りました。『何する気?』と問いかけた安西に久しく見てなかった笑顔を零した宮橋が、『この中に溜まってるガスで火をつける』と言い出したんです。しかし、僕らは火を持っていません。ライターも、ガスコンロもつかない。外は霊がうろついている可能性もあるため出られない。日も暮れて、夜がやってきていました。

僕らは正常な判断を失った宮橋の考えに肩を落としました。宮橋は最後まで聞いてほしいと促しました。諦めムードの中、三嶌が『どうするの』と仕方なさそうに聞きました。不敵な笑みで見せたのは携帯でした。ここは圏外で繋がらないし、ボタンを押せば火が出る機能があるのかと僕は嘲笑いました。しかし、安西は喜々とした表情で宮橋を褒めました。

携帯にはリチウムイオン電池が使われています。みなさんも、ニュースなどを見ているなら思い出して下さい。携帯が突如火を噴く話を聞いたことがありませんか?」


「そういえば、そんな話がありましたね」


蓮口は楠木に視線を向けて小さな声で言う。


「ああ、今でもたまに聞くな」


「バッテリーが過充電や過放電などを起こして膨らみ、発火することがありました。他にも原因は色々ありますが、その中で、簡単にすぐ発火させることができる方法があります。強い衝撃を与えて変形させることで、リチウムイオン電池は発火してしまうのです。それはごくわずかで小さい火ですが、ボンベのガスと合わせれば火力を増強できる。

僕らはこれで助けを呼べると希望を見い出しました。僕らは早速助けを求める方法の手順を確認し合いました。

最終的に燃やすのは山荘の近くにある林。落ち葉のある場所に火を落とすことができれば、林全体に燃え広がっていき、気づいた誰かが通報する。そうなれば、僕らは放火の罪で逮捕されてしまいますが、ここから出られるのならどうでもよかった。

引火させるレシートや経済情報雑誌を持って2階へ行き、北側にある誰も泊まっていない部屋、『juncture』に入りました。その部屋は他の部屋とは違うようでした」


 画面が切り替わり、ドアが映っている。ホテルであれば部屋番号が記載されたプレートがある場所には、英文字表記のプレートがある。だが、プレートは刃物で傷つけられたように傷が残っている。

越本の手が躊躇いがちにドアを開けた。すぐ目に入ってきたのは引き裂かれたカーテンだった。テーブルは横倒しになっており、木製の椅子はバラバラになって床に散乱している。窓はガラスがほとんどなくなって、枠だけが残っていた。ひと際目立つ汚れが右隅の壁についている。何かの液体が飛び散った痕だと思われた。何があったのか疑問を抱きたくなる荒れた部屋の中に、越本は入っていく。

フローリングの床は穴が空いており、不安定さを表す軋んだ音を立てている。

こんなところに1人でよく入れるなと感心する蓮口。


「僕らが泊まっていた時は、今見てもらっている状況より、ここまで荒れてはいませんでした。違うと思ったのは、椅子がバラバラになっていること。見た目的に印象があったのはそのくらいでした。それよりも、湿気しけた空気と微かな異臭が感じられました。それは嗅いだことのある臭いでした。

血です。この部屋に入った時から独特の生臭さがあると思っていました。禍々しく存在を示す壁についた汚れは、僕らの注意を引きました。綺麗な壁紙が赤黒い汚れによって台無しになっていました。

人の背丈の頭くらいに激しく汚れがついており、液体を投げつけたように飛び散っていました。昔、ここで誰かが殺された。女の人か、あるいは元家主か。気味が悪くなった僕らは、別の部屋に変えることにしました」


越本は振り返って部屋を出ようとする。

越本が移動している間に、楠木は膝に置いていた過去の捜査資料に視線を落とす。捜査員が『juncture』の部屋に入った時も、そこまで荒れていなかったことが添付された写真からも窺える。

動画で越本が映した壁の血痕と同じものが確認されている。それは人の血痕だったと、淡々と記載されていた。そして、その血痕は……。


 越本は南にある『fascination』の部屋の前に立つ。


「僕らはこの部屋に入り、火をつける準備を始めました。今日はここで終わります。ご視聴ありがとうございました。……はあ」


越本はため息を零し、録画を止めた。

動画が終わった部屋の中は一段と重苦しい雰囲気に包まれていた。それを一番感じていたのは蓮口と楠木。動画を観るという簡単な行為が自分の寿命を減らしている。そんなこと、一体誰が信じるだろうか。

他の同僚にも、家族にも話せない。もし話せば、呪いが身近な者に伝播でんぱし、幽世かくりよに引き込まれてしまうのではないか。口は自然と堅くなっていた。


「少し休憩しましょうか」


楠木は小さく声を出して促す。


「そうですね。では、20分後に」


富杉はそう言って立ち上がり、部屋を出た。

蓮口は身をよじり、両足を伸ばす。楠木は目頭を押さえて顔を俯かせる。不安と困惑。自分たちは助かるのだろうかと、今手の中にある大切な人を思いながら、暗闇の中をひたすら突き進むしかなかった。

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