お悔やみライター出張中

ちびまるフォイ

どこまで伝えていいの?

この世界では殺人が絶え間なく行われていた。


「これで3件目か……」


「そうですね」


「殺し方はキレイなんだよな」


「先輩、殺人鬼をほめてどうするんですか」


物資の入手がおいそれとできない異世界では略奪が多く犯罪は絶えない。

とくに、この町では犯罪者を狙った殺し屋がいる。


死体を丁寧に整えて去る几帳面な性格から「潔癖屋」と呼ばれていた。


「それじゃ描写してみろ」

「はい」


後輩は整えられている死体を見ながらその状況や損壊を手紙に書いていく。


『 この度は、心からのお悔やみを申し上げます。

  あなたの息子さんは○○ストリートで殺されました。


  心臓を刃物でひと突きされたことによる失血死で、

  その表情は苦しみよりも驚きが勝ったような表情です。


  両手は祈るように胸の前で組んで横たえられて―― 』



「うんうん。そんな感じ、そんな感じ。

 俺らお悔やみライターは感情を捨てて描写することに集中するんだ。

 後輩、お前なかなか筋がいいぞ」


「ありがとうございます。

 できるだけ、遺族の人にこの状況を知ってもらいたくて」


「ま、大変なのはここからなんだけどな……」


お悔やみ手紙を書き終わると、死体処理係があっという間に死体を片付ける。

先輩と後輩は手紙を持ってその家族の下へと向かった。

扉をノックすると老いた母親が出てきた。


「はい?」


真っ黒な服装の2人を見て、母親は何かを悟り、表情がこわばった。


「お悔やみ申し上げます」

「こちら、お悔やみ書簡です」


「そ、そんな……!」


母親は手紙を読んで自分の子供の死にざまを事細かに把握する。

涙を流して立っていられなくなり、何度も子供の名前を呼んだ。


「では失礼します」


先輩は事務的に伝えてその場を去った。

その帰りに、後輩は先輩に尋ねた。


「先輩、なにか声をかけたほうがよかったのでは?」


「俺らの仕事は書いて、伝える、ただそれだけだ。

 個人の感情に関わるとろくなことにならない」


「この仕事って……ホントなんなんでしょうね」


「お前は自分の大切な人が死んだとき、

 死んだって事実を聞かされるだけと

 どうやって死んだか詳しく知るのとどっちがいい?」


「…………わからないです、あんまり」


ライターの仕事そのものは好きなので続けているが、

この仕事そのものが果たして求められているかはよくわからなかった。


それでも仕事を続けていくうちにだんだん仕事にも慣れ

穏やかな生活が続いていたとき。


「大変だ!! 南部で戦争が起きたぞ!!」


「せ、戦争ですか!?」


「いくぞ!! 今日からベッドで寝られると思うなよ!」

「はい!!」


戦地につくと、戦争はすでに終了していて、片付けが間に合わない骸が転がっていた。


「戦争だとやっぱり数が多いな……ホント、果てしないぜ。

 後輩、俺は向こうを書いてくるから、お前はここをよろしくな」


「は、はい」


後輩は敵側の死体に向かって歩き出して、描写をはじめた。

人間同士の戦争とあって、町での殺人鬼による犯行にはない、生々しい損壊がいくつもあった。


「これ、書くのか……」


中にはまだ若い青年の死体も転がって、

やる気満々とばかりに戦地にやってきたものの序盤の地雷で死んでいた。

これほど無念なことはないだろう。


『あなたの息子さんは何の成果も得られず犬死でした』


と、伝えることが本当にいいのか後輩はわからなくなってきた。



『 この度は、心からのお悔やみを申し上げます。


  あなたの息子さんは周りの仲間たちを鼓舞し、

  真っ先に敵陣へと斬りかかり、何人もの敵を倒しました。


  そして、仲間をかばった銃弾で命を落としました。

  その死に仲間たちはいたく悲しみました 』



「これくらいは、いいだろう」


元々几帳面な性格なので、創作の手紙になったとしてもボロは出さない。

手紙を書き終わると遺族の下へと届けた。


「息子は……息子は頑張ったんですね。

 あなたの手紙をもらってよかった。

 死体で帰っただけだと本当にやりきれなかったから」


「ええ、そうですね」


遺族は創作の手紙を読むと、悲しみながらも誇らしげだった。


「事実を伝えるだけが仕事じゃないよな、やっぱり」


後輩もいい仕事をしたなと手ごたえを感じた。

しばらくして、先輩から呼び出しがかかった。


「おい!! お前、創作の手紙を書くとはどういうつもりだ!!」


「うっ……ど、どうしてそれを……!?」


手紙と事実が一致しているか確かめられないよう死体はすぐに処理された。


「なんで創作だと気付いたんだって顔だな。

 ……あれから、遺族の人が軍に連絡を取ったんだよ」


「えっ!?」


「息子の最後の階級を確認したらしい。

 仲間をかばって死んだので、階級バッジはどうなったか

 せめて手元に置きたいとかそんな感じでな」


「……」


「で、お前の手紙での嘘がばれて遺族は余計に落ち込んだ。

 事実以外書くなとあれほど言っただろう」


「でも先輩、辛すぎる事実を受け止められない人もいるじゃないですか!」


「だったらどうしてその判断をお前が偉そうにしてるんだよ。

 "これはこの人には辛すぎる"ってのはお前が決めることじゃない」


「……気をつけます」


「お前はもう少し研修を続けろ」


今回の一件があってから、

一度先輩と同時に手紙を書いて添削してもらう工程へと変わった。、

以前のように自分の手紙が遺族に届くことはなくなった。


「一人前になったら、また手紙を出せるからな」

「はい」


それからはとめどなく行われる犯罪者の死体描写をつづけた。


「まったく、ぶっそうなもんだ」

「そうですね。気をつけましょう」


街に転がる死体を描写してお悔やみを書き続けた。

後輩の努力のかいあって、先輩もついに首を縦に振った。


「うん、お前はもう1人前だ。

 自分ひとりで現場にいって、手紙を書けるだろう」


「先輩、ご指導ありがとうございます」


「さっそくなんだが、××ストリートで例の殺人鬼の犯行があったらしい。

 俺は別の現場に行ってくるから、お悔やみ手紙を書いてくれるか?」


「はい、まかせてください!」


後輩は××ストリートへと急ぎ、先輩は別の案件で現場を離れた。




後輩が仕事を終えて戻ってくると、先輩は汗を流しながら待っていた。


「先輩、そんなに汗だくてどうしたんですか? 走って来たんです?」


「ああ……そうだ……死体は、すぐに……片付けられるから、

 急いで、お前に、伝えなくちゃって……思ったんだ……」


「ええ、でも仕事終わりましたよ?」


後輩はお悔やみの手紙のコピーを先輩に渡した。

1人前とはいえ、初仕事なので一応添削してもらおうかと考えた。


「……完璧だよ。俺からの修正はなにもない。完璧な描写だ。

 まるでその現場を見てきたみたいに細かく丁寧だ」


「ありがとうございいます、よかったです。

 それで、先輩は何を伝えにここまで戻って来たんですか?」






「あのな、俺は間違って場所を××ストリートって言ったけど

 本当は真逆の場所にある、エックスストリートだったんだ。

 なのに、どうしてお前こんなに細かく書けるんだよ――」



後輩は先輩の遺族に渡す用のお悔やみも書きはじめた。

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