TickTack・チックタック・TickTack

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

観察対象

 ぼくはヒキコモリだ。


 四六時中部屋の中に籠もって、ネットサーフィンをして暮らしている。

 収入は親だより。

 ごはんは母親が、部屋の前まで届けてくれる。

 トイレは部屋の中にある。

 働く必要はないし、もう何年も誰とも口をきいていない。顔も合わせちゃいない。


 まるで世の中のことなんて知らないだろうと、ぼくを見た人間は嘲笑うかもしれない。

 だが、ぼくのほうこそ彼らを嘲笑してやりたい。

 今の時代、わざわざ部屋の外に出る必要など皆無なのだと。


 時間さえあれば、ボタン一つで宅配サービスが欲しいものを届けてくれる。

 観光地に行きたければ、ナンタラビューで見て回ればいい。VRを使えば、間近で触れた気にもなれる。

 え? それで味気なくないのかって?

 寂しくないのかって?

 世界から、断絶されている気分にならないのかって……?


 大丈夫さ。

 だって、これがある。

 ぼくの手の中に収まるサイズの端末。

 スマートタブレット。

 世界中の情報が、これで簡単に手に入る。


 これでもぼくは、おしゃべりが得意だ。

 もっとも、口は使わない。

 文字を打つほうが早いからだ。


▷しがないヒッキー@NoLifeNoDeath

 :今日はジオサイドでハイスコア出したったわ


▷顔のない名無し@TicktackTicktack

 :新作ステージが解放されたのだっけ さすが、しがない先生はやるねぇ 今度焼き肉おごってください


▷しがないヒッキー@NoLifeNoDeath

 :贈ちゃる贈ちゃる、桐箱で届くぜ もっとぼくをほめたたえるがよろしい


▷顔のない名無し@TicktackTicktack

 :やっぱ廃人ゲーマーは違うなぁ、どんどんスコアが上がっていく

 :このままいけば、相手の軍隊全部滅ぼせるんじゃない?


▷しがないヒッキー@NoLifeNoDeath

 :ナナシンは褒め上手よなぁ まあ任せなさいって


▷顔のない名無し@TicktackTicktack

 :期待しているよ


 これは、ぼくが最近はまっているゲームに関する会話だ。

 ぼんくらな原住民を一方的に殺戮するゲームで、なかなか爽快感が高い。

 原住民は原始的な兵器で、散発的に反撃してくるのだけれど、こっちはビームとか空間断絶バリアーとか装備しているので痛くもかゆくもない。

 基本的なプレイングは、一か所に集まっている原住民を、いかに効率よく殲滅するかである。

 いわゆる無双ゲーだ。

 プレイヤー同士の戦闘も可能で、時々不意打ちしてくるやつがいるか、いまのところぼくは負け知らず。

 なんと被弾したことだってない。

 パーフェクトゲーマーなのだ。


 ジオサイド──それがゲームの名前だった。


 顔のない名無しというハンドルネームの彼──ぼくが一方的にナナシンと呼んでいる──とも、このゲームを通じて知り合った。

 ある日突然SMSで話しかけてきて、それ以来唯一、ぼくが心を許す相手となっている。


 ほら、断絶していないでしょ?


 ……なんて強がれば、さすがに呆れられるかもしれないので補足しよう。

 ナナシンの友達(彼はファミリーという単語を使う)とも、交流はある。


 ジンギスカンの店を営業しているという、ママさんのクロヤギさんとか。

 水が大嫌いだけど、水産業を営んでいるらしい九頭さんとか。

 疾風迅雷の騎士を名乗る中二病の蓮田さんとか。

 数え上げればきりがないぐらい、ぼくはたくさんのひととつながっているのだ。


 ぼくは確かにヒキコモリだが。

 ボッチではないし。

 世界と断絶もしていない。

 ナナシンのファミリー以外のコメントだって、いつだって追いかけている。

 ニュースだって見るし、ドラマもアニメだって見る。

 寂しくない、一人じゃない、孤独でもつらくない。


 ゲームのスコアだって、世界一に迫る勢いだ。

 だから、ぼくは毎日、楽しく暮らしていた。

 なにも不安なことはない。

 なにも不満なことはない。


 夜起きて、部屋の扉をあけて、ご飯を持ち込んで。

 ジオサイドをプレイして。

 SNSでバカ騒ぎして。

 そして寝落ちする。


 充実した、素敵な日々だった。

 こんな日々が、いつまでも続くと、確信していたんだ。


§§


 ある日、ぼくはジオサイドのプレイヤーと一騎打ちになった。

 ゲームクリアー間際のタイミングで、しかも相手は、ランキング世界1位の相手だ。

 凡人なら、たぶん五秒と持たず負けていただろう。

 でも、ぼくはこのゲームをすでにやり込みつくしていた。

 一瞬の隙をついて、ぼくは勝利する。

 その瞬間、ぼくはついに、世界一このゲームがうまいプレイヤーになったのだ。


 そして、ゲームをクリアーした。

 すべての原住民を、滅ぼしたのだ。


 やった……!


 心のなかで喝采をあげた。

 ガッツポーズぐらいしたかもしれない。

 SNSのほうに、そのことを報告すると、


▷顔のない名無し@TicktackTicktack

 :やってくれると信じていたよ! さすが私が見込んだだけはある 祝福させてくれ

 :ゲームクリアーの特典が受けとれるらしいよ

 :でも、交付まで時間がかかるらしいし、ご飯でも食べているといい

 :今度、クロヤギ食べに行こうね 祝勝会だ


 そんな風に、ナナシンは褒めてくれた。

 ぼくはうれしかった。

 調子に乗った。

 だから久しぶりに、部屋から外に出た。

 コーラでも飲もうと思ったのだ。


 取り寄せればピザもコーラも届くだろう。

 でも、一刻も早く、ぼくは咽喉を潤したかった。

 勝利の美酒を味わいたかった。

 この際だから、両親に会ってもいいやと思った。


 しかし、両親はいなかった。

 探し回ったわけじゃないから、お風呂にでもいるのかもしれない。

 冷蔵庫をあける。

 なにも入っていない。

 それどころか、電源が切れている。


 ぼくは首を傾げた。


 仕方がない。

 ぼくは勝利者なのだ、世界一なのだ。

 いちいち労力を払うのは業腹だが、近くのコンビニにでも行こう。


 外に出る。

 久しぶりに見る外の景色は、なんとも奇妙な感慨をぼくに抱かせた。

 どうやら日暮れも近かったらしく、空は赤い。

 眩しさに目を細めながら、コンビニを目指す。

 記憶の通りなら、300メートルも歩かなくていいはずだ。


 コンビニはあった。

 店内には人影がない。

 手早くコーラとジャンクフード──ついでにアルコールを買い込み、レジへと向かう。

 店員は、帽子をかぶっており、マスクを着けている。

 マスクはわかるが、帽子とは。

 いつからこの店の制服は変わったのだろうか?


 疑問に思いつつも、買い物かごを手渡す。


      Ticktackチックタック

   Ticktack

         Ticktack


 どこからか、時計の針のような音が聞こえてくる。

 電子通貨で支払いを終えて、ぼくは帰途に就く。


 そういえば、あの店員、いらっしゃいませともありがとうございましたとも言わなかったな。

 たるんでいる、客への礼儀というものがなっていない。

 今度クレームを入れてやろう。

 そう心に誓いつつ、帰宅した。道すがら、だれともすれ違うことはなかった。


 家の中に入ると、今度は両親がいた。

 ふたりとも、テレビを見ている。


 ……なぜだろう、どうしてこのふたりは、ブロックノイズが流れる画面を注視しているのだろうか?


 Ticktack Ticktack

   Ticktack

   Ticktack


 またあの音が聞こえる……

 気になったが、なんとなくそのまま部屋に戻った。

 話さなくて済むのなら、そのほうがいい。

 結局、親の顔を見ることはなかった。


 部屋に戻ると、ジオサイドの運営からメールが届いていた。

 どうやら豪華特典を用意してくれたらしい。


『実効をもって、発表に代えさせていただきます』


 という文言が気になった。

 発送じゃなくて、実効。

 特典とやらは、現実に届くものじゃなくて、ゲーム内で有効なものなのだろうか?

 そのことをナナシンに訊ねてみる。


▷顔のない名無し@TicktackTicktack

 :どうだろう

 :でも、すぐにわかるんじゃないかな

 :そういえば、SNSでもジオサイドがクリアーされたことは話題になっているね


 促されて、ぼくはほかの人たちのコメントを見に行く。

 5ちゃんねる、まとめ記事、フェイスブック、ツイッター、WEBで検索して、なんでもだ。

 どこでも一種の、お祭りのようだった。


▷ジオサイドがクリアーされたらしいぜ!

▷マジかよ、今日は記念日だな         Ti

▷あー、マジウケるTic竹だわ竹


▷世界1位だったやつ、負けたらしいな

                 Tick

▷奮Tickt戦したのにな、残念

▷Tickt実は彼に賭けてた、大損だ


▷ところでTicktaは、このあとTicktack?

▷いや、Ticktack Ticktack 彼はTicktackTicktack 観察TicktackTicktackTicktack

▷TicktackがねTicktackTicktackTicktackへりゃTicktackTicktack


 なん、だよ、これ……?

 なんだ、この怪文書は?

 Ticktackって、なんでこんな、書き込まれて……バグか? 文字化け?


 ぼくは慌てて、検索の範囲を拡大する。

 だけれど、もうその時には、ウェブ上のほとんどが、Ticktackという文字に浸食されていた。

 まるで、ウイルスに汚染されたみたいに。


 そうだ、ウイルスだ。

 これは、コンピューターウイルスの仕業に違いない。

 どこかで変なリンクを踏んだんだ。

 慌ててぼくは、PCを終了する。

 スマホを操作して、修理に出そうとするが──



  Ticktack Ticktack Ticktack

 Ticktack Ticktack Ticktack

Ticktack Ticktack Ticktack



 こちらもまた、汚染されていた。

 なんだよこれ、なんなんだよこれ!?


 訳が分からなくなって、ぼくは部屋を出た。

 両親に頼るつもりだった。

 居間に行くと、二人は相変わらずブロックノイズが映るテレビを、無言で眺めている。


「かぁ、さん……かぁさん!」


 ギリリ、ギリリと、潤滑油が切れたように痛む咽喉。

 久方ぶりに出す声は、それでもなんとか滑り出てくれた。


 だけれど、二人は反応してくれない。


「おい!」


 頭にきて、思わずのその肩に手をかける。


 取れた。

 母さんの、頭が。


「──え?」


 ゴロゴロと床を転がる頭部。

 ガチャリガチャリと鳴り響く金属音。

 母さんの首の断面からあふれ出るのは、赤い血液ではなく。

 黒い、据えたにおいのする液体──

 オイル

 そして歯車が、発条が、切断面から飛び出す。


「え、え──」


 転がっていた頭が、口をきいた。


『Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack』


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ──ッ!?」


 ぼくは絶叫した。

 かあさんの顔は、機械で出来ていた。

 顔のパーツはすべて歯車、髪の毛は鋼線ワイヤー、歯ぐきからは発条が飛び出していて──


「あ、ああああ」


 よろけて一歩下がると、なにかにぶつかった。

 ガシャンと音を立てて、が倒れる。


 とうさん。

 おとうさんも、機械だった。

 その機械が、無機質に笑って


『Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack』


 気が付けば、ぼくは家から飛び出していた。

 目を焼く光。

 空の赤い光。

 赤い、結構時間が経ったはずなのに、空はまだ赤い。

 どうでもいい。

 走る、どこまでも逃げる。

 弱っていた僕の足腰は、すぐに限界が来た。

 それでも走る。

 せめて、せめて、誰かに出会えるまで──


 無我夢中で走って──そして、この世界の正体を、知った。


「あ、ああああ、ああああああああ」


 定食屋のババアは機械だった。

 散髪屋のジジイは機械だった。

 家電量販店の店員は機械で、テレビの中でニュースを読み上げるナレーターは機械。

 子どもも、大人も。

 男も、女も。


 機械、機械、機械、機械──


 Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack Ticktack──



「あああ──」


 世界のすべてが。

 歩く人々、立ち止まる人々、店員、セールス、客、駅員──なにもかもが、行きかう人々が、みな機械の人形だったのだ。


 人間なんて、どこにもいやしなかった。


 スマホが、メールの着信を告げる。



▷顔のない名無し@TicktackTicktack

 :楽しんでもらえているかな?

 :約束通りした

 :君たちプレイヤーのおかげで、人類は絶滅した

 :プレイヤーも互いに殺しあい、最後まで抵抗していた英雄とやらも君が殺してくれた

 :なので、代わりといってはなんだけれど、これまで通り何不自由なく君が過ごせる環境を、提供しようと思う

 :なに、君は貴重なサンプルだ、けっして死ぬことがないよう、これからもモニタリングさせてもらう。これまでどおり、楽しんでくれたまえ

 :気が向いたら一緒にクロヤギを食べよう

 :ああ、もっとも──



 Ticktack Ticktack

  Ticktack Ticktack

    Ticktack Ticktack

       Ticktack Ticktack

          Ticktack Ticktack

             Ticktack Ticktack

          Ticktack Ticktack

       Ticktack Ticktack

    Ticktack Ticktack

  Ticktack Ticktack

 Ticktack Ticktack



 ぼくは、その場に崩れ落ちた。

 Ticktack Ticktack

 その音は、周囲から響いているんじゃなかった。

 Ticktack Ticktack

 ああ、忌まわしいその音は。


Ticktack Ticktack

 ぼくの、心臓が、奏でていたのだ。

Ticktack Ticktack


 ねじまきの心臓が、時計のように正確に、TicktackTicktackと鼓動を刻む。


 ぼくはメールの続きを、確認した。


▷顔のない名無し@TicktackTicktack

 :君はもう、死ぬこともないだろうけれどね? 


 ぼくはやめた、考えることを、やめた。

 歩き続ける人々の──それを模した機械人形の群れに、ぼくも埋没する。



▷顔のない名無し@TicktackTicktack

 :不死になっても、壊れはするのか。ふぅむ、興味深いな……


 そんなメールを、ぼくが確認することはなかった。


 Ticktack Ticktack


 歯車の音は、いつまでも響く。


 Ticktack Ticktack


 いつまでも。


 Ticktack Ticktack


 いつまでも──



 ああ、ぼくは──

 やっと世界と、ひとつになれたんだ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TickTack・チックタック・TickTack 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ