第5話 英雄になった男

 東京に突如SEEDが現れた夜、来栖は皇居の周りをランニングしていた。元々趣味がランニングで、週に一度は皇居の周りを一人で走るような人だった。その日もランニングウェアを着て、好きな音楽を聞きながら自分のペースで走っていた。


 しかし、二週目に入った時、丁度桜田門の前を通過しようとした時、来栖は辺りの様子がおかしいことに気がついた。普段なら警視庁や国のお役人が帰宅する時間なのにも関わらず、車通りが少なく、人の通りも少なかったのだ。来栖は何かがおかしいと思いイヤホンを外し辺りを見渡した。すると、皇居前広場が騒がしいことに気が付いた。来栖はすぐさま走り出すと、彼の目にはとんでもないものが映っていた。それは、ドラゴンの様な姿をし、それでいて躯の造りは人間そっくりな、灰色の化物が通行人を襲っているという様子だった。そのドラゴン型のSEEDの足元には既に何十もの人の殻が散乱しており、辺り一面血で真っ赤に染まっていた。


 来栖はこの世のものとは思えないその光景に絶句した。それと同時に、何とかしなければと考えていた。咄嗟に武器になるものはないかと荷物を漁る。しかし、これといって殺傷能力のあるものは無く、出てくる物は電子機器ばかり。これではどうしようもない。そう思い、周囲に何か落ちていないかと見渡すと視界の隅に何か光る物を見付けた。来栖はSEEDに見つからない様にそれに近づくと、さっとそれを拾い上げた。すると、それは石でできたバングルの様な物で、中央にはめられたルビーのような石が光っていたのだ。


「何だこれ?」


 すると、ドラゴン型のSEEDが来栖の存在に気が付き、ゆっくりと来栖に迫って来ていた。来栖は一瞬逃げようかと身構えたが、手にしていたバングルから何か聞こえているような気がして、その場で立ち止まる。脳に直接話し掛けてくるような、不思議な声。その声は来栖にこんな事を言っていた。


「汝、力求めるならばこれを嵌めよ。さすれば、汝に力を与えよ」


 来栖は謎の声を聞くと、SEEDのことを見る。同時に、今この場で自分に出来ることは何なのかを考える。今この場であの化物をどうにかできる人はいない。それは自分も同じかもしれない。それでも、この謎の声が言うことが本当で力とやらが手に入るなら、あの化物もどうにかできるかもしれない。来栖は一瞬のうちにあれやこれやと考えた。そして、ついに覚悟を決めると、来栖はそのバングルを左腕に嵌めた。


 すると、ルビーのような赤い石が光を放ち、たちまち来栖の体は赤い光に包まれた。ドラゴンSEEDもあまりの眩しさに眼をくらます。そして、来栖を包んでいた光が徐々に弱まると、光の中から現れたのは鎧のような格好に、鬼のような金の二本角が生えたルージュの姿がそこにはあった。そう、来栖は謎のバングルを嵌めたことで英雄ルージュに変身したのだ。


 ドラゴンSEEDは来栖がルージュに変身したのを見て、突如激しく吠え出した。その声はまさしくドラゴンの咆哮そのもの。来栖は一瞬それに怯むも、その直後迫り来るSEEDにどうしていいのか分からなくなっていた。ただでさえ、自分の体が異形の化物になっているのに、目の前の化物は自分のことを狙っている。しかし、そのおかけで逃げ遅れていた人が逃げられているというのもあった。来栖は先程バングルから聞こえた謎の声を思い出していた。


『力を与えよう』


 来栖はその言葉を信じると、ドラゴンSEEDに正面から向かっていく。しかし、あとちょっとのところでドラゴンSEEDは口から灼熱の炎を吐き出したのだ。予想もしていなかった遠距離攻撃に避ける術もなく、来栖はその炎を直に受けてしまった。しかし、その時の来栖は生身の人間ではなく、異形の化物ルージュだったのだ。ダメージは受けたものの、体が燃えてしまうという事は無かった。


 炎のせいで視界を塞がれた来栖。しかし、ドラゴンSEEDの攻撃はそれだけではなかった。炎が止んだかと思うと、正面からドラゴンSEEDが飛び掛ってきたのだ。来栖は咄嗟に両手でガードをするも、ドラゴンSEEDの拳はガードを破り、顔面にもろに拳をくらった来栖は、数メートル先まで吹っ飛ばされてしまった。


 来栖はすぐさま体勢を立て直すも、ドラゴンSEEDは尚も迫り来る。来栖は無我夢中でドラゴンSEEDの攻撃を躱しながらも、果敢に攻撃を仕掛けていった。そもそも、人を殴った事すらない来栖にとって、初めて見る化物との戦い方など分かるはずもなく、ほぼ一方的に殴られるばかりだった。


 もはや何十発当たったのか、来栖の体はボロボロになっていた。対照的に、ドラゴンSEEDは天を仰ぎ吠えている。来栖は遠ざかる意識の中で、再び謎の声を聞いた。


「あ奴を倒したいか。倒したければ、体を渡せ。我があ奴を倒してやろう」


 一体誰が話し掛けているのか、もはやそんな事は来栖にとってどうでも良かった。彼はただ、死にたくないという一心だった。その思いが、彼にあんなことを言わせてしまったのだ。


「ああ、渡してやるよ・・・渡してやるから・・・あいつを倒してくれ・・・」


「いいだろう───」


 すると、それまで赤かったルージュの瞳が黒に染まると、二本の角が二倍くらいに伸びた。そして、まるで獣のような体勢をとると、凄まじい速さでドラゴンSEEDに飛び掛った。そこに来栖の意思は無く、謎の声の主が来栖の体を操り、ルージュになっていた。もはや、その姿はただの化物と変わらない。ドラゴンSEEDもルージュの変化に気付いたのか、一瞬たじろぐ様子を見せた。それでも止まらぬルージュは、渾身の一撃をドラゴンSEEDの胸に撃ち込む。苦しそうに哭くドラゴンSEED。ルージュは一度距離を取ると、再び殴り掛かろうとした。しかし、来栖の体が限界を向かえたのか、その場で膝から崩れ落ちてしまった。これを機に、胸に穴を開けたドラゴンSEEDは渋谷方面に逃げて行った。




 来栖は深い意識の海の中で、もがき苦しんでいた。何故なら、海の底から何者かが足を掴み底に引き摺り込もうとしていたのだ。明るい水面とはうらはらに、闇の様な暗い海の底。来栖は本能からか、あちらに行ってはいけないと感じていた。もしあそこに行ってしまったなら、二度と自分は水面に上がれないだろう、そう感じていたのだ。


 すると突然、それまで足を掴んでいた手の力が緩むと、来栖は必死に水面を目指して泳ぎ出した。そして、水面に顔を出した瞬間、来栖の意識は自身の体に戻ったきた。




 全身に感じる酷い痛み。そして、視界の奥で走り去るドラゴンの姿をした化物。来栖は感じていた、あいつを倒せるのは自分しかいない。ここで自分があいつを逃せば、犠牲者が増えるだけだ。そう思った時には、来栖は走り出していた。その姿はランニングウェアを着ており、左手には嵌めたはずのバングルが無くなっていた。しかし、バングルを嵌めた箇所には火傷のような傷跡が残っていた。



*****



 その後、渋谷、新宿で次々と現れた灰色の化物SEEDを来栖はルージュに変身すると、次々と倒していった。しかし、その最中来栖は自分のやっていることが正しいのか分からなくなっていた。何故なら、SEEDは人間を『殻』の状態にすると、その殻に入り込み人間に『擬態』をするのだ。その姿は完全に人間で、化物ではない。しかし、そんな姿でありながら中身はあの化物。そうなると、人間が人間を襲うという地獄の様な光景に出会すこともあった。そして、そんな人間の姿をした化物も倒さなければならない。相手が化物だと、頭では分かっていても見た目は人間。来栖はそれを殴ることに躊躇いを感じていた。何故なら、人間の姿の化物を倒すということは、ほとんど殺人と変わらないのだ。


 そう、来栖はルージュという英雄になったが為に、彼は殺しを課せられてしまったのだ。灰色の化物の姿ならまだ何とかなる、しかし、人間の姿をしているのを殺すのは彼にとって苦痛でしかなった。


 渋谷で木部を助け、新宿歌舞伎町で篠崎と協力することになり、来栖は自分が戦わなければならないという運命を受け入れた。しかし、命を奪っているという事実が、彼に重くのしかかる。


「俺は、何故戦わなければならない───」


 

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