やっぱり今日もはっちゃけた

「いらっしゃいませー! 今日は何名様ですか?」

「六人。できれば座敷で」

「よろこんでー。お座敷に六名様入ります!」

『よろこんでー!』


 二週間後、しばらく顔を見なかった森川さんと荒井さんたち、いつものメンバーが顔を出した。いつもなら、遅くとも八時には店に来るのに。

 しかも、珍しいことに九時半過ぎに、いつもはいない女性が二人、混じってる。


「こんばんは、小夏ちゃん。先日はありがとう」

「どういたしまして。こちらこそありがとうございました」


 ちょうど手が空いている時で、溜まったグラスを洗っている時だった。その手を一旦止め、森川さんたちに顔を向ける。

 うーん……なんだか疲れているような……。

 それに内心首を傾げつつ、座敷があるほうに歩いて行った森川さんたちを見送る。

 森川さんの顔を見るのも、話すのも本当に久しぶりだった。忙しかったのか、メールや電話すらも来ていない。

 まあ、私からは簡単にではあるけど、メールは送ってたんだよね……ほら、そのぅ……一応恋人になったわけだし。なので、メールをしたわけだ。

 だけど、忙しかったのか、はたまた例の殺人事件のせいなのか、連絡が全くこなかったのだ。


 警察官だからしょうがないとはいえ、全く連絡がないのはどういうことかな? ちょっと腹が立つ!


 なんてことを考えながら、飛んできた追加オーダーを作っている。


「小夏、ウーロン茶をくれ」

「はーい」


 板長の言葉に全員にウーロン茶を淹れ、それをカウンターに乗せるとすぐに森川さんたちの前に来た団体のオーダーが飛んできた。オーダー票を見ながら生中を十個いれ、すぐに声を飛ばした。

 その後、森川さんたちのものらしきオーダーが飛んでくる。全員焼酎のようで、ボトルを頼んでいた。

 なので、私はグラスとコースターと氷、割り材なのかウーロン茶とレモンの輪切り、梅干をトレーに乗せ、声を張り上げる。ポットはフロアの人が持っていってくれるから、私が用意する必要はない。

 その後もちまちまとお客さんが来店してきて、すぐに満席になってしまった。一回目の満席が終わった二回目なので、この忙しさが過ぎれば、あとは十一時過ぎにお客さんが帰るまで、まったりモードだ。

 ドリンクオーダーが立て続けに飛んできて、一気に慌しくなる。返却されてきたグラス類を洗って冷やしつつ、焼酎やカクテル、ウィスキーや生ビールなどをどんどん作っていく。


 ここに入った時は、この一気にくる忙しさに慣れなくて、よくパニックになってたよなあ。その時は顔が強張ってたけど、今はそれらを見せることなく、余裕そうな顔をしてドリンク類を捌いている。

 まあ、実際の内心はヒーヒー言ってるんだけどね。

 ドリンクがある程度落ち着くと、今度は料理が忙しくなる。それを見越して、ウーロン茶を配る準備をしておく。

 一通り料理が出てしまえば、あとは追加の料理や飲み物だけだ。飲み物を作ったりパントリーに座っているお客さんと話したり、厨房やホールのみんなにウーロン茶を配ったりと、忙しなく動く。

 一通りのことを終えるとグラス類を洗い、私もウーロン茶で一息ついた。トイレに行きたくなったのでホールにいた人とちょっとだけ変わってもらう。


「お花畑に行ってきまーす」


 一声かけて、トイレへと行く。そのついでに、トイレットペーパーの補充やペーパータオルの補充、洗面所や便器の確認をして、汚れていれば綺麗にする。汚い話だけど、中には吐いたりする人もいるから、確認は大事だ。

 もちろん、ホールにいる人も確認をしているし、吐きそうな顔をしていたり吐いたりした人にはお水を渡したりもしているから、常に綺麗な状態にはなっているんだけどね。

 確認が終わり、石鹸で手を洗ってからアルコールで消毒をする。食べ物を扱っているんだから、そういった対策は大事です。

 ホールに出たついでに、トレーを持って奥にある座敷から、グラスと食器の回収をする。「手ぶらで帰ってくるな」とは店長の教えなので、きちんとやりますとも。グラスを回収すれば、その分早く冷やせるしね。

 お皿は厨房の食器返却場所に置き、グラスも返却場所に置く。ドリンクを作っている途中だったのでまたホールに出て、回収してくる。そして最後に入った座敷には、森川さんたちがいた。


「こなちゅたーん」

「うわ! 森川さん、今日も酔ってますね」

「酔ってないでちゅよ~」

「めっちゃ酔ってるじゃないですか!」


 グラスや食器を回収していたら、森川さんが抱きついてきた。もう、グラスを倒して割ったら危ないでしょうに! と内心で溜息をついていたら、女性たちに睨まれた。ああ、あれかな? 森川さんに憧れてるとか、好きだとか、そういった感情を持ってる人たちなんだろうなあ。

 他のみなさんは結婚してるって話だし、独身狙いなのかも。

 たださ……そんな目をしてる女性たちを、森川さんはすっごく冷やかな目で見てるんだけど、そのことに気づいてるのかな? お姉さんたちは。

 まあ、私には関係ないけどね!


「そうそう、紹介するな。俺の恋人の、こなちゅたんでーしゅ!」

「思いっきり噛んでるじゃないですか! つか、どさくさに紛れて、胸を揉むんじゃない!」

「え~? いいじゃない、俺のだし」

「森川さんのじゃありません! 私のです!」

「いずれは俺のものだし。なんだったら、今度の休みに……」


 俺とセックスしようか、ととても小さな声で言い、チュッ、と耳にキスを落とした森川さん。おおい、そういうのは私の同意を得てからにしようね?! 私はまだ仕事中です!


「その話は、後日ってことで! 私はまだ仕事中なんで、離してください、森川さん」

「名前で呼んでくれたら離すよ~。俺だけこなちゅたんって呼ぶのって、不公平じゃないか」

「はいはい、そうですね。鋭司さん、仕事中なんで、離してください」

「わ~、本当に名前で呼んでくれた!」


 おいおいおい、冗談だったんかーい! こっちは恥ずかしいのを我慢して名前を呼んだのに!

 ケラケラと笑う森川さんと、すっごくがっかりしたような顔をした、女性たち。だけど、何やら企んでいるような顔をしたところで、森川さんが釘を刺した。


「小夏になんかしてみろ、許さない」


 いきなり怖い顔をして、睨みつけるように女性たちを見る森川さん。かっこよくて、思わずきゅん! ってなってしまった。

 仕事中はどうか知らないけど、宴会の席でそんな森川さんを見たことがなかったんだろう……すっごく青ざめた顔をして、激しく頷いていた。


「お馬鹿な部下でごめんな、こなちゅたん」

「……もう戻ってるし! 私のときめきを返せ!」

「ときめいてくれたの? 嬉しい~!」


 完全に酔っ払ってるよ、これ。

 はあ、と小さく溜息をついたあと、もう一度離してと言うと、やっと離してくれたので、残りのグラスと食器をさっさと回収し、パントリーに戻った。戻ってすぐ、「森川さんに絡まれてたね!」と思いっきり笑われたけどね!

 その後、回収してきたグラスを洗い、冷蔵庫に入れて冷やしておく。そしてまたグラスを洗い、ふと、さっき見た森川さんの横顔を思い出す。


「かっこよかった……」


 仕事中の時の顔とも、宴会中のはっちゃけてる顔とも違う、「私を守る」という意思が感じられる、そういった顔だった。だからこそ、私はときめいたわけで。


「はっちゃけなければ、かっこいいのに……なんか残念」


 残念な部分があってもいいよね。映画に行った時のように、私にだけ見せてくれる表情もあるだろうし。


 まだまだお付き合いを始めたばかりだけど、これからもいろんな表情が見れるのかなあと思うと、なんだか楽しくなってきた。そんなことを思えるようになったのはいいことだと思う。

 もうひと頑張りすれば、退勤時間だ。よし! と気合を入れてシンクの水を取り替えながら、飛んできたオーダーのドリンクを作ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

警察官は今日も宴会ではっちゃける 饕餮 @glifindole

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ