Secret 016 静香さんの幸せ

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 静香さんからのお知らせ。


 最新のホームページは、下記のURLから見られます。

 http://uhi.sa-suke.com/


 ここからは、トップページのみ閲覧できる状態で、他は、未完成です。


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 ホームページの事情によると言う名目で、私は、派遣先を変えられてしまいました。

 つまりは、一旦無職になったのね。

 ああ、派遣の人生、バラバラなり。


 私がまた、この会社に戻って来るのかも知れない。

 できても、戻らないかも知れない。

 日々働かないといけないけれども、働き方には、本人の権利がある。

 派遣だって、バカにしないでよね!

 もしも私が帰って来る時には……。

 沢山スキルを身に付けてから、戻りたい。


 ――誰かに寄り添うよりも、自立した人になりたいと思う。


 カッコいいサインの練習が要るかな?

 え?

 日本は、判子社会ですって?

 サインは、カード決済とかで使うんじゃないの。


 室生さんと雷音さんとは、メールアドレス位聞いておけばよかった。

 あの会社で、親しくしてくださったのだもの。


 ああ、派遣の悲しさよ。

 一度きりのお付き合い。

 会社員と派遣さんは、深入りされない。

 給与や待遇の上でも。


「恋しちゃったんだけれどもな――」


 会いたくて、会えなくて。

 会いたくて、会えなくて。

 そんな日々を数える間に、次の仕事にあたらなければならない。

 どうしよう?

 盗み聞きをして首になりましたって事実は伝わっているのかな?

 ごめんなさい。

 私、悪い子でした。

 でも、たまたまだし。

 会社も不都合な情報は流さないだろう。

 社長の秘匿ですもの。


「そうだわ! 新しいお仕事、がんばってみよう」


 ◇◇◇


 私は、派遣会社から、次の話を持って来られる前に話をしに向かった。

 いつものお局様の前に立つ。


「私、今度、起業しようと思います」


 軽く頭を下げる。


「起業するの? どんな?」


「事務、パソコン関係ではありません」


 私は、そのまま面を上げる。

 自信を持たなきゃ。


「ふうん? それ以外ができると言うの? できるのなら、もっといい所を倉橋さんに紹介していたけれども」


 流石のお局様、嫌味がお上手で。


「そうなのですか。農業をしようと思いまして」


「は?」


 お局様も、農業と言う違和感にぴくりとした。


「実家がぶどう農園などの果樹に力を入れているのです。私は、そこで、ぶどう狩りのお手伝いお姉さんや袋掛け等の農作業手伝いをしようと思っています」


「えーと、倉橋さん、倉橋さん……。あら、資料に、特技が農業とあったわね。でも、また何で?」


 私は、一つため息をつく。


「だって、都会の風は冷たいもの」


「どこへ行ったって、耐えなければならないことはあるでしょう」


 お局様が資料をトントンと揃えてしまう。

 私は、本当は失恋だとは言い難かった。


「実家の果樹が好きなんですよ。都会へは、彼氏を探しに来ただけ。本当に遠くへ行きたくないのなら、地元で探します」


 何かあったのかと勘繰るような目つきで撫でられた。


「分かりました。本当に辞めていいのね?」


「はい!」


「普通は喜ばないものよ」


 ◇◇◇


 それから、数年後、私の倉橋ぶどう園に、あのマシロカンパニーが社員旅行で来たときは驚いた。

 そのとき、私はまだ独身で、ときめきを隠せなかった。

 けれども、告白もできない弱い女でして、困ったものだ。

 ほんの少しの時間のぶどう狩り。

 これが終わったら、室生さんが行ってしまう。

 観光バスに乗ったら……。


「待って!」


 バスから幾人かがこちらを向いた。

 そこに室生さんもいる。


「今度、一番美味しいスチューベンを贈ります。皆さんで召し上がってください」


 ざわついたバスの中で、あの人の声だけが聞こえた。


「サンクス!」


 それだけにどれだけのエネルギーを私は使っているのだろう?

 また、おバカしちゃったかな?

 バスが去って行く。

 方向を変えると、もう誰の姿も見えない。


「ありが……」


 感謝の気持ちで涙だらけになってしまった。

 すると、目の前が真っ暗になる。


「ありがとうは、こっちだよ。倉橋さん」


「え?」


 私は、抱き締められていた。


「何でですか?」


「会社のことは、もう大丈夫なんだよ。親愛なる人をハグしたらダメなのかい?」


 私は、「そんなことない」と呟いた。


「そうだよね。又、来るよ。今度は、お付き合いを申し込みに」


「……信じられないです」


 グリーンのハンカチで、私の涙まで拭われてしまう。


「困ったなあ、泣き虫さんは」


「か、会社のバスが待ってますよ?」


 そうだった、マシロカンパニーのお客様だった。

 今日と言う日は、再会の日でもあり、別れの日でもある。


「待たせておけばいいよ。今は、実質上の社長になったんだ。正式に仕事を引き継いだら、迎えに来る」


 凄い、流石に風格があるわ。


「おう、静香さ泣かせているのは、どこのドラ息子だ?」


「お父さん!」


 きゃああ。

 なんてタイミングでしょう!

 お父さんは、三女の私を一番可愛がってくれた。

 きっと怒るに違いないわ。


「はじめまして。室生天結です。倉橋静香さんのお父様なのですね」


「んだが? 清治きよはるだ。なした?」


「お嬢様にお付き合いを申し込みたいと」


「んだら、嫁っ子にか? まんだはえーべ。姉さんらがつかえとる」


 お父さんが、大きく手を振っている。

 ダメだー。

 こんなんじゃダメだよ。


「今後については、ゆっくりと話し合います。よろしくお願いいたします」


 室生さん、しっかり頭を下げている。

 誠意があって、いい人なんだな。

 私、急なことで驚いている。

 どうしたら、いいのかな?


「む、娘は――。静香は、犬や猫の子でなか!」


「お父さんのお話は御尤もです」


 きゃあ、大変じゃない。

 観光バスに会社の人達がいるのに。


「室生さん、お父さん、こんな所では恥ずかしいから、後にしましょう」


 私は、二人に割り入り、手で宥めるように離した。


「そうだな、それがいい。会社のこともありますので、来年のぶどう狩りに、今度は一人で来ます」


「室生さん……」


 何か、ロマンチックでいいわ。


 ――その後、沢山のメールや電話をいただいたの。

 これって、愛の証かしら?


「何か、もう、ぼうっとなってしまい。このままゴールインできるのかしら」


 ◇◇◇


 一年後。

 本当に、スチューベンが実る頃、ぶどう狩りに一人で来てくれた。

 もう、とんとん拍子とはこのことかと思う程、結婚の話へと進んだ。


「ほら、静香。お台所を手伝いなさい」


 え? 今いい所なのに。

 お母さん、策士だな。


「はい。今、行きます」


 この台所にいるとき、静かな男同士の話があったようだ。

 お父さんが、泣き崩れた。


「はい、静香。お父さんにお酒。きちんとするのよ」


 よく分からないが、酔っぱらいが眠りにつくまで更に呑み続けた。

 同じ位呑んでいた室生さんは、目をキラキラとさせて、私の耳元に近付く。


「後で、指輪を作りに行きましょう」


 プ、プロ、ポーズ?

 私は、フリーズしてしまった。

 お返事をしなければと思い、でも何と話したらいいのか分からず、こくこくと頷いた。

 室生さんが、私の頭にくしゃりと手をやる。


「なんだば?」


 お父さんの寝息交じりの声に、私だけがびくりとした。


「あのー」


「何?」


「幸せにしてくださいね……」


 私のホームページ作りは、会社のは終わった。

 これからは、家族のものを楽しいスナップと一緒に更新して行きたいな。

 ほら、もう直ぐ新居で暮らす旦那様を迎えたマーチが聞こえる。

 ここは、空気がいいねと、あなたに言われて、故郷も照れているよ。













Fin.

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派遣・静香のホムペ更新曲 いすみ 静江 @uhi_cna

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