Episode46 ~再来の悪夢~

 ──夢を見るというのは、私にとっては怖いものだった。

 前に一度、クラスメイトが夢の話をしているのを聞いたことがある。

 どうやら夢の中では、空を飛べたり、好きなものを満足するまで食べたり、はたまた最強の自分を投影したり、妄想が出てきたり……するらしい。


 だが私の夢は違った。

 いつも空を飛んでいるのは《黒い怪物》で。当たりには見渡す限り血と肉しかなくて。夢では毎回、顔が見えない誰かがただ殺されていた。男性だったり女性だったり、または両方の死体が転がる光景を見たこともあった。

 そこにいる私は、その光景をただ見ていることしかできなくて。

 夢の中の自分は弱くて、惨めで、虚しくて、悲しくて。


 夢を見てる間、そんな自暴自棄の感情だけが胸の中で渦巻いていて。

 今──目覚めてくれればどれだけ幸せだろう。こんな光景一秒でも網膜に刻みたくない。

 でも、私の夢は意地悪だ。

 誰かが殺された後も、決まって数秒間夢から覚めないのだ。

 だから否が応でも私の視界には《死の有様》が飛び込んでくる。数瞬前まで確かに生きていた人間。

 それが、今ではボロ雑巾のように投げ出され、私の下に転がっている。夢なのに、夢なはずなのに死の鮮度が明確に分かってしまう生々しい感覚は…………。




 ※ ※ ※



 彼女──ノア・エルメルはベッドから飛び起きた。


「ハァ……! ハァ……! ハァ……」


 片手を顔に当てて、深い深呼吸を繰り返す。朝起きたらまずこうして、呼吸を整えて心の平穏を保つのが彼女のルーティンだ。

 無意識に周りを見渡してみる。すると一瞬だけ、夢の中の光景が重なってノアは顔を歪ませた。

 就寝後は決まって夢の内容は詳しく覚えていない。だがさっきまで見ていたものがとてもなく不快で怖いものだとは分かる。


「また……最近多い気がする……」


 彼女とて、毎回夢を見るわけではない。むしろ大体は夢を見ない事が多い。

 怖い夢を見始めたのは四年前。つまりノアがカイと出会った日からだった。昔は頻繁に見ていた気がするが、ここ1、2年で頻度は減っていき……。

 めっきり見なくなっていたのに、最近また頻度が増えている。


「なんで……私だけ……」


 ベッドの上で膝を抱えて顔を埋める。

 ──なんで私だけ普通の夢を見れないんだろう。

 普通に寝て、幸せな夢を見て起きる。そんな他人にとって当たり前なことがノアにとって、とても羨ましく思えた。


「ダメだ……こんな気持じゃ……!」


 ──今日は待ちに待った魔術決戦トーナメントの予選がある。カイの足手まといにはなりたくないし、アンリだって訓練に付き合ってくれたのだ。

 朝はどうしても憂鬱になってしまう。ノアは身体にムチを売ってベッドから立ち上がった。



 ※ ※ ※




 グラーテ魔術学園敷地内、北東部の開けた土地。そこに屹立する大型の円形闘技場コロシアムは、先に行われる魔術披露祭の会場でもある。

 式典に向けて様々な豪奢な装飾がされた闘技場観客席に、30名の生徒が集められていた。


 彼らは各クラスから集められた総合成績10位以上の生徒たち。即ち選ばれた者な彼らの目的は唯一つ。

 今このコロシアムで行わる魔術決戦トーナメントの出場権である。


 トーナメントに出れるチームはわずか二組。つまり、30名いる中26人は予選敗退することになる。

 当然だが、とても穏やかな雰囲気ではない。皆が互いの目の敵のように一瞥し、警戒し、無言を貫く張り詰めた空気感。


 その集団の中で端に居座る位置に、カイ&ノアのペアは居た。


「遂に予選……ッ……」


 緊張と少しの恐怖で震えるノアの手を、隣にいるカイがそっと被せる。


「心配するな。俺達ならきっと勝てる」


 そう言って笑顔を浮かべて見せるが、実はカイも内心安堵していられていなかった。

 心の中に蟠る不安を拭うように、腰にかけてある長剣の柄を撫でる。

 ──それはアンリのツテを辿って特別に譲渡してもらった剣だった。

 外部保有者のカイにとって、人前で生成術など使えるはずもない。しかし剣ぐらいしか 戦い札カードがないので、こうして金属製の剣を事前に用意したのである。


 実質本気が出せない縛り状態。しかも相手は各クラスからのエリート達。こんな不利すぎる状況心配しない方が無理な話だ。

 しかし何としてもカイ達はトーナメントを優勝しなければならない。

 ──カイはあの日、アデルに言われた言葉を思い返す。


『──記憶の真実を知り得たければ空挺軍となって、中央エリアまで来るがいい。

 さすれば君達が求める真実の全てを語ろう──』


 このトーナメントを優勝すれば各々の魔術界の重鎮から認知され、空挺軍に進学できる確率がグッとあがる。

 ほぼ内定どころかその後の出世コースにも行けるかも知れない。


 それほどこのトーナメント優勝という功績は偉大であり、強力だ。故に皆がその栄光を手にしたいのである。

 頼むぜ……相棒。

 カイはつい先日相棒になったばかりの剣の柄を撫でると、今度は左後方に視線を向けた。


 そこには特徴的な紅髪をなびかせる少女の姿。その隣には別の少女が座っていた。

 カイも初めて見る顔だった。エメラルドグリーンの髪のボブヘアに藍色の瞳。肘までかかるローブを羽織っている。

 忙しなく視線を左右に動かしてソワソワする姿は、とても実力者には見えない。


 しかし見たことない顔となれば、10位以上の生徒ではない。カイは成績10位以上のほかクラスの生徒は調査済みだからだ。


 ──情報戦を考慮して目立たない生徒をペアに……?

 成績が10位以上の生徒はそれだけで目をつけられる。せめてペアだけはノーマークな生徒を……というのは懸命だろう。

 だが実力は劣ってしまう。今回のトーナメントに本気であろうアンリが、そのリスクを考えないはずはないが……。


「カイ!」


 隣から発せられた声に視線を戻す。

 ノアは闘技場中央に目を向けて、何かに指を指してた。

 闘技場のステージに現れたのは、齢40代くらいのおじさんだ。鼻髭を生やした彼はこの学園の学園長である。

 わざわざこの闘技場に現れた理由は当然──。


「えー、これより魔術披露祭の一大イベント。魔術決戦トーナメント予選を始める。それぞれ名前の呼ばれたペアは中央ステージに立つように……」


 厳かな雰囲気が闘技場を支配する中、魔術決戦トーナメント予選が今始まった。

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