Episode6 ~攻撃呪文(ソルセリー)~

 中庭に続く両開きの鉄扉を重苦しい音と共に押し開けると、清々しいそよ風がふわりとカイの頬を撫でた。


 校舎の中心をくり抜くように造設された中庭は、校舎自体が巨大な分、かなりの表面積がある。

 そのため、大体は此処で実技授業を行い、昼休憩になれば生徒達が弁当片手に集う憩いの場でもあるのだ。


 綺麗に切り揃えられた芝生に立ち尽くし、手を傘にして周囲を見渡す。

 純白たる校舎の壁が四方を囲み、日差しを反射させて煌々と輝いている様に見える。

 今は角度が良好なお陰か、いつもより中庭が幻想的に彩られていた。


「──おっと、さっさと行かないと」


 そう言いカイは柔らかい土を踏み込むと、既に生徒達が集まっている場所へ駆け足で向かった。




「よし、全員揃っているな」


 始業の鐘が聞こえてくると同時に、スィートも中庭に訪れた。

 実技授業だからか、羽織っていた焦げ茶色のローブを脱衣しており、筋肉質な身体をしているのがシャツの上からでも分かる。


「早速始めるとするか。と言っても、俺は君達の実力を直に見ているわけではないからな……」


 手元のクリップボードを眺めながら、バツが悪そうに呟くスィート。

 どうにも、記録されている数字や文書だけでは、腑に落ちないといった様子だ。

 すると、スィートはよしと呟き、


「仕方がない。ホントは早急に派生魔術の授業に入るべきなんだが、少しだけ、君達の実力を観察させてくれ。

 んじゃ、そうだな……いつも通り、体内のマナを取り出してみてくれ」


 魔術を起動する第一工程──マナの取り出し。

 やり方自体は慣れてしまえば至って簡単で、ただ意識を集中させて、己の感覚のままマナを取り出せばいい。


 しかし、この感覚というのが案外難しいのだ。

 普段腕や足を当たり前のように動かしている最中、この動作の過程ロジックをわざわざ考えたりなどしない。

 過程は感覚で済ませ、結果だけが目に見えて現れるからだ。

 ──つまり、魔術を習得する前提条件として、まずマナを取り出す行為をとして心身に刻み込めなければならない。


 大体の魔術士見習いは、此処で才能の無さを見せつけられ、挫折する。

 第一関門と言われているほど、マナの取り出しは容易ではないのだ。

 

 無論、感覚が重要となるので、個人差も大きく生じる。

 即ち──。


「お、おい。見てみろよ……」


「やっぱすげぇなアンリは、まだ三秒も経ってないぞ……半端じゃねぇ」


 ずば抜けた才能を発揮する者も居るのだ。

 学年一、いや学園一の魔術の腕を誇るであろうアンリは、誰よりも速くマナを取り出し、悠揚迫らざる様子で佇んでいた。


 その迅速たる所業に、生徒達が関心の眼差しを向ける……ただ一人を除いて。


(流石は学年主席……マナを取り出すことくらい朝飯前にもならないってか……)


 カイだけは、アンリを一切見向きもせず、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていた。

 ──いくら悔み、羨み、嫉妬しても、外部保有者アウターの自分には関係ないし、興味もない。

 それほどまでに……外部保有と内部保有には、努力しようが絶対に超えられない壁が存在するのだ。

 ……それをカイは身に染みて実感している。


「…………」


 すっ、と右腕を前に突き出し、瞼を閉じて意識を極限まで集中させる。

 ──外部保有であるカイにとって、『マナを取り出す=生成術を行使する』事になってしまう。

 つまり、通常通りにマナを取り出そうとすれば確実にバレる。


 取り出したマナを《光子》として魔術陣に吸収するのが攻撃呪文ソルセリーなどの魔術であり、マナを《粒子》として取り出し、それを紡いで武装などを形作るのが生成術だ。


 ……ならばどうするか、簡単である。

 内部保有のマナを取り出す感覚を覚えさえすれば、マナを光子に変換させて取り出すことが可能だ。

 ──もっと詳しく言おう。

 深層心理……即ちで塊として取り出しているマナを、で光子に変換させて放出する──それを、にやる。


 ……もうお分かりだろう。これが、無理難題である事に。

 何せ詳細な方法が一切無く、全ての工程を感覚──つまりで行わなければならないのだから。


 カイ自身、何とか方法が無いものかと資料を漁ったものだが──そりゃ、内部保有のマナを取り出せた所で攻撃呪文ソルセリーは使い物にならないのだ。

 個人差が大きいマナの取り出しをまともに研究し、方法を模索する事こそ、時間の無駄、馬鹿がする事である。


 ──そう考えると、俺はとんでもなく滑稽な事をしているんだろうな。

 自らを鼻で笑い、脱線した思考を軌道修正させる。

 意識しすぎては駄目だ。あくまで何となく、日常の動作の一部として限りない無意識下でマナを取り出す──ッ!


 途端、フッ──と身体の中から何かが抜ける感覚が走る。

 ……手応えありだ。


 再び瞼を開けると、身体が青白いマナ光子に包まれていた。

 マナはまるでカイの周りを妖精の様に浮遊しながら、今か今かと魔術陣に吸収されるのを待っている。


 実は、カイは既に学園に入学する前にはもう、内部保有のマナを取り出す感覚を身体に染み込んでいたのだ。

 事実学園に通う二年間、この方法で誰にもバレずに魔術の授業を切り抜いている。

 しかし、少しでも気を抜けばうっかり元の方法で取り出しそうになり、失敗しかねないので、一切の油断が命取りとなる。


 しかし所詮、外部保有者の悪あがきに過ぎない。

 マナを光子として取り出し、攻撃呪文ソルセリーを行使できたとしても、やはり内部保有オリジナル外部保有フェイクの間には、壁が存在する。


 ……カイはこの二年間、魔術に対して誰よりもたゆまぬ努力をしてきた。

 マナの取り出しを完璧に習得しようとし、術式も暗記し、性能を上げるため工夫をこらし、幾千回と鍛錬をしてきた所で……ある時、限界を感じた。

 自分にはもう上はない。遂に終着点に付いたのだと、自覚した。

 

 …………それで、並々程度。即ち、一般的な生徒と変わらないのだ。

 努力と結果の天秤がちっとも釣り合っていない、そう感じた。

 精神すり減らして鍛錬した日々も、必死に書きなぐった術式も……その努力の結晶全て、理不尽な世界のことわりによって踏みにじられた気がした。


 その頃からだろう──俺が魔術に対して一切の関心を抱かなくなったのは……。


「ふむ、大体の生徒が三秒以内には取り出せているな。流石、グラーテ魔術学園の生徒だ。優秀な者ばかりだな」


 その声によって、カイはハッと我に返った。

 教育者たるもの、優秀な生徒(例外を除く)を受け持つのは嬉しい事なのだろうか、スィートの口元が微かに緩んでいる様に見える。


 カイは思う──初対面の時に走った悪寒は、やはりただの勘違いだったんじゃないかと。

 他クラスと遅れを取らない為にさっさと授業を進めようとせず、成績上の数字だけで判断しないで、自らの目で生徒達を見ようとしている辺り、生徒思いな先生のようだ。

 ──不愛想な顔しているから、性格の方も厳格なもんだと思っていたが、案外そうでも無いのかも知れない。


「この調子なら、もう汎用魔術に入っても問題無さそうだ」


 ふと呟いた一言に、生徒達の表情が引き締まる。

 カイもゴクリと固唾を飲み込む。


 ──汎用魔術。

 魔術習得の第一関門をマナの取り出しだとするならば、この汎用魔術は正しく第二関門だといえる。


 何故なら、初等、汎用、最高位から成る魔術の位階の中でも、汎用魔術は一番術式の数が多彩であり、いわゆる呪文の改変アレンジが比較的しやすいのだ。

 尚且なおかつ、魔術性能の均衡きんこう性も良く、固有呪文オリジンも作りやすい。


 故に、魔術を極める上で最も慣れておくべき基盤であり、初等魔術とは習得の難易度が跳ね上がるため、鬼門とまで言われている。

 内部保有者だとしても、習得するにはかなりの時間と労力を要するに違いない。


 カイは初等魔術を習得するだけでも、他の生徒より少なくとも二倍の時間と労力を費やしている。

 それが鬼門とまで言われる汎用魔術となると……想定される程遠い道のりに思わず重苦しいため息が出てしまう。


 ──くよくよしていてもしょうがない。どうせいつかは習得しなくちゃいけないんだ。怪しまれない程度に習得できてさえすればそれで良い。


 気が乗らない思考に一つ喝を入れると、スィートの張り上げた声が中庭に響き渡る。


「まず、汎用魔術を行使するには、マナの取り出し方も変わってくる。

 慣れるまでは、解放リリースと呼ばれる、専用の《マナ放出術》を唱える必要がある」


 因みにだが、カイ達は既に二年時の頃には、一通り魔術の行使法を教わっている。

 だが、個人の感覚が重要となるのが魔術だ。知識を得ていても、それが実現できるかどうかは別問題なのだ。


「それに加えもう一つ。

 中等以上の魔術を行使する場合、マナを取り出す際に自身のイメージを元にマナを変化させなければならない。

 汎用魔術のマナ放出術は解放リリース──つまり、自らのマナを解放させる様なイメージとマナを取り出す感覚を繋げるんだ」


 平たく言えば、魔術起動の工程にイメージが加わったというだけなのだが、感覚でマナを取り出している術者にとって、工程が一つ加わったというのが難関だ。


「じゃあ、試しにやって見せよう。と言っても、あくまで感覚やイメージ云々の話だから、見てもしょうがないとは思うが」


 そう言いながら、スィートは生徒達に見やすい様に体ごと視線を右に向けると、スッ……と腕を水平に伸ばし、左手をそっと添える。

 おもむろに瞼を閉じ、口を開いた。


「《解放リリース──」


 起句であるマナ放出術を唱える。

 すると、全身からマナ光子が滲み出るように放出され、手のひらの上に幾何学的模様きかがくてきもようが刻まれている魔術陣が、微かに横回転しながら浮かび上がる。


 そして、次に呪文の術式を唱えた瞬間。


「──《ソルブライト・ラジエーション》」


 魔術陣が目が眩むほどの金色に煌めく。

 その絶する光はやがて、魔術陣の中心に収束されると──空気を揺るがす衝撃と共に、一筋の雷槍となってほとばしる。

 ……空間を裂く勢いで射出された閃光は、僅か一秒足らずで一角の柱まで飛来し、凄まじい轟音を響かせながら円型のクレーターを空けていた。


『…………』


 ヒュオオ……。流れる風に乗せられた柱の破片が、生徒達の前を転がりながら通過する。

 その場にいる生徒全員が絶句した。そして、ある思考が重なった。


 ──この講師やばすぎる、と──ッ!

 そう、皆予想以上の結果に呆気にとられていた。

 なんせこのスィートとかいう講師……強すぎる。


 幾ら汎用魔術、それも繊密な制度と貫通力に優れた雷性呪文スペルだとしても、相当頑丈なはずの校舎の壁に穴を開けるなど……生身の人間に放ったものなら、綺麗に風穴が空く威力だ。


「やべっ、強くしすぎたか……」


 講師としてありえない破格の実力。

 ここまで強力な攻撃呪文ソルセリーを放てる者は、この学園の講師でも他に居ないだろう。


 講師は、魔術の知識を持つ学者としての称号を与えられている身として、定期的に論文を提出しなければならないはず。

 つまり、魔術の性能を底上げする事など、講師としては全くの無意味……やる実用性がない。


 それこそ、空挺軍の魔導士でも無い限り。


「──ま、良いか。とまぁこの様にして、イメージさえ掴めさえすれば、後は術式を唱えるだけだ。簡単だろう?」


 そんな生徒達の驚愕とは裏腹に、当の本人はあっけらかんと軽口を叩いていた。

 一瞬だけ、やっちまったか……という表情を浮かべるが、スィートは仕切り直すように咳払いを挟むと、再び声を張り上げた。


「それじゃ、汎用魔術の習得を本格的に始めるぞ! まずはマナ放出術の会得からだ。気張っていけッ!」


 その声に答えるが如く、生徒達が気合のもった返事を返したのだった。

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