天邪鬼の女

 俺は中堅建設会社の営業マン。

 

 昨日も今日も、そして明日も、毎日のように現場へと行き、頭を下げ続ける。


 ほとほと嫌になった。


 そんなときに限って、あいつからメールが入る。


 あいつというのは、俺の元カノ。


 別れてから数ヶ月が経つ。


 しかし、俺に次の彼女ができないのをいい事にたびたびメールをして来ては、ヨリを戻そうといろいろ仕掛けて来る。


 そもそも、あいつが別れ話を切り出したのだ。それなのに、今度は自分から接近して来る。


 意味がわからない。


 確かに付き合い始めたのは、俺からの告白だったが、途中からあいつの自己中についていけなくなり、俺が何度も別れ話を切り出し、それにあいつが応じなくて、ほとほと疲れ果てていたのだ。


 俺は自然消滅を狙い、あいつの連絡を無視し、こちらからは一切連絡しなかった。


 すると数日後、あいつの方から、


「別れましょう」


と言い出した。その時の俺はそれでホッとしてしまい、あいつの考えを見抜けていなかったのだ。


 あいつは、俺の主張にとことん逆らう女だったのだ。


 告白した時も、最初は振られた。


 俺はあっさり諦め、あいつの事を忘れていたのだ。


 数週間後、あいつから呼び出された。


「付き合ってあげてもいいわよ」


 そんな高飛車な言い方だったと思う。


 それでも俺は、付き合える喜びが勝り、あまり深く考えなかった。


 別れて数ヶ月経ってから、ようやく俺はあいつの性格に気づいた。


 この女と完全に別れるには、俺が「付き合いを続けよう」と言い出せばいいのだ。


 するとあいつは俺に逆らいたくなるから、「別れましょう」と返してくるはず。


 俺はメールを返信した。


「付き合いを続けたい。俺が悪かった。土下座でも何でもするから、別れないでくれ」


 あいつからのメールはすぐには来なかった。


 さすがに困っているのだろう。ざまあ見ろ。


 これで奇麗さっぱり別れられるぞ。


 その日はとうとう返信はなかった。


 まあいい。別に返信がなくても困らない。


 俺は携帯をしまい、現場に向かった。




「え?」


 建設工事現場の入口に、あいつは立っていた。


「何でここに?」


 俺は訳が変わらなくなり、尋ねた。するとあいつはニコッとして、


「もう、ホントに貴方って人は」


 妙に機嫌がいい。どういう事だ? 


「付き合いたいなら、初めからそう言えばいいのに」


「は?」


 何言ってるんだ、この女は? お前は俺の言葉に逆らう女じゃなかったのか?


「本当に貴方って、天邪鬼あまのじゃくなんだから」


 実に嬉しそうに言う彼女を見て、俺は思った。


 こいつは、究極の「天邪鬼」なのだと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る