再就職の女

 律子はリストラされた。


 仕事ができなかった訳ではなかった。大きなミスをした訳でもない。


 リストラ対象になり、尚且つ実際に退職に追い込まれたのは、あいつのせい。


 御前崎おまえさき爾司禰にしね。傲慢極まりない上司である。


 彼は、律子が入社した当時、係長だった。


「私の愛人になれば、月に十万円あげるよ」


 入社三日目にそう言われた。震えた。気持ち悪くて。


 御前崎は確かにイケメンの部類に入る男だが、恐ろしいほどのナルシストで、女子社員全員から嫌われていた。


 他の女子社員は、御前崎の誘いを受け流したが、律子にはそれができなかった。


「嫌です。セクハラですよ、係長!」


 彼女は怒りをストレートにぶつけてしまった。


「ハハハ、冗談だよ」


 そう言って御前崎は笑ったが、目は笑っていなかった。




 そして数ヵ月後。


 御前崎が係長から課長に昇進したのは、課長の急死があったからだ。


 一部の噂では、


「御前崎が呪い殺した」


などと言われていた。律子もそうなのではないかと思った。


 何しろ、奴の名は、


「おまえさきにしね」


と読むのだから。


「御前崎に逆らうと殺される」


 噂はレベルアップし、一人歩きした。



「御前崎は丑の刻参りをしている」


「御前崎は霊能力がある」


「御前崎はスプーンを触らずに曲げられる」


「律子は御前崎の愛人だ」


 御前崎に関する噂はどうでも良かったが、自分が愛人と思われているのは許せなかった。


 何故律子が愛人だと噂されたのか?


 他の者が御前崎に意見すると、何かしら嫌がらせをされた。


 ある者は書類を切り刻まれた。


 ある者はロッカーの中の私服を水浸しにされた。


 そしてある者は、机を施錠され、鍵を隠された。


 しかし、律子は何を言っても何もされなかった。


 そのため、疑惑が起こるのに時間はかからなかった。


「どうして?」


「何で?」


「何故あの子だけ、何もされないの?」


 律子はたちまち孤立した。


 すると待っていたかのように御前崎の嫌がらせが始まった。


 誰も助けてくれない。


 誰も律子を見ていない。


 課で問題が起こると、全部律子のせいにされた。


 課全体が、御前崎に操られているようだった。


 会社がリストラを考えていると囁かれるようになった時、


「あの子に辞めてもらえばいいんじゃない?」


と陰口を叩かれた。


 律子は、もうどうでもよくなってしまった。


 これ以上、こんな会社にいても意味がない。


 律子は程なく、リストラ対象社員となった。


 身に覚えのない仕事のミスをあげつらわれ、自主退職を勧告された。


 首にすると面倒な事があるからだ。


 しかし、その通知は、御前崎のところで止められていた。


 彼は律子にその通知を渡していなかったのだ。


 当然、人事部からは何故律子が辞めようとしないのか、御前崎に問い合わせがあった。


「私は早く提出するように言っているのですがね。出してくれないのですよ」


 御前崎は人事部に嘘の報告をした。


 人事部は、律子を呼びつけ、問い質した。


 律子は何も知らされていなかったので、驚愕した。


 次に人事部は律子と御前崎を呼び、事情聴取をした。


「彼女は何も知らされていないと言っているが、本当かね?」


 人事部長が御前崎に尋ねる。御前崎は目を見開いて、


「まさか。私は彼女に通知を渡しましたよ」


 律子はまたはめられたと直感した。そして、


「申し訳ありませんでした。私が嘘を吐いていました。辞めます」


 律子は常に持ち歩いていた退職届を人事部長に提出した。


 律子のこの行動は、御前崎には予想外だったらしい。


 彼はキョトンとして、退室する律子を見ていた。


 律子はそのまま課に戻って荷物をまとめ、


「お世話になりました」


と一言だけ言うと、会社を出た。




「なるほど。事情はよくわかりました。それで、私のところに就職したいと?」


 男は履歴書と律子を交互に見て言った。


 写真より、実物の方が可愛いな、などと思っている事は口にできない。


「はい。是非、お願いします」


「しかし、その若さでウチに来ようとするのは、どうかと思いますがねえ」


 男は残念そうに肩を竦めてみせる。律子は毅然として、


「広告には、年齢は問わないと書かれていたはずです」


「まあ、そうなんですが。そもそもウチの広告は、貴女のような若い方には見えないはずなんですよ」


 男は履歴書を机の上に置いた。そして律子を見る。


「またこれから、忙しくなりそうな地域があります。出張続きですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫です」


「よろしい。早速今日から働いてもらいましょう」


 律子は深々と頭を下げた。


「よろしくお願いします」


「では、他の者に紹介しますので、こちらへ」


 男は背後にあるドアに向かい、開く。


「はい」


 律子は男に続いて入り、後ろ手に閉じた。


 ドアには、


「死神課」


というプレートが付いていた。

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