新幹線の女

 私はある企業の営業担当。


 今、新幹線に乗っている。


 今日は、京都市にある桂産業に新規の契約のため、出張だ。


 上司の沢木部長は女性ながら凄腕で、簡単に契約してくれない桂産業の女社長を口説き落とした。


 そして、私がその最終段階を任されたのだ。


 直接の交渉相手である小宮山部長は大の酒好きなので、私の地元の地酒を土産に持って来た。


 契約が完了したら、祝杯を上げるつもりだ。


 新横浜に停車し、何人か同じ車両に人が入って来た。


「隣り、よろしいですか?」


 私は鞄を置いていた横の席に乗客が来たので、慌てて、


「す、すみません」


と足元にどけた。


「ありがとうございます」


 横に座ったのは、どこかで見た事がある気がするような、奇麗な女性だった。


 年の頃は二十代後半。指輪をしていないが、既婚者か未婚者かはわからない。


 おっと、いかん。


 私は、若い女性を見ると、いろいろと推測してしまう悪い癖がある。


 かと言って、決して下心がある訳ではない。


 もうそれほど若くから。


「?」


 その女性は後ろの人に会釈して座席を倒すと、眠り始めた。


 私はそんな彼女の寝顔を見て、


(随分無防備な人だな)


と思い、読みかけていた小説に目を移した。




 熱海を過ぎた頃だった。


「うん?」


 私は、腿に何かが触れたのを感じ、本を閉じた。


「!」


 何と、隣の女性の右手が、私の腿の上に乗っていたのだ。


 彼女はまだ眠ったままだ。顔も近い。


 何故か全体的に私に近づいている。


 寝息が微かに私の顔にかかる。


 香水の匂いなのか、芳しい香りが漂ってくる。


 鼓動が早まった。


 身動きが取れない。


 そんな状態が、名古屋まで続いた。


 彼女は全く起きる様子がない。


 京都までこのままで行こうと思ったが、それは難しくなった。


 尿意。どうしようもなく、トイレに行きたくなった。


 とても京都まで我慢できる押し寄せ方ではない。


 脂汗が出て来る。


 ダメだ。限界だ。


 私は意を決して、彼女の手をどけた。それでも彼女は起きない。


 私はホッとして座席を立ち、トイレに行った。


「ふーっ」


 まさしくホッとした。一服したいところだが、京都に着いてからにしよう。


 私は座席に戻った。


「お?」


 彼女がいない。トイレか?


 いや、そんなはずはない。次の岐阜で降りるので席を立ったのか?


 そんな事を思いながら、席に戻った。


 彼女が座っていた席は、元に戻っていた。


「降りるのか?」


 深く考えず、自分の席に座る。

 

 それでも少し気になったので、


「ここにいた女性は、どこにいったかご存じないですか?」


 通路の反対側の人に尋ねた。するとその人は、


「ええ? その席、ずっと空席でしたよ」


「そ、そんな……」


「夢でも見たんでしょう、きっと」


 その人は微笑んでそう言った。


 私は京都に着くまでずっと震えが止まらなかった。




 彼女は何者だったのだ?

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