ピザの女

 俺の名は鶯谷うぐいすだにゆたか。全然豊かじゃないフリーターだ。


 今日も派遣の仕事に行くわけだったが、気が乗らないのでやめた。


 「ねらー」に死ねとか言われそうだ。


 確かに俺みたいな人間は、死んで畑の肥料になる方がいいのかも知れない。


 しかし、死にたくはない。まだやりたい事がたくさんあるから。


 そして、家賃を滞納していつ追い出されても仕方がないオンボロアパートの一室でウダウダしていた。


「?」


 不意に誰かが外階段を駆け上がって来る音が聞こえた。


 このアパート、二階は俺しか入居してない。


 ヤバ、大家か? 今日はやけに早いな。


 そうか、いつもの時間だと、俺が出かけている事を学習しやがったな。


 居留守を使うにしても、合鍵持ってるから無駄だしな。


 ノック? 大家はそんな律儀な事はしないぞ。


 誰だ? 取りあえずドアを開いた。


「お待たせいたしました、ピザオットです」


 そこには、聞いた事がないピザ屋の名前を言い、ニコニコして立っている若い女の子がいた。


 パッと見、「しょこたん」に似てる気がする。


 制服が微妙に派手で、ピエロみたいだ。その上、帽子のサイズが合っていないのか目のすぐ上まで顔が隠れている。


「いや、俺、ピザ頼んでないし」


「照り焼きチキンピザとピリ辛ソーセージピザのハーフ&ハーフで宜しかったですか?」


 全然話を聞いてくれていない。何だ、この子? 頭がおかしいのだろうか?


「だから、俺、ピザ頼んでねえし!」


 俺はイラついたので声を荒げた。


「こちらに受け取りのサインお願いします」


「いや、だから……」


 その子は俺の手を握ってペンを渡した。俺はその仕草にドキッとしてしまい、ついサインした。


「ありがとうございました!」


 その子は俺にピザを渡すと、帽子を取って深々とお辞儀をし、代金を受け取らずに行ってしまった。


「???」


 俺はしばらく唖然としていたが、ハッと我に返り、


「おい、金は?」


と彼女を追いかけたが、すでにバイクで走り去ってしまった後だった。


「全く」


 彼女が怒られるのは可哀相だと思ったが、電話も携帯も止められていて、連絡ができない。


「ま、いいか」


 あの子には悪いが、そもそも間違えたのは向こうなのだから、仕方ないだろう。


 俺はそう思い、ピザの入った箱を抱え、部屋に戻った。


「さてと。久しぶりだな、ピザなんてさ」


 舌なめずりして箱を開けた俺は、呆然とした。


 中に入っていたのは、食べかけのピザだった。それもほとんど残っていない奴……。


 あの子は一体何者なのだろう?


 急に怖くなった。

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