新・カーナビの女

 私はタクシー運転手の池袋貞男。あだ名は「ダサお」だ。


 まだ三十代なのに五十代に見られてしまう。ある部分のせいで。


 そのため、若い女性のお客さんには「お父さんみたい」と言われてしまうのだ。


 非常に悲しい。


 この不景気の影響で、都内を走っていてもほとんどお客がいない。


 仕事辞めて、田舎で家業を継ごうかな、とも思うが、父は厳格で、そんな理由で戻れば、追い返されてしまう。


 どうしたものかと思いながら、今日も車を停めて、木陰で休憩していた。


「すみません」


 女性の声がした。ハッとして飛び起きる。


「何でしょう?」


 声がした方を見ると、助手席の窓から私を見ている若い女性がいた。


 うん? 誰かに似ているぞ。お天気お姉さんだったか?


「斎場に行きたいので、乗せて下さい」


「あ、はい」


 私は慌ててドアを開いた。


 乗り込んで来た姿を見ると、礼服のようで、黒尽くめだ。


「斎場ですか?」


 私は確認の意味で尋ねた。


「はい」


 は? 何だ、急に口調が変わったぞ。何だ、この子?


「この先、二百、メートルを、左折、です」


 ??? 何だ? 機械のような喋り方だ。怖いな、ちょっと。


 しかし、確かにそのルートで斎場だ。道に詳しいのかな、この子?


「左折します」


 私はハンドルを切りながら言った。


「この先、五十、メートルを、右折、です。車線を、変更、して、下さい」


「は、はい」


 可愛い子だから、余計同情してしまうのは、私に下心があるからだろうか?


 この子は斎場ではなく、病院に行った方がいいと思う。


「この先、百、メートルを、左折、です」


「はい」


 そんなやり取りをしているうちに、タクシーは斎場の前に着いた。


「えーと、料金が二千六十円です」


 私は彼女を見て言った。すると彼女は、


「料金を、お支払い、致します」


と言い、私に顔を近づけて来た。な、何?


 次の瞬間、私は気を失いそうになった。


 彼女の唇が、私の唇に触れたのだ。


 それだけではなかった。舌が入って来た。


 生まれて初めてのディープキスだ。


 それも、こんな不思議な子と。


「料金を、お支払い、致しました」


「……」


 相変わらずの機械口調で言うと、彼女は開いたドアから出て行った。


「何?」


 私は呆然としていたが、ふと彼女を見ると、またタクシーを拾っていた。


 あいつも「犠牲者」か? それとも「得する奴」なのか?


 その答えは、しばらく出せなかった。

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