50 密談6 震災後2年の10月31日

 レイナのセンターボックスにはi4が再集合していた。4人の隣には埼玉スーパーアリーナで同伴していたキャストの4人が、同伴指名として座っていた。TGBC帰りの4人は、モデルとして出場したわけでもないのに今夜のスターだった。伊達男のジョーカーは、今日の記念にと4人お揃いのミキモトパールのネックレスをプレゼントした。それがこれみよがしに4人の色とりどりのレースブラの谷間に輝いていた。どの子も美人だし成功するだろう。しかし、SHIORIとは比べるべくもなく、ジョーカーはとっくに4人の名前を忘れていた。

 「今夜はハロウィーン、震災2周年、そしてTGBCの打ち上げだが、期せずしてi4にとって目標2000億達成のお祝いともなったな」

 「最後はテクノがホームランを打ってくれた」

 「リミックスブロックス・インターナショナルの4人の株式持分を、フランスのヴァイオシフォン社に800億円で譲渡したよ」

 「キャッシュで800億か」

 「まさか。ヴァイオと株式交換(会社法767条)したよ。ヴァイオ株の時価総額に20%のマークダウンを見て800億なんで、実質は1000億のキャピタルゲインだ」

 「なるほど、それなら税金もかからない」

 「これでちょうど2000億円だ」

 「テクノ、今日のサーバーをやってくれ」

 「そりゃあもう、あれしかないだろう」

 テクノが選んだのは言わずと知れたロマネ・コンティ。ロゴだけのエチケットが渋すぎるが、2000億円達成の記念は、やはりこれしかなかった。すでにボトルは用意され、半日前から澱を沈めてあった。ジョーカーが自らデキャンタリング役を買って出ていた。澱が多すぎてボトルからグラスへは直接注げないのだ。赤みがかった琥珀色に輝くシャトーバカラから100メートル離れてもわかるような芳香が溢れ出した。


〈i4の推定現在高〉

 ジョーカー 700億円

 テクノ 500億円

 マスター 400億

 スペシャル 400億円

 合計 2000億円(税込)


〈i4の手口のまとめ〉

 アスベスト系廃棄物リサイクル会社『リミックスブロックス・インターナショナル』株式交換益800億円(4人に均等配分)


 「さて、今日のブレストのテーマは、2000億をどう使うかだな」

 「これは2000億をどう作るかより難しい」

 「2000億を10倍に増やすより難題だよ」

 「辻仲のメガメトロポリスをつぶしてしまってよかったのかな。もしかして、あれはそれなりに国家百年の計だったかも」

 「首都がどこにあるかなんて、もはやあんまり重要じゃない。東京だろうと、名古屋だろうと、大阪だろうと、那須だろうと、どうでもいい」

 「中央でなく地方と言いたいのか」

 「むしろ、あまりにも自治体はふがいないじゃないか」

 「中央官僚としてのステレオタイプな自治体の見方は捨てた方がいいぞ」

 「震災復興にせよ、遷都にせよ、俺は思ったよ。国が金を握ってるかぎり、100兆あろうと200兆あろうと、何も変えられん。利権をばらまくだけだからな」

 「MOF(財務省)が金を握ってるかぎりじゃないのか」

 「あいつらの金庫はとっくに空っぽだわ。泥棒(GS)に内通したのが誰かは知ってんだろう」

 「いっそ金も人もない自治体に可能性があるってことか」

 「この際2000億円で村おこしをやるか」

 「ばらまいたらだめだ。ふるさと創生事業(自ら考え自ら行う地域づくり事業1988~1989)3000億円はどうなった」

 「たかだか3000億円だが、日本政府をチープガバメントにするきっかけになった愚策だったな。あれ以来、人気取りのキャッチ政策ばっかだ」

 「宝くじを買った自治体があったっけか」どこの自治体か未確認で都市伝説と言われる。

 「金塊を買って盗まれた自治体もあったな」金塊を展示したのは兵庫県津名市(現淡路市)だが、レンタルであり、盗まれてはいない。盗まれたのは坂本龍馬記念館(高知市)に展示された純金カツオだ。ほかにも純金のこけし、しゃちほこ、鯛、土偶などを作った自治体があった。1億円で金塊を購入したと仮定すると、1989年には63キログラムである。1998年の安値時には5450万円に値下がりするが、2015年10月の高値時には3億1千万円に値上がりしていることになり、この時に売ったとすれば26年間の平均利回りは4・5%(1年複利)となる。

 「泣きっ面に蜂だったな」

 「放蕩息子に金をくれてはいかんか」

 「国は放蕩息子の自治体に法外なおこずかいをくれる成金パパか。要するにバカ親子だな」

 「そういう皮肉は適切じゃない。それに放蕩息子も1500人も居れば、1人当たりじゃ貧乏だ」

 「金を使わせるんじゃなく、作らせるってのはどうよ。1500ある自治体が1億ずつ作ったら1500億、10億なら1兆5千億じゃないか。天才がいなくったって1億くらい作れるだろう。1年に1億作れるなら10年で10億作れる」

 「日本株式会社改め自治体株式会社か。確かに面白い。もしかして、TVドラマ(臨界集落株式会社、NHK)にそんなのあった気もしないではないが」

 「日本株式会社は明々白々な独禁法(3条)違反だったが、自治体株式会社ならコートリ(内閣府設置法64条公正取引委員会)も文句はなさそうだ」

 「いっそ自治体の買収、合併、分割を会社法でできるようにしたらどうだ」

 「脱線はそこそこにして、本題の2000億はどうするんだよ」

 「国税がうざいから一般財団にでもしとこか。ふるさと創生財団とかね」

 「おいおい、縁起でもない名前はよしてくれ」

 「ベタすぎるけど、いかにも自由民衆党好みで悪くないじゃないか」

 「まあ名前はともかく、2000億あればそれなりに見栄えのする財団にはなんだろう」

 「金を積んどくだけでフロンティア精神と言えるかな」

 「使っちまわないと、また国税にお目玉くらうぞ」

 「1500自治体って市町村だろう。都道府県は数に入れてやらないの」

 「ああ、あれは道州にしたほうがいいよ。県てのは藩をリミックスしたもので、歴史的に中途半端だし、経済連関分析的にも30%の完結性しかないし」

 「道州制は先送りしよう。連邦制じゃないと意味がない」

 「一般社団から一般財団へ資金を移動するとして、基金の目標額は」

 「2000億をいくらに増やすかってことか。とりあえず1兆円にしておくか」

 「我らにしては地道な目標だな」

 「いや、リブートだ。0円から始めよう。2000億は財団に移したら捨てる。欲しいやつにくれてやれ。我らみたいに呑んだくれのワイン党じゃなく、抜きもの(ワイン、シャンペン)が嫌いで、飲み方がしみったれてるウィスキー党にな」

 「マスター、いいね。そうこなくっちゃな」

 「一粒の麦もし死なずばてやつだな。2000億なんて一粒の麦だな」

 「自治体ヴェンチャーをやるなら、1人1村、担当する自治体を決めようか。人口は1万人以下、一般会計予算50億円以下、僻地だが、自然に恵まれ、人情豊かなふるさとがいいな。高齢化率は50%以上か」

 「そんなの五万とあるぜ」

 「ならなおさら好都合だ。五万とやってやろうぜ」

 「一文無しの我らを歓迎してくれる村があればな」

 「MOFなんかいらないな。もうほんとあいつらにはうんざりだ。ニッポン・ホールディングスの社主のつもりか知らないが、前の震災の後、何をやったっていうんだよ。今度の震災で、何をやってるっていうんだよ」

 「霞が関も全部いらない」

 「東京もいらない」

 「じゃあ、レイナともおさらばだな」

 「ワインはどうする」

 「作ればいい」

 「なるほど、それも一興なりだ」

 「だったら次の乾杯は五一わいんに決まりだ。わが長野県のふるさとワインの傑作だからな。実は密かに自宅では常にこれだ」

 「なんだテクノ、ロマネの次に五一か、貧乏くさいがそれもまたいいな」

 「五一のヴィンテージは何年だ」

 「さあね、しかし、バブル絶頂期(1989)のピノ・ノワールがあったと思う。それを飲もうか、20世紀少年(浦沢直樹、小学館ビッグコミックスピリッツ)たちよ」

 「自惚れ多き時代だった。世界を支配できるつもりでいたが、国破れて今や目標を村に格下げか」

 「村も国も世界も天下は同じ」

 「村が1000集まれば天下を取れるさ」

 「i4一揆か」

 「そう、それだ、俺がやりたかったのは革命でも、維新でもない、一揆だよ。俺は百姓になるぞ」

 「スペシャルが百姓とは、まさに原点回帰」

 「i4はイッキ・フォーか。呑んだくれにはイッキっていい響きだ」

 「見えたな」

 「さよなら傲慢な東京」

 「さよなら役立たずの霞が関」

 「さよなら愛しのレイナ、本日をもって閉店。ワインコレクションはフードバンクにくれてやろう。言っとくけど俺、オーナーだぜ」

 「さよならロマネ・コンティ、これで飲み納めとしよう」仮面をつけた4人の目がこれほどチャーミングに輝いて見えたことはかつてなかった。

 4人は飲み干したばかりのシャトーバカラにお別れのキスをすると、軍師たちが決死を期して出陣するとき杯を割るように、レイナの高い天井へとグラスを投げ上げた。直後、クリスタルガラスが砕け飛ぶ複雑な音色が、フロア中に響き渡った。何事かと居合わせた全員がセンターボックスの方に注目したが、虹色の貨幣のようなディスカスが群れ泳ぐ巨大な熱帯魚水槽が邪魔で何も見えなかった。


〈i4の推定最終高〉

 0円


(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謀災 石渡正佳 @i-method

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ