45 i4の反撃

 TBC(トーキョー・ブロードキャスティング・カンパニー)のPM5時からの特番スクープで、『特集・蔓延するアスベスト汚染の恐怖』が生放送されていた。ニュース番組が生なのは、飛び込みの最新ニュースを流すためだが、ビデオでもよさそうな特集まで生にこだわるのは珍しく、上層部や外部の検閲や介入を許さず、言いたいことを言ってしまい、後の祭に持ち込むという現場ジャーナリズムの心意気が感じられた。スタジオには、この問題の第一人者として、すでにNKHのズームアップ現代(この名物的長寿番組も生放送にこだわっていて、たびたび与野党から後の祭的クレームを受け、その都度番組廃止の危機を切り抜けてきた)の名古屋局版にも生出演して物議をかもした元奈良県庁職員で環境アナリストの藤永敏夫がコメンテーターとして招かれていた。

 「アスベスト(アモサイト、クロシドライト、クリソタイル、トレモライト、アンソフィライト、アクチノライト)は、製造・使用が禁止されるまでの約30年間、毎年30万トン、通算では1000万トン輸入されました(独立行政法人環境再生保全機構調べ)。建材中に平均10%含まれるとすれば、1億トンのアスベスト建材が全国各地に潜在的に賦存しています。さらにアスベスト同様の有害性がある繊維状物質はほかにもいろいろあります。アスベスト含有建材が使用された建物を30年で解体処分するとすれば、年間300万トン排出されることになります。ところが統計で把握されている排出量は3万トン(環境省調べ)、つまり100倍違うのです」

 「残り99%は不法投棄ですか」番組のメーンキャスター、元ミス日本でワシントン・ビジネス・スクールMBA(経営学修士)の佐々野朋子が相槌を入れた。

 「法律上、非飛散性のアスベスト建材は、破砕せずにそのまま埋立処分するか、溶融処分されることになっています。しかし、処分場が足りませんし、高価ですから、大半が他のガレキ類とともに破砕され、再生骨材として出荷されています」

 「アスベストが含有されたまま再生されて売られているということですか」

 「有害性はそのままの偽装再生です。それを売るのですから、不法投棄よりも悪質です」

 「それが年間300万トンですか。かつての不法投棄問題は年間40万トン(2000年前後のピーク時)でしたよね」

 「10倍に希釈処分されているとすれば、3千万トンに増えてしまいます。しかも不法投棄として問題視されてすらいない。政府ぐるみで隠蔽されているんです。前回の震災復興特需の時も、第2回東京五輪建設ブームの時も、インバインド不動産投資バブルの時もそうでした」

 「先生は、今回の震災で発生した2億5千万トンのガレキにもアスベスト建材が含有されていると指摘されていますね」

 「そうです。100万トンはあると思います。アスベスト換算で10万トンです」

 「それはどうなっているのですか」

 「たとえば名古屋の万博会場予定地、ひいては新霞が関予定地にも再生骨材として使われる予定です。実は大阪万博会場、現在の鶴見緑地ですが、ここも不法投棄同然の廃棄物で造成されたのですよ。前回の名古屋博会場にはフェロシルト(偽装再生材)が使われました。古くは横浜の山下公園も関東大震災のガレキで造成されました。ただし当時はアスベストはなかったですからね。アスベストが問題なのは1990年代以降の震災ガレキですよ」

 「埋めれば大丈夫なのですか」

 「埋めてしまえばとりあえず安全ですが、地下街や建物の基礎工事のためにまた掘り出されることになるでしょうね」

 「万博会場と新霞が関の用地がアスベスト汚染ですか。恐ろしいことですね。何か対策はないのですか」

 「第1に実態を正確に把握すること、第2に情報公開すること、第3に適正な処理方法を普及することです」

 「処理方法はあるのですか」

 「一番安価なのは埋立処分ですが、無害化するわけではありません。あとは溶融ですが、高温溶融は全国に表面溶融炉が2基あるだけで処理能力が足らず、処理費も高価です。低温溶融はさまざまな方法があり、実験室ではうまくいくのですが、大規模な実用プラントでは安定性が証明されていません」

 「八方塞がりということですか」

 「リミックスブロックという新技術があります。アスベスト系建材をリサイクルレンガにするものです。安価に製造でき、また単なる固化とは違ってアスベスト自体が無害化されます。しかも通常のレンガの10倍の強度があり、耐火性、耐摩耗性にも優れています」

 「夢の再生技術ですね。それはどこで作っているのですか」

 「渥美半島の田原市に国内唯一の量産工場があります。ここだけでアスベスト建材100万トンの処理能力があります。溶融炉とは違って、施設の増設が容易ですから、アスベスト汚染の拡散を防止できるでしょう」

 放送中から、リミックスブロックス・インターナショナルへの問い合わせ電話とメールが殺到しはじめ、SNSでも話題が沸騰し、翌日から同社の店頭公開株が気配値のまま連日のストップ高となった。1か月後には額面の100倍に急騰し、i4の4人の出資金4千万円は時価40億円になった。

 アスベスト汚染問題の告発を機に、f1(辻仲)へのi4のリベンジが始まった。万博メーン会場コンペ談合疑惑、万博ロゴやらせ疑惑などが次々と明るみに出て、ついには中京遷都論の最右翼、寄居孝昌名古屋市長が選挙資金1億円をアスベスト処分に絡む三重県の産廃業者から借りたとの疑惑が浮上し、辞任会見に追い込まれた。一連の万博疑獄の黒幕と目される元首相舘豊逮捕Xデーの怪情報まで流れた。舘は激怒し、「名古屋遷都なんて俺はもともと反対、万博も東京でやればいい」という爆弾発言で渦中の人となった。

 名古屋市長選挙が行われ、新市長となった韮崎佐は、就任会見で万博計画の縮小と会場の内陸分散、中京遷都期成同盟からの離脱を表明した。万博会場予定地の造成にアスベスト防除処理がされていない震災ガレキ再生材を使うことを、中京復興公社理事の辻仲が容認したことを裏付けるメールが暴露され、とうとう辻仲自身も無傷では済まなくなった。バンリ・センチュリーファンドは解約者が相継いで時価総額、基準価額ともに暴落、辻仲は一転破産の危機に直面した。それでもなお「万博会場予定地のアスベスト汚染は捏造、環境派のやらせだ。遷都をつぶすため、誰かがポロニウムを撒いたとも聞いた。中京都メガメトロポリスこそ、日本再生のラストチャンスだ」と疑惑を否定し、遷都の実現になお意欲を示した。それがかえって潔く罪を認めたi4と対比され、彼の信用をさらに落とす結果になった。しかし、これはガセではなかった。アスベスト汚染渦が不発に終われば、第二弾としてポロニウム汚染渦も確かに計画されていたのだ。

 とどめを刺すように、バンリ・センチュリーファンドに架空利益5000億円の計上という巨額不正経理が発覚し、有限責任監査法人トーマスの告発を受けて、辻仲本人が特別背任罪(会社法960条)で逮捕されるという事態になった。トーマスも無傷では済まず、公認会計士・監査審査会(公認会計士法35条2項)の立ち入り検査を受け、同会の処分勧告(同法41条の2)に基づき、内閣総理大臣から改善命令(同法34条の21第2項2号)を受けた。i4とf1の勝負は決まった。i4の後出しジャンケンの勝ちだった。天下のミスターMOFとして毀誉褒貶を一身に集めた辻仲へのバッシングは、逮捕後もとどまるところを知らず、獄中からの「Sに嵌められた」というつぶやきが、1千万回リツイットされ、Sは誰かという憶測が飛び交った。中京復興公社の後任理事にはテクノが就任した。辻仲をつぶせとメディアに指令したのは、もちろん情報通信業界の妖怪、ジョーカーの外叔父の三宮重正だった。日本の支配層は、時代の寵児たる辻仲を切って老獪の三宮に従ったのだ。我が国の未来は、国家百年の計を立てうる天下無双の革命家を失ってしまった。

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