6 仮埋葬場

 海岸からやや内陸にある掛川は、津波の被害を受けず、地震によるインフラ被害もたちまち復旧し、全国から集まってくる消防隊、ライフライン関連会社(電気、ガス、上下水道、電話など)や民間ボランティアなどで、震災前よりも活気にあふれていた。とりあえず大宮に戻ろうかとも思っていたが、案外掛川でも仕事がありそうな気がして、柊山はパチンコ店に入った。高校中退のチンピラがやりそうな仕事は一通りこなしてきたので、楽で給料もまあまあなのがパチンコ店、面白いが給料は安いのが風俗店の黒服、一攫千金ならホストだとわかっていた。市内のパチンコ店ラッキー&ハッピーは、平日昼間だというのに満席の盛況だった。こんな大災害のおり、遊んでいていいのかと思ったけれども、そうではなかった。仕事もなく、家もなく、食事は避難所で支給され、義捐金や休業給付金をもらえる被災者には、パチンコで暇をつぶすくらいしかやることがなかったのだ。

 店員募集の張り紙を見て店長の面接を希望したものの、女子しか採らないとあっさり断られた。最近のパチンコ店はアイドルユニットまがいのタータンチェックの制服を着た女子の職場だというのを忘れていた。しかし同朋の臭いがしたのか、仕事を探しているなら紹介してやると店長の栗田充に言われた。

 「選ばないなら仕事はいくらでもあるよ」

 「なんでもやります」

 「じゃあ、堤の世話になんなよ。俺の舎弟なんだ」

 「ヤクザすか」

 「そうはっきり言うなよ。やならやめるか」

 「やります」

 「だよな。給料出たらうちで遊びなよ。いい台おせえてやっから」

 パチンコ店の前で待っていると、地回りのヤクザ堤健組の親分、堤健二が自ら柊山を迎えにきた。背が低く首も短い坊主頭の男だった。

 「おみゃあが花崎か。ガタイはいいけど、きったねえな。ホームレスよかひでえぞ。何ができんだ」

 「なんでも」

 「いま欲しいのはガレキの運転手、仮置場の重機オペ、あと仮埋葬の穴掘りも必要だ。大型免許はあるのか」

 「普通しかないすけど大型も転がせます。それとゴミのオペもできます」

 「ほう、そいつはいい。しかし、市の仕事で無免許じゃまずいな。穴掘りやってみるか」

 「やります」

 「気に入った。明日からやってもらうからついてこい。宿はあんのか」

 「ないす」

 「じゃ宿が決まるまで飯場(はんば)で寝ろ」

 「日当いくらすか」

 「ガレキのオペはイチゴ(1万5千円)だけど、穴掘りなら2万やるよ。当分土日もなし、3食付きだぜ」

 「いい仕事っすね」

 「ムショと似たようなもんだ。せいぜい音を上げんなよ」

 堤は柊山を近くの居酒屋みのわに連れて行った。100円台からのメニューが並ぶ最低の店で、まだ昼間だというのに満席だった。堤は強引に席を詰めさせた。避難者と労務者の溜まり場のようなところで、1週間風呂に入っていない柊山を誰も気にしなかった。

 「おみゃあの歓迎会だ。あとで親方を紹介してやる。好きなだけ飲め」

 「ごちになりやす」

 まともな食事と酒は震災以来初めてだったので、何を食ってもうまかった。ただし、表の看板には確かに焼き鳥とあったのに、出てきたのは焼きトンばかりだった。津波に流された自販機から缶ビールは好きなだけ飲めたけれども冷えたビールの味は格別だった。

 「言っとくけど墓穴掘りってのはよ、きつい仕事だぜよ」

 「死体いっぱい見ましたよ。どれも泥人形で人間じゃねえみてえだった」

 「そっか、見てきたのか。年によらずに肝座ってんな。こんな仕事、自衛官とヤクザしかやらん。死体がごろごろ転がってる戦場と同じだからな。政治家だのお役人だの、偉そうなこと言ったってよ、俺たちがいねかったら、なんもできん」

 「身元もわかんねえで埋めるんすか」

 「わかってから埋めんだよ。火葬場がぜんぜん足らねえからしょうがねえんだ。後で掘り返してお骨にしてやんだろうけど、いつになるかわかんねえな。何十万人も死んでっからな。ほんとにおめえ平気か」

 「死体になればもうこわかないすよ。殺すのはやだけど」

 「言うじゃねえか」

 「親分人を殺ったこと、あるんすか」

 「あるよ。それで7年くらった。殺りたくねかったけど、若かったんでな。男になれってから殺った。確かに人が死ぬのを見るのはやだな。自分でもおっちぬとわかってんのか、こっちをなんとも言えねえ驚いたような、無念そうな目で見てよ。今でも焼きついてら」

 「たった7年すか」

 「10年だったけど、7年で出た。仮出所ってやつだ」

 「7年かあ、殺しでもそんなもんなんだ」

 「おみゃあも殺ったのか」

 「殺りてえやつはいました」

 「いろいろ訳ありだな」


 腹ごしらえが済んだ頃、現場の親方の服部哲夫がバクバクの軽の四駆で迎えに来て、榛原の海岸を見降ろす高台に向かった。そこに陸上自衛隊が管理する仮埋葬場があった。造成中のグラウンドのようなところで、仮設の飯場が10棟ほどと、大きな水タンクがあった。

 「着いたぜ。話は通してあっからな」

 「ここで何やってんすか」

 「ご遺体洗って棺に納めんだ」

 「穴掘りだって親分に聞きましたよ」

 「そっちは今足りてっから、てめえは洗うほう手伝え」

 「んなこったろうと思いましたよ」

 「いやでも帰れねえ」

 「2万くれんならやりますよ」

 「イチゴだ。そっから食費を2枚引くかんな。今日はもう仕舞ったから、ここで寝て、明日の朝からだ」

 堤の話と違うと思ったけれども黙っていた。ヤクザの約束なんて話半分に聞くべきだ。

 納棺を担当しているのはマルハナ斎儀社だった。堤よりいくらか格上のヤクザだろうと、柊山は察した。被災者は死んでも生きてもヤクザの金儲けになるってことだった。ここで寝ろと言われたものの、寝床らしいものはなかった。作業員が帰りかけに使う冷たいシャワーで1週間分の垢を落とし、お仕着せの作業服をパジャマ代わりに着て、タバコ臭い畳に座布団を枕にして身を横たえた。それでもごみ山やガレキの中で野宿するよりはましだった。

 マルハナ斎儀社の社主の花沢正一(李正一)は、柊山の見込みどおりのヤクザではなく、いわゆる在日韓国人だった。もともとは関西でラブホテルチェーン・ホテルハイビスカスを経営し、ホテル増設のためにこの地で墓地を買収したおり、ミイラ取りがミイラになってマルハナ斎儀社を起業し、今はやりの遺品整理業を始め、愛人らに自ら稼がせるためキャバクラ経営にも手を広げた。パチンコチェーンのラッキー&ハッピーのオーナーでもあった。一見でたらめな多角経営に見えたけれども、「ホテル、葬儀屋、ゴミ、風俗、パチンコ、ゴルフ場は、どれも穴屋やからな」が常套句だった。


 翌朝6時に柊山は叩き起こされた。朝食はでっかい白飯だけの握り飯が4つだった。7時には朝礼があり、午前の作業が始まった。お香の煙が漂い、読経や鐘の音が聞こえる中、柊山はドロドロのご遺体を洗って棺に納める仕事に没頭した。いったん脱がせた衣服は洗濯して生乾きのまま棺に添えた。衣服は遺品というより身元確認の決め手になるのだ。ただし水洗いなので、あんまりきれいにはならなかった。貴金属や腕時計はほとんどのご遺体についていなかった。津波泥棒を一緒にやった爺さんが言ってたとおり、女のご遺体の指は指輪を盗むために切られていることがままあった。高校で助けて自衛隊に引き渡した女も、津波泥棒の4人組が通りかからなければ間違いなくここに並んでいたと思った。他の仮埋葬場では衣服を洗濯しないところもあるんだと、監督の石塚正が自慢げに話していた。納棺したご遺体は、導師が読経する中、ご遺族が持ち寄った副葬品も一緒に入れて閉じ、仮埋葬の穴に入れて覆土した。感染症の危険があるからと、棺を埋めるところまではご遺族に立ち会わせなかった。

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