第23話

「すみれちゃん、レッスンおつかれさま。」


柊さんがいつもの穏やかな笑顔で私に微笑みかけた。


「お、おつかれさまです。」


私は俯きながら小さな声で言った。


柊さんと大和さんはレジ前に立っており、自分はどこにいたらいいのか分からなかった。


「俺、配達に行ってくるわ。」


葵さんが作業場から顔を出す。


「私も久しぶりにお客さんに顔見せたいから着いていくわ。」


大和さんは小走りで葵さんを追いかけて行った。店には私と柊さんだけになってしまった。昨日までは、柊さんの隣に立って仕事することが嬉しくてたまらなかったが、昨日の大和さんと柊さんを見てから、まともに顔が見られそうになかった。


カランカラン


店のベルが鳴り、聖さんが店に入ってきた。


「柊さん、すみれちゃんおはよう。」


「あれ?今日も納品あったっけ?」


柊さんが驚いた顔をして聖さんを見る。


「仕事で近く寄ったので、顔だしただけですよ。それより、葵さんは?」


聖さんは店の奥を覗き込む。


「葵は大和と配達に行ってるよ。」


「え?大和さんと?帰ってきたんだ…。」


「一昨日、突然帰ってきたんだよ。昨日は、実家に帰ってていなかったんだけどね。昨日、聖に伝えるのすっかり忘れてたよ。」


「そうですか…。」


聖さんはどこか浮かない表情に見えた。


「俺、奥で作業してくるから、2人はごゆっくり。」


柊さんは私に目配せすると、奥に行ってしまった。どうやら、柊さんは本気で聖さんは私に会いにきていると思っているらしい。


「あ、あの。」 「あのさ。」


私たちは同時に言葉を発してしまった。


「聖さん、先にどうぞ…。」


「じゃあ、お言葉に甘えて…。仕事終わった後、空いてない?食事でもどう?」


「え?予定は何もないですけど…。」


「じゃあ、店の終わる頃に迎えに行くよ。それで、すみれちゃんも何か言いかけていた様だけど?」


「な、なんでもないです。」


慌てて顔の前で手をパタパタと降った。


「じゃあ、また夜にね。」


聖さんは爽やかに微笑むと店を颯爽と出て行った。聖さんに、なんでお店にわざわざ納品に来るようになったのか聞こうとしたが、やはり、私から聞くようなことではない気がした。


カランカラン


また店のドアが鳴り、今度は、女の子が店に入ってきた。


「いらっしゃいませ。」


柊さんもベルの音を聞きつけ、作業場から顔を出す。高校生くらいの女の子は店内を不思議そうに見渡していた。鉢植えを見つけると、しゃがみこんで熱心に眺めていた。


「鉢植えをお探しですか?」


柊さんが女の子に穏やかに声を掛ける。


「え、えっと。そうなんです。玄関に置いてある植木鉢を割ってしまって…。代わりになる物を探しにきました。」


柊さんは女の子の手元に目をやる。女の子の左手には、包帯が巻かれ、血がにじみ出て痛々しそうだった。


「もしかして、割れた植木鉢でケガを?」


柊さんが心配そうに女の子を見つめた。


「は、はい。父と玄関でケンカになってしまって…。カバンを投げつけたら弾みで植木鉢に当たってしまって…。その破片で手を切ってしまいました。」


「そうですか。お父さんもきっと心配しているでしょうね。」


柊さんの言葉に女の子は首を振る。


「あんな父親なんて…。」


女の子は口をキュッと結び、拳を握りしめた。


「そうだ。花占いをやってあげますよ。お金はかかりませんから、どうですか?」


柊さんは優しく女の子に微笑みかける。


「は、はい。じゃあ、お願いします。」


柊さんは、女の子を机へ案内して、席に座らせる。いつものカードを取り出すと、手早く切り、女の子に伏せた状態で差し出した。


「好きなカードを3枚引いてください。」


女の子はカードを3枚選ぶと無言で柊さんにカードを渡した。柊さんは3枚のカードを伏せてテーブルに並べると、左側にあるカードを静かにめくった。


「1枚目はヒヤシンスの紫色。悲しみを表しています。」


女の子はハッとして柊さんの事を見つめる。


「そして、2枚目はラベンダーの紫色。不信感や、私に話してほしいと言う気持ちを表しています。」


女の子の目にみるみるうちに涙が溢れ出す。柊さんはそっとハンカチを差し出す。


「そして、3枚目はアヤメの紫色。良い便りがくるということを表しています。大丈夫ですよ。あなたが心配していることは、きっとすぐに解消されますから。」


「すごいですね…。全部当たってる…。」


女の子は涙を拭きながら言った。


「実は、父が私に隠し事をしているようだったのですが、父の後をつけて何を隠しているのか知ってしまったんです。私の祖母が病院で入院していたんです。私、おばあちゃんっ子だから、すごく悲しくて…。でも父は話してくれないから、お見舞いにも行けないし、なんで話してくれないのか、不信感が募るばかりで…。」


私と柊さんは思わず顔を見合わせる。きっと女の子の父親は、昨日来たお客さんに違いなかった。


「大丈夫ですよ。今話してくれたことをお父さんに話してみて下さい。きっと真実を話してくれますから。」


柊さんは優しく微笑んだ。そして立ち上がると、いくつかある鉢植えの中から、ポインセチアの鉢植えを持ってきた。


「ポインセチアの花言葉は"幸運を祈る"という意味です。もうすぐクリスマスですし、玄関に置いてご家族の幸運をお祈りするのはいかがでしょうか?」


女の子はポインセチアを見るとパッと笑顔になった。


「ありがとうございます。今夜、父に鉢植えを渡す時に話してみます。」


女の子は会計を済ませると、ポインセチアを大事そうに胸に抱えて店を出て行った。


「不思議なことがあるもんですね。」


女の子の背中を見送りながら、私はポツリと呟いた。


「そうだね。なぜか、ここには悩み事を抱えた人達が自然と迷い込んでくるんだ。親父の代からずっとそうだったんだ。」


「ここは、お父さんのお店だったんね。」


「そうなんだ。母は俺たちが小さい頃に病気で亡くなって、親父が花屋をやりながら男手一つで俺たちを育ててくれたんだ。親父も5年前に病気で亡くなったけど、この店は親父の形見みたいなもんかな。」


お店をゆっくりと見渡してしみじみと言った。


「ただいま。」


配達が終わったのか、大和さんと葵さんが店の裏口から戻ってきた。

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