ミサとケイティ(異端児とアイドル女優)

瀬夏ジュン

女優ケイティ

 ひとりの女性が、カウンター前に立っていた。

 すらりと背が高い。

 品のいいワンピースに身を包んでいる。

 大きなサングラスとツバの広い帽子のせいで、顔は見えない。


 見えないけれど、受付の女子たちや、その場に居合わせた者は、みんなピンときたことだろう。

 女優かモデルがお忍びで来ているのだと。

 なぜなら、目を引きつける身体のラインと身にまとうオーラを、女性は隠そうとしていなかったから。


 濡れたようにつややかな唇が、ひらいた。


「シティ S O S セイフティ・オブザーブ・システムのオペレーター、リチャード・ミヤザキに面会を」


「西区S業務担当の、ミヤザキですね?」


「はい」


「ホロ映像でよろしいですか?」


「いえ、直接」


「お名前をお願いします」


「ジョアンナ・KT・パリスです」


「顔認証をお望みでない場合は、手のひらをスキャンさせてください」


 手をかざした。


「ありがとうございます。では、ラウンジでお待ちください」


 女性は軽く頭を下げると、少し伏したまま、ゆったりと歩いていった。


「ケイティ・ジョーよ!」

「本名わかっちゃった!」


 受付けで、興奮した私語が飛ぶ。


「顔を隠しててもやっぱりキレイ」

「声がめちゃセクシー、CMとおんなじ」

「アンタレス・ブーツ、普段も履いてるのね。かわいい!」


 そのブーツは、シティの女子に大人気のフットアイテムだった。

 アンタレス探索隊が履いていた宇宙靴からヒントを得たといわれており、ふくらはぎのところに、上に向かってとがるヒレのようなものが付いている。


 ミサはこのブーツをうまく利用していた。

 身長を10センチ高く見せる義足を、つま先立ちの形で装着すると、カカトが後ろにでっぱる。それを、ちょうどヒレの中に隠すことができた。


 背を水増ししているだけではない。

 肩幅を少し広くし、ウェストをしぼり、ムネを大きくしていた。

 髪を茶にしてエクステを付け、瞳をみどりから黒に変え、二重も変えた。

 頬をリフトし、アゴもとがらせ、口びるもアヒルにした。

 歯並びだって変えたし、声すらハスキーになっていた。


 これら全てを可逆的な装着、着色、注入、牽引で行っている。

 保安局に現れたミサは、見事に有名人になりきっていた。つまり、サングラスを外せば、まさに売り出し中の若手セレブ女優、ケイティ・ジョーなのだった。


 とても良くできた変装ではあるが、これを普通に変装と呼んでいいかというと、微妙だ。

 というのも、市民に知られているケイティ・ジョーは、じつはミサそのひとだったから。

 もともとこの人物は、ミサがゼロから作り出した架空のキャラクターなのだった。

 デビューから1年の下積みを経てブレークした若手美人女優が、とある少女の勝手な創作であるという事実を、一般市民もファンも、所属事務所の社長も、誰も知らなかった。



           *



 太い胴回りを揺らしながら、オペレーターは走ってやってきた。

 サングラスをとって、ミサは出迎えた。


「ケイティ、ああ、ほんとにケイティだ!」


 女神を目の前にして、男は泣き出さんばかりだった。




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