第10話 バイトで最初で最後の飲み会

悲しい思いばかりをしてきた人生で、アルバイトをいくつもしてきた。その中でも特に印象深いものがある。

中華料理店のアルバイト。25歳前後だったと思う。

対人関係が苦手な僕は接客ではなく、皿洗いとちょっとした調理の補助をしていた。もちろん、調理に関わるので帽子着用が義務づけられているバイトだった。

40代の女性が店長をしていたが、他の社員は20代がほとんど。アルバイトは大学生が多く、若い人ばかりの職場だった。

ほとんど厨房にいる僕だが、お客が食べ終わった皿を他のスタッフから受け取る時や、完成した料理を渡す時などに、ホールで接客してる人たちと顔を合わせたり、一言二言会話したりすることはあった。


そのうちホールで働くある女性に好意を持つようになった。20歳の麻美という大学生だった。清楚な雰囲気で誰にでも優しく、見た目も特別美人というわけではないが愛嬌があって可愛らしく見える。

僕が料理を渡すときも、「ありがとう」とか「今日は大変だよね」とか何でもないような言葉を投げかけてくれる。忙しくてもイライラしたりする雰囲気がなく、本当に優しい子だった。

コミュ障気味な僕でも、彼女とは気軽に話せていた。


仲良くなった女性をすぐに好きになるということが、普通の人にはわからないだろう。

「ガッついて気持ち悪い」「誰でもいいんじゃないの?」

そんな風に思われるし、ネットでも言われている。

モテない人間というのは、餓死寸前の人間に似ている。そんな人が歩いていると、道端にパンが落ちている。普通の人は、それを拾って食べようとも思わないだろう。だが我々飢餓状態の人間は飛びついてしまう。滅多に食事にありつけないのだ。

私たちは、ここで逃したら餓死するかもしれない。これを読んでいる人にはわからないかもしれないが、本当に喉から手が出るほど欲しているのだ。


俗に言う人間の三大欲求、「食欲」「性欲」「睡眠欲」。

食欲、睡眠欲は一人で満たせる。しかし、性欲だけは、例えば一人で一時的に満たせたとしても食欲や睡眠欲を充分に満たせた時に比べて、虚しさばかりで完全には満足できない。相手がいる。


イケメンや美人は、その相手をすぐ見つけられる。普通の人もすぐではないとしても見つけている。それなのに私は、普通の人間と同じレベルで努力していても相手が見つからない。

もし、並々ならない努力をしてお金持ちになれれば相手がいるかもしれない。しかし、それでできた相手の目的が僕じゃなくてお金であると考えると虚しいものだ。

整形しようと何度も考えた。ただ、これもお金が必要だ。また整形についての周りの反応も怖かった。整形をした芸能人に対してのネットの反応を見ると、とても好意的なものではない。


生れながらにしてヒエラルキーがある。

この不平等を是正するという政治家がいれば、僕は何度でも投票したいのに誰も言ってくれない。


ともかく僕は麻美のことが好きになってしまった。

その頃、新人歓迎だったか送別会だったから何の理由かは忘れたが、バイトの皆で飲み会をすることになった。

当然、麻美もいる。僕はワクワクしていた。

普段のバイト中、少ししか話せないけど、飲み会ならもう少し話せるはずだ。もしかしたら隣に座れるかもしれない。

そして、僕はそれまで女の子がいる飲み会というものに参加したことがなかった。そのドキドキ感はとても言い表せない。

ハゲ隠しも必要だったが、仕事の後のプライベート時間なので帽子をかぶるのは問題ない。


飲み会当日。アルバイトがこんなに長く感じることはなかった。

麻美は出勤していなかったが、店に直接行くということだった。

バイトが終わってから、即座に着替えて帽子着用。ついに飲み会の店へと向かった。

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