第22話





            【メッセンジャーチャット内】


〔暫くいるつもりだ。黙っといてくれよ。あいつは今、それどころじゃない〕

〔心得てますよw 僕も旅行したいな。遠出なんか、いつからしてないかな〕

【ウーロンさんがログインしました】

〔ハロハローウーロン〕

〔お久しブリティッシュ二枚頂戴。マシンガンいつも入れ違いだね。夜勤にしなよ〕

〔夜勤だとチャットなんか出来ませんよw ニクも最近きませんね〕

〔だよね。HPホームページなくなってから集まり難くなったもん。メッセンジャーもっと広めとくんだったね〕

〔どこ行っても使えますからね。岩ちゃんも今、ネットカフェからですって〕

〔ネットカフェ?風邪ひいているのに?何でまたw〕

〔今、広島にいるんだ。随分と街が変わっていてびっくりしたよ。ウーロンもずっと広島に来てないだろ?多分、見たらおどろくかもな〕


 十数年ぶりだから変わっていて当然なのだが、広島自体、地形の関係から地下鉄も無い所なので、根拠なく変わらない街のイメージがあった。中心街の変貌へんぼう振りもさることながら、学生寮があったところには巨大なマンションが建ち、行きつけだった店もろもろは影も形もない。行政出動と、噂に聞く新興しんこうデベロッパーの暗躍あんやくが時代と重なったようだ。


 無論、歴史保全と観光のため、残すべきところはそのままなのだが、そこに住んでいた者にとって、それはそもそも懐かしい場所ではない。

 感慨に更けようと思っていた勲は、昼間の市街地でぽつんとなった。


〔まじ?なんで?仕事は?岩ちゃん〕

〔知り合いから紹介された職場があってね。移るまでちょっと暇があるんだ〕

〔俺も転職してえぇぇぇ><〕

〔マシンガンは我慢汁。もっと辛抱しなきゃ駄目だよ〕


 勲は、嘘を言った。

 若い彼らに見栄を張ることは、この際、許されるだろう。

 ホテルにでも泊まるつもりだったがそうなるともう何をして良いかわからない。 結局は、ネットカフェ。暫く難民になるのも悪くない。

 学生の頃、近くに住んでいながら行かなかった所に社会人になってから行くのも、それはそれでおつなものだ。


 飽きたら大阪に帰りがてら尾道にでも寄って、坂を見て、ラーメン食べて。


 勲は暖房の効きすぎたソファーで、傍観者として二人の会話を暫く眺めた。









〔毎度どうもっす〕

〔あれ?ニク。珍しいなこんな時間に〕

 ウーロンとマシンガンが落ちた後も、画面をそのままにぼんやりしていた。


〔明日休みなんですよ。もうウーロンは寝ちゃいましたよね?〕

〔ああ、さっきまで喋っていたけど。マシンガンはもっと前に落ちたし〕

〔この前、マシンガンに嫌味言われました。ウーロンに嫌われちゃったかな〕

〔んなことないんじゃないか?まあ本人に言われれば止めればいい。男なんてそんなもんさ〕

〔俺、ホムペチャットでも浮いてたもんね。釣りもしないのにw〕

〔いや、そんなことはない。気にし過ぎだ〕

 それは真実。どちらかと言うとマシンガンのほうが嫌われていた。

 初めの内は生意気なニクの印象が目立ったが、慣れてみればそこに集う人々の心の機微も分かるようになってくる。

 水槽の熱帯魚よろしく、日常から解かれた空間にさえ、くだらない人間模様がある。 

 単純に、派閥みたいなものまであった。



 磯釣り原理主義者(イソツリゲンリシュギシャ)   ※注釈 ツ=ヅに同じ


 磯釣りをこよなく愛す彼らは、それ以外の話題を好まない。勲が掲示板に自分の近況を詳しく書き込んだ際、プライバシー上好ましくないと注意を受けたのもこのグループ。

 しかし、彼らの地位も磐石ではなかった。釣りを暇つぶしと捉え、コミュニケーションを主目的とするグループが台頭し、若い彼らは、有り余る時間を武器にして、原理主義者が日々の仕事や家庭の揉め事に時間を費やす間隙かんげきを狙う。

 中には全く釣りをしない不届き者も現れ、許しがたい事態だが、原理主義者の何人かはウーロンに鼻の下を伸ばし、それも彼らの頭痛の種。 (な~んちゃって)


 普段の話題が妙に真面目で面白くなく、釣りの知識は他を圧倒するマシンガンは、その両方から嫌われていた。


 水槽の中、グッピーのように美しいひれを自慢したい人や、孤独という空腹を満たすため、会話という餌に群がる人が混在し、磯釣りが趣味の彼らを淡水魚たんすいぎょに例えるひねくれ者もいる。    

 状況は一口に説明できない……そして、その水槽も今はもう無い。


 生意気な口調と裏腹に、ニクはみんなに嫌われていなかった。

 男性の割に優れたコミュニケーション能力はそのまま彼の、繊細な神経の表れ。


〔男なんて女くどいてなんぼ!つか、おまえw生意気キャラは作ってるだけだろ?〕


 半分残った紙コップの、冷めたコーヒーに手を伸ばす。

 たっぷりと間があるのに、次の言葉は打ち込まれない。

 

 彼の戸惑いも、勲は嫌いではなかった。









 10時までネットカフェで粘り、そのまま川沿いを散策する。

 残念なのは、桜が咲くには、時期が少し早かったこと。

 勲の知る限り、広島の川沿いの桜が、日本で一番美しい。


 昼食は一銭洋食、いわゆる広島焼きを食べた。広島に着いた夜も食べたのだから、広島ではお好み焼きしか食べてないことになる。

 大阪でもどこでも広島風は食べることができるが、広島で食べる広島焼きが日本で


     “一番うまい”。


「くうううっ」

 昼間っからビールをあおり、学生時代それほど思い入れがなかった広島に、自分が随分と肩入れしていることに苦笑する。

 広島焼きなのだから、広島で食って美味いのは当たり前。

 自分の人生の、やはり青春の1ページなのだ。


 電車で移動し、フェリー乗り場に着いた。

 一度だけ親戚を案内したことがあったように思うが……大きなしゃもじと鹿と名物の飯。決して悪い所じゃないのだが、記憶に残らなかった理由はわかった。

 世界遺産と言うには少し大仰な感じがして、それがまた、勲にとっては癒される。


 フェリーで戻った後、さて時間をどう潰そうかと悩んでしまう。

 パンフレットに載るような名所は他にないので市内に一旦戻ろうかとも思ったが、それも面倒なので各駅停車に乗り、適当な駅で降りた。

 思った通りなにもない。


 平凡な住宅街の狭い道を歩いていると古いバッティングセンターがあった。今どきこんなものがと思い、ためしに入ってみる。


 打てない。

 全然打てない。

 プロの球なら130km以上あるはずだろうが、110kmの球がかすりもしない。


 何度目かの挑戦で汗だくになり、ふて腐れてコインゲーム機の椅子に座り込んだ。そのまま目の前のテトリスを何度かやって、パンチングマシーンを殴って手首を痛くしながら、そこの従業員らしき爺さんにタクシーを呼んでくれと頼む。拾える場所でもなさそうだし、駅には一台もなかったのを来るとき見ている。

 もう歩きたくはなかった。


 かなり待たされ乗り込んだタクシーで行き先を告げると、運転手はその店を知っていた。パソコンの地図の大まかな感覚だけで移動したが、案の定、そう遠くはないと言う。

 タクシーの中、暮れかかる住宅街を眺め、汗で湿気しけった冷たい煙草を探る。 























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