第4話 トラウマの矛先

カズ叔父さんは、元々俺と知り合った頃から契約社員として企業を転々としていた。勿論、カズ叔父さんが決して実力が無かったから幾つもの企業を転々としていた訳ではない。


ただ、飽き性の性格ゆえ仕事も女も長続きしない人だったからあえて契約社員という道を選んだそうだ。まあ、元々ホラ吹きの人だったし本人が強がりで言っていただけかもしれないが。


カズ叔父さんは、興味のある事にはとことんのめり込む人なのだが、


「ビックリマンブームは、一体何故衰退したのか知ってるか?そして、なぜスーパーゼウスが一番神的ポジションになったのか?これには、実は凄い理由があるんだ」

「昔のアーティスト達の歌は良かったんだよ。今の音楽は、全てアンドロイド社会で心がこもってないから心に響かないから駄目だね」

「シロナガスクジラは、何故シロナガスクジラと呼ばれたのか知ってるか?」


など、どうでもいい事に対しての知識にばかり気を取られていたような話ばかりを延々と俺に話しつづけた。しかも、一度話した話を何度も話すのだ。

「その話、前も聞きましたよ」と俺が言うと「えっ、俺前話したっけ?」とキョトンとする。何で自分の話した話を、ああも簡単に忘れるのだろうか。よっぽど適当に話をしているのだろうか?カズ叔父さんは、本当に不思議な人だった。


カズ叔父さんにとって、どれもそんなに人生において重要ではない事にばかり気を取られてしまう人なのではないかと思う。


「カズ叔父さんは、何でいつもそんなくだらない事ばかり話しているの?」と聞けば「雑学こそ、実は人生の夢がいっぱい詰まってるんだよ」と目をキラキラさせて答えていた。


カズ叔父さんが言うには、本当にやらなければいけないことばかりやろうとすると人間はストレスがたまるから、こうして隙間時間に雑学の勉強をして、色んな人にくだらない話を話す事で「えっ、本当なの?知らなかった!」と反応して喜んでくれるのが嬉しいと言っていた。


人が自分のくだらない話を聞いて笑顔になってくれる事が嬉しいし、また自分の話を聞いて喜んでくれる人の笑顔を見ると「また雑学を見つけて、人に話せるように調べておこう」と思うそうだ。まさに、生きるピエロのような人だった。


人を喜ばせる事が好きなカズ叔父さんは、きっと根が優しくて奉仕精神に溢れたいい人なのだと思う。ただ、俺から見るとカズ叔父さんは確かに良い人ではあるのだが、人生の大半をほぼ無駄な事ばかりしている変なおじさんに見えて仕方なかった。


それは、やはり俺の親父が常にビシッと経営者として仕事をし続けている人だったから、ついつい比べてしまってどうしても叔父さんが怠け者に見えていたのかもしれない。


カズ叔父さんからすれば、人生は無駄な事ほど楽しめるから好きだと語っていたが、俺の親父は「無駄な事はするな」が哲学の人だった。お互い全く真逆の考えを持つ男同士が、昔から仲が良いというのも何だか不思議な気がしたものだ。


しかし、二人が話している姿が時折合わせ鏡のように見える日もあった気もしないでもなかったのだ。もしかすると、表面的には全く違う性質を持つ二人だけど根本的には似たような性質を持つ二人なのかもしれない。


やがて、カズ叔父さんは親父から「一緒に仕事しないか?今、カズの力が必要なんだ」と話を持ちかけられた事があるそうだ。


しかし、カズ叔父さんは「俺は、いくら金の為とはいえやりたくない事はやらない主義でね。わりぃけど、悪魔に魂売ってまでして札束風呂には入りたくねぇな」と言って断り、二度と親父の前から姿を消したそうだ。


親父は「何故だ、カズ。こんな話はもう来ないぞ?それに、この話はかなり極秘プロジェクトなんだ。


お前にこうして一度俺が話してしまったという事は、お前もわかっているよな?


もしかすると、お前はこの事実を知ってしまった以上いつか首が飛ぶかもしれないってことなんだよ。


自分の身を守るためにも、この話は絶対に乗った方がいいと思わないか?つまらない意地のために、自らの命を粗末にする事の何と愚かな事よ・・・。


いつか、そのように後悔する日が必ずお前に来るかもしれないって事を絶対に忘れるなよ・・・。」


親父が、カズ叔父さんに何の仕事を持ちかけたのかは知らないけど、こっそり二人の話を聞いて感じたのは取り敢えずロクでもない仕事を持ちかけたのだろう。


数年前、大地震が起きて完全に職を失ったカズ叔父さんは、その時助けた友人の娘二人を両腕で抱えて此処で男手一人で育てたそうだ。カズ叔父さんは、その震災で右足を負傷してしまい、今はビッコを引きながらの生活だ。


カズ叔父さんは、「友人の娘を助けようとしたら落ちてきた瓦礫で打撲してしまった・・・。

それでも、ビッコ引きながら何とか二人抱えて脱出したんだ」と言っていた。


話の九割が、常に嘘の叔父さんだったから何処まで本当の話かはわからないけど、それでも、片足が不自由な事は本当の様だった。


そして、この話をする時のカズ叔父さんはいつも遠い向こうを見つめながらボソッと寂しそうに話していた。まるで、何か後悔している事があるかのようだった。


カズ叔父さんは昔、親父と一緒に虎龍伝というよさこいチームで踊っていたそうだ。


カズ叔父さんは、そのチームでは「踊りの天才」と呼ばれていた人で、親父はいつもそんな叔父さんに怒られながら踊りを覚えていたそうだ。


滅多に人を褒めない親父が、時折言ってたのを思い出す。「カズはな、あんなヤツだけど。でも、本当は凄かったんだよ。」って。


あの親父が・・・。人に怒られる事や何か打ち込めるものがあったなんて、俺には信じられなかった。


あの冷酷な親父を魅了した世界を、俺は益々知りたくなった。そして、何故親父はあんな人格になってしまったのか。心の底では、俺は今でも本当は親父はあんな人じゃないと思っている。何故かというと特に根拠はないが、やはり「俺の親父」だからだと思う。


親父の事を知る事は、もしかすると俺自身のトラウマを払拭する一歩なんじゃないかって思った。


カズ叔父さんは、何故かこの河川敷で行き場のない子供達に踊りを教えていると言っていた。


時は、2030年。

全てのデータ処理は、デジタル化の道へ進み、大幅な事務処理関係の仕事はカットされた。


そして、大量のリストラ社員が後を立たず、文明が進むのに反比例するかの如く職なき者が溢れかえったのだ。


街には、大量の職を失ったホームレスが溢れ社会問題になっていた・・・。最も仕事を失ったのは、力なき女性達と、長年手作業をしてきた工場作業員達だった。


彼等は、行き場を求めて職業安定所に足を運び続けたのだが、この頃には人件費削除問題に伴い職業安定所の相談員の人件費もカットされ、ほぼすべての相談はパソコン内で終わるようになった。


勿論、パソコンで打ち込んだ相談内容が必ずしもすぐに返事が来る訳もない。これがもし人間の相談員なら、何が何でもすぐに返答しなければならないだろう。しかし、これがパソコン上で全部行われるという事は、下手したら返事すら返って来ないという事もあるという事だ。


つまり、これは事実上の「職を失ったものを救える術はもう無い」という事だったのだ。なのに、政府は新システムを更に発展させる為に税金を更に上げようとする・・・。仕事はどんどん減っていく・・・。国民のクーデターは至る所で起こるようになった。


やがて街にあるありとあらゆるものが、全てアンドロイド文化によって支配されようとしていた。


カズ叔父さんは、「俺がこうして人間にしかできない何かを誰かに教え続けていくしかないんだ・・・。そうしないと、何もかも無くなってしまう・・・。人間が今まで残してきた大切なものが全て・・・。」と言って、カズ叔父さんはぼんやり遠くを眺めて呟いた。


やがて、向こうから「カズ叔父さん、そんな所で何してるの!?もうご飯の用意出来ちゃったんだから!」と、甲高い声で言い放つ女性が現れた。髪の長くて、透き通るように綺麗な肌の女性だった。


女は俺を見て、「だぁれ?あなた?知らない顔ね。」と言った。


俺は、「あ・・・ども・・・。三谷年也です・・・。」と答えた。


女は「あら、そう。」と言って、踵を返した。


いつも俺の顔を見れば騒ぐような女としか会ったことがないので、こんな扱いは初めてで拍子抜けだった。


そして、小さく俺の方をもう一度振り向いた。

なぜだか知らないけど、少し頬が紅く染まっているように感じだ。夕暮れのせいかもしれないが。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る