第3話 再会
そこは薄暗くて、汚くてあたり一面泥地のような河川敷だった。辺り一面、卵が腐敗したような臭いが立ち込める。
付近には、ボロボロのダンボールハウスが幾重にも並んでいた。あまりのぷうんとした異臭に、思わず鼻をつまんで一歩後ずさりした。
俺は、まだこの日本にこんなにも整備されてない土地がこんなにもあったのかという事にも驚いた。
本当に、虎龍伝はこんな所で踊りの練習をしてるのだろうか。本当に、親父はこんな所で昔踊っていたのだろうか。あんなに、潔癖性の男が・・。
やがて、向こうの方から薄汚いロングコートのホームレスが足を引き摺りながらやってきた。どうも、足を痛めている様だ・・。
「おい。トシ坊。こんな所で何やってんだ。」
ん・・。トシ坊?何処かで聞いた事のある呼び名だった。
幼き頃の記憶を辿る。俺は小さい頃、時々カズ叔父さんという人と遊んで貰っていた事がある。
カズ叔父さんは、陽気で子供好きな人だったが基本的にホラ吹きで、話の九割は嘘の話だった。親父はいつも「あいつの話は、適当に話を聞いておきなさい。どうせ、なんの役にも立たないような話ばかりだから」って俺に示唆していたっけ。
俺は親父に「何で叔父さんは、役に立たないような話ばかりするの?」と聞くと、「世の中に対しても、人に対しても役に立たないような事しかしてないからだろう」と答えた。
カズ叔父さんはいつも、「俺は、昔シロナガスクジラを素手で掴んで、そのまま調理したことあんの。
味付けは、醤油とバター。これが無茶苦茶上手いんだぜ。」
「俺は昔、マジで舞台俳優になろうと思ってたの。
当時はモテすぎて、歩いているだけで女が着いてきたの。
とりあえず、皆全員俺の部屋に呼んで、コンビニで酒買って王様ゲームして、そのまま女達まとめて鵜飼いみたいな暮らし続けてたの」
「俺、昔パチンコで大金あたり過ぎて。その金で札束風呂入ってみたの。
裸で入ったらさ、汗で体に札束まとわりついて、なんか蓑虫みたいになっただけだったの!
で、俺思ったの。金なんて、所詮ただの紙切れだって。もっと大切な事って、世の中に一杯あるって気づいたの」とか。
正直、子供ながらにこの叔父さんが嘘か、または話を大きく盛っているという事はわかっていたけど。
それでも「うわぁ!凄いんだね!」と俺が言うと、嬉しそうに「だろ?だろ?」と、目をキラキラさせて話を続ける人だった。まるで、カズ叔父さんは少年の心のまま大人になったような人だった。
正直、デタラメ話の内容は基本的にくだらなかったけど、それでも友達のいない俺はカズ叔父さんの面白話を聞くのが大好きだった。
お袋に捨てられ、仕事ばかりで家庭を省みない親父。外に出かけても、他人とどうコミュニケーションとっていいかわからず育ったため、無口だった俺には同世代の友達がなかなか出来なかった。
唯一、クラスの隅っこにいつも一人で落書きばかりしている白岩時次という同級生が「トイレ一人で行くの怖いからついてきてくれない?」と声をかけてくれて、一緒にトイレ行く程度のクラスメイトがいる位だった。
俺からすれば、白岩は数少ない「俺に声をかけてくれたクラスメイト」として非常にありがたい存在だったのだが、白岩はいつも俺の顔を見る事なくブツブツといつも「隣の席の女、本当にイライラするよね。
いつも悪口ばっかり言ってるし、ああいう女って本当に嫌い」と文句ばかり言っているような男の子だった。クラスの中でも、白岩は「いつもブツブツ独り言言って気持ち悪い」と嫌がられているような存在だった。
俺にトイレ一緒に行こうと誘う割には、特別大して俺に気を使う訳でもなくトイレが終われば「じゃ」とそっけない。白岩も、俺と同じように友達がいない理由がなんとなくわかった。
俺は周囲からは、「お坊ちゃん」として一目置かれる存在だった俺は「みんな。いいですか?トシ君に、怪我させてはいけませんよ。」と、先生達がクラスメイト達に伝えたりしたおかげで、余計に誰も寄って来なかった。
ただ、女だけが俺の顔見てキャーキャー騒いでいた。もちろん遠目でただキャーキャー騒ぐだけで、特になにか声をかけられる訳でもなかった。俺はそんな女達を、いつも無愛想に睨みつけていた。
だから当時の俺の唯一の心の拠り所は、召使いの吉永爺さんと、カズ叔父さん位だった。
カズ叔父さんは、親父の事をかつての親友と呼んでいたが、親父は昔の知人と言っていた。たまに、親父はカズ叔父さんを家に呼んでは、難しそうな話を繰り広げていた事を覚えている。
その度にカズ叔父さんは、下を俯き。暗い顔で、首をいつも横に振っていた。
親父はいつも、
「何故だ!どうしてなんだ!」
と、カズ叔父さんに向かって吠えていたのを覚えている。
やがて、カズ叔父さんが俺の家に来ることは無くなっていった・・。
「おい、やっぱり!おめぇ、トシ坊じゃねーか?!おお!大きくなったな!」
と言って、ホームレスは顔をクシャッとしてとびきりの笑顔で手を振ってきた。
「ま・・まさか、カズ叔父さん・・?」
カズ叔父さんが?一体何故こんな所でホームレスに?俺は、目をこすった。
髪も長髪の白髪になり、髭まみれの顔・・。
真っ白だった筈のカズ叔父さんの肌は、すっかり日焼けで真っ黒になっていた。それでも、あの声。あの笑顔。カズ叔父さんだ!
俺は走ってカズ叔父さんに駆け寄って、思い切り抱きついた。
カズ叔父さんの体からは、腐敗した生ゴミみたいな臭いがしたけど、それでも嬉しかったんだ。
ずっと。ずっと会いたかったんだ!
俺にとって、カズ叔父さんは初めて出来た友達だったんだ!
俺は気がつけば、嬉しくて嬉しくて涙が出て止まらなかった。
こんなに、誰かに会って嬉しいと思ったのは初めての経験かもしれない。
親父は、「金と権力で、感動は買えるんだよ」といつも口癖のように言っていた。
小さい頃から、ずっとその言葉を聞かされてきた。けど、カズ叔父さんは金も権力も何もないけど、ただ会っただけで温かい気持ちになれる不思議な叔父さんだ。
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