「キャスト・オフ!」(6)

 二時間か三時間ぐらい経っただろうか。

 限界はいきなり訪れた。


「……ぐぅ……うぇ」


 ナナが泣きそうになりながら俺に近づいてくる。

 見れば足元に血がボタボタ垂れている。やはり一日で修行なんて無理があったのかもしれない。そりゃあそうだ。たった数時間とはいえ、休みなしに何かをし続けていたなら、体のどこかに不調をきたしてもおかしくはない。ましてや、普段やらない事ならなおさらだ。やはり俺は浅はかだった。自分自身に、そして何よりナナが物語と称したこの状況に、酔ってしまっていたのだろう。今更反省したってもう遅いのだが。


「……大丈夫ですか、師匠」


 そう、限界に達したのは俺だった。

 というかそんな大袈裟なことでもない。舌がもつれて、挙句噛んで出血をしただけだ。やはり単調すぎて退屈だったのがいけなかったのかもしれない。最初の十分ほどは『俺は阿呆が使える』、『俺は魔法ガッツ蛙』などと言い間違え、ナナに指摘されたりもしていたのだが、三十分ほどで俺は『俺は魔法が使える』と唱えるだけのロボットと化したので、暇だからずっとナナの修行を見ていたのだ。

 基本を疎かにしてはいけないということだろう。いや、そういう話なのかこれは。


「あーんしてください、あーん」


 ナナに促されて口を開ける。

 俺に比べてこいつの成長速度は大したものだった。最初は野球の球ぐらいだった砂の塊を、ピンポン玉ぐらいにして同時に複数操って見たり、そうかと思いきやバレーボール大まで膨らませて一発で車を灰にしたりとやりたい放題だ。短期間でこれだけレベルアップするなら、逆に今まで何もしてないんじゃないかと思うほどだった。


「あーあ。駄目だこりゃ」


 駄目だこりゃって。俺死ぬの?


「お前の魔法で治せたりしないのか」


「しないですね」


 しないんだ。


「……じゃあなんで見たんだ」


「あたし、傷とか見るの好きなんですよ」


 へぇー。知りたくねー……。

 っていうか泣きそうになってたのは何だったの? 心配してくれてたとかじゃないの?


「ともかく、唱えるのはもうやめた方が良いみたいですね。うっかりうっかり。ノートでも持ってきて書き取りますか」


 うっかりうっかりで済まされた上に、まだ続けさせるつもりらしい。見上げた根性だ。

 まあ、やるけどさ……。


「へいへい。じゃあ、一旦帰るけど、ナナはどうするんだ」


「まだ続けまーす。あっ、他人が来たら隠れたりした方がいいですかね?」


「まあ……そうかな。いって……。喋るだけでもいてぇ……。行ってくる……」


「はーい」


 適当に手を振って、空き地を後にする。

 違和感。


「……?」


 何だろう。匂いが違うというか、雰囲気が違うというか。曖昧で分からないが、確かに何かが違っている。そう、ここ数日で得た感覚だ。何か、ある。


 いや……居る?


 何となく、後ろを振り返る。確証はない。ただ本当に何となくだ。


「うーっす、彰彦ちゃん。楽しそうなことしてるじゃん」


「くひひ。見つかっちゃった」


 白雪先輩と、魔法使い生桐……なんだっけ。デザートでいいか。

 白雪先輩とデザートがそこに居た。

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