第4話 かつての英雄

「あぁ、全く、なんてことだ……」


 ブレイクはとぼとぼと肩を落として、教頭室から出た。

 今朝の生徒のイタズラに関して、早速お叱りを受けたのだ。教頭のフェブラル・ジョーシンは頑固が服を着て歩いているような男で、自他ともに厳しい男だった。

 そんな教頭がイタズラを止められなかったブレイクを放っておくはずがないのだ。


『いいかね、ブレイク先生。確かに生徒の自主性を伸ばす、という意味では君の教育は間違っていないだろうし、あの後すぐにステファニー先生のフォローに入ったのは良い事だ。しかしだね、初めからイタズラをしない、起こさせないように努めるのも教師の務めではないのかね』


 教頭のお叱りはこの言葉から始まったのだ。教頭は、意外な事にあまり長い話はしない。タイムイズマネー。時間は有限であり、尊いものという考えがあるのだ。

 それだけに淡々と事実を述べて、指摘するので、そこがキツイ。正論を突きつけられる。


『明日の社会見学だがね、今更、参加させないなんてことはない。そんなことをすれば、それはさっそく罰でもなんでもない。教育、それも真新しいものへの体験は重要だ。参加させる。だが、それでも明後日からは彼らにはグラウンドの整地をしてもらう。これは決定だ。罪には罰、それが当然だ』


 で、結局ブレイクはその旨を了承するしかなかった。とはいえ、これはまだ寛大な処置だ。事実、ブレイクは子どもたちが社会見学に参加できなくなるのではと思っていたぐらいだ。

 時刻は昼休み。昼食の時間であり、学内は大いに賑わっていた。食堂へと向かう生徒たちがすぐ横を通り過ぎていく。


「よう、どうしたヒーロー!」


 その子どもたちの後ろから、のっそりと初老の黒人の男が現れた。学校の用務員であるジェラール・アーキマンだった。


「やぁ、ジェラール」


 視線を上げ、挨拶を交わすと、ジェラールは右足を引きずりながら、ブレイクの横に並ぶように立った。ジェラールは若い頃、軍隊にいたらしいのだが、初陣で右足に戦傷を負い、除隊している。右足には麻痺が残っていた。


「ははぁ、さてはこってりと絞られたなぁ? フェブラルはすぱっとものをいうが、その分、一言がキツイからな。流石にヒーローもお手上げと見た」

「ジェラール、毎回言ってるが、その呼び方はやめてくれないか」


 ジェラールとはこの学校に勤務するようになってからの付き合いだが、よく世話になった。特に新米教師だった頃にはずいぶんと悩みも聞いてもらったし、今でも時々酒を飲みかわす。

 ただし、彼はブレイクの事を『ヒーロー』と呼ぶ。いくらブレイクがやめろと言っても、頑なだった。


「ヒーローをヒーローと言って何が悪い。核戦争を止めた、大英雄じゃないか」


 ジェラールは身振り手振りもさることながら声も大袈裟だった。ブレイクはジェラールの肩を叩いて、静かにとジェスチャーをする。きょろきょろと周囲を見渡し、誰もいないことに安堵して、胸をなでおろす。


「なぁジェラール。本当にやめてくれ。僕は、もう軍人じゃない」

「あぁ、わかったわかった。で、ブレイク先生は何を落ち込んでいるんだ。明日はお前さんが楽しみにしていた社会見学じゃないか。アーミーズの展示会だって? いいねぇ、俺も初陣で怪我しなきゃ、パイロットやってたんだがなぁ」


 ジェラールはパシンと麻痺の残る右足を叩いた。もう殆ど感覚がないらしく、笑って叩くのが、ジェラールは半ば癖になっていた。


「どうせあれだろ、悪ガキどものイタズラだろ? 確か、ステファニーとかいう新米に黒板消しを落としたとかいう」

「相変わらず耳が早いな」

「暇だからな。全く、今どきチョークと黒板消しを使う学校なんざ、ここぐらいなもんだぜ」


 ウィット・ビークス小学校はこの2118年になる現在でもチョークの粉と戦う日々が続いていた。

 一応、生徒たちの机には電子ノートが備え付けられているし、教師もそれを使って授業を進めるのだが、手書きの文化を推奨するというわけのわからない州の方針を建前に在庫のあふれたチョークを消費させることになったのだ。全くもって理解はできないが、州の教育委員会あたりで面白くないやり取りがあったのだろういうのは想像できた。

 だから、人型兵器が実現した時代だというのに、そのような古典的なイタズラが残っているというわけである。


「それと、あれだな。ステファニー先生にも思い切り怒られた……ってなもんだろ」


 ジェラールはニヤリと笑った。


「あんたには隠し事が出来ないな」


 ブレイクは肩をすくめて答えた。

 生徒たちのイタズラを受けて粉で真っ白になったステファニーを追いかけたブレイクは女子トイレで無理やり髪の毛を洗ってスーツまでびしょぬれになったステファニーを発見したが、じろりと睨まれてから『先生はクラブ活動じゃないんです!』と怒鳴られてしまったのだ。

 その剣幕が凄いし、彼女に対しても負い目があったので、ブレイクは何も言い返すことが出来なかったのだ。


「ははぁ、まぁあれだ。今のガキどもは特別やんちゃだからな。それでも、あんたのいう事はまだ聞いてる方だぜ?」

「イタズラは止めてくれないけどな」

「そりゃあれだ、あんたが好きだし、何度も何度もトラップを見抜いてるからだ。子どもってのはぁ負けず嫌いだからな。それに、今までの先生とは違うって子どもたちは直感してんのさ」


 ジェラールの言う通り、ブレイクは子どもたちの仕掛けるイタズラには一度も引っ掛かった事がない。よく観察すれば見抜けるものだからだ。

 だがそれだけが理由ではない。ブレイクにはそれを見破るだけの経験がある。彼は、元軍人だ。それも、エリートと言っても差し支えはない立場にいた。

 その経験から、子どもの仕掛けるトラップぐらいは余裕で見抜けるのだ。


「今のガキどもは知らねぇだろなぁ。あんたが、世界を救ったヒーローだってことをよぉ」

「ジェラール」


 調子に乗ってまたそのことを口走ったジェラールにブレイクは低い声で牽制した。ジェラールはまた小さく笑って右足を叩いた。

 

「だが、わかんねぇなぁ。あんた、軍に残ってりゃ今頃札束握って左うちわだろ?

勲章ずらり、大統領から表彰だってされてるはずなのに」

「教師になるのが夢だったんだ。幼い頃からのな。それに、今の生活は満足している。人殺しをするよりは、有意義だ」

「まぁそりゃそうだが、名誉と金には代えられんだろう?」

「代えられるさ。子どもの成長を日々見守るという事は、とても素晴らしい事だって、わかるんだ。金と名誉じゃ、それは得られない」

「そんなもんかねぇ?」


 ジェラールは「もったいない」と呟いて、肩をすくめた。

 しかし、ブレイクはそれでいいのだ。もう自分はトリガーを引く事はないだろう。今、自分が握るのは古臭いチョークであり、テキストなのだ。


「また飲みにいこう、それじゃ」

「あぁ、旨い店を見つけたんだ」


 二人は互いに手を合わせて、別れた。


***


 帰りのホームルームでブレイクは教頭から言い渡された件について、子どもたち説明をした。当然、子どもたちからはブーイングが飛んできたが、ステファニーの事、そして明日の社会見学の事について話せば彼らはぴたりと口をつぐんだ。


「みんな、イタズラはもうやめるんだ。僕も少し甘かった。それが、今回の事態を引き起こした。だから、校庭の整地はもちろん僕も手伝う。君たちだけにやらせるつもりはない。とにかく、明日は社会見学だ。ここでふざけてイタズラなんかしたら、もう僕でも君たちを庇いきれないからな!」


 その言葉を締めくくりにして、ブレイクは教室を後にした。

 残りの業務自体も殆ど片付けてある。なにより、明日の為に今日は早く帰らないといけない。

 それは他の教師たちも同じだし、子どもたちも同じだった。

 ブレイクは手早く荷物をまとめると、職員室をあとにする。


「あ、ステファニー先生……」


 その途中で、ステファニーと鉢合わせした。彼女は、ジャージ姿だった。スーツが汚れたからである。

 彼女は冷ややかな視線を向けながらも「どうも」と短く会釈した。


「先生、本当にすみませんでした。言葉で謝って済むことじゃないのはわかっているのですが……」


 ブレイクは何度目かになる謝罪を口にしたが、ステファニーはツンとした態度で通り過ぎていく。筋肉質で、身長も高いブレイクと小柄でスリムなステファニーの体格差は歴然としているはずなのに、その時だけはなぜかブレイクが小さく見えた。

 ステファニーはブレイクと距離を取ると、くるりと振り向く。視線は、冷たかった。


「私、ブレイク先生はもう少し真面目な先生だと思っていましたが、違ったみたいですね。子どもたちに、あんな、低俗な事を許しているなんて……!」

「い、いえ、許していたわけでは……」

「やめさせていないなら、それは許してるも同じ事です! そりゃ、厳しくしつければいいってもんでもないでしょうけど、それにしたって先生は甘すぎます!」


 ブレイクは言い返す事が出来ない。正論だからだ。


「それに、社会見学だって。なぜ、アーミーズなんですか? 展示会とはいえ、あれは戦争の道具ですよ? そんなものを子どもたちに見せるなんて」

「そ、そりゃ戦争に使われた古い機体もありますが、それだけじゃありませんよ。作業用、競技用、様々なアーミーズがあるんです。それに、普段は見られないものですし、子どもたちも興味があります」

「えぇ、えぇ、そうでしょう。私だって、今更場所を変えろなんて言いませんわ。ですけど、それなら技術ショーとか、いろいろあったじゃないですか」

「せ、先生?」

「何故、そんな、軍事的なものを……!」

「お、落ち着いてください先生!」


 どういうわけかステファニーは頭に血が昇っていた。

 ブレイクはとりなすようにほんの少しだけ大きな声を出す。すると、ステファニーはハッとなり、深呼吸をした。


「……すみません。少し、言いすぎました」

「いえ、構いません。今回の社会見学の内容に、僕の趣味が混ざってるのは、まぁ周知の事実ですから……」

「いえ、いいんです。ごめんなさい。あそこまでいうつもりはなかったんです。ごめんなさい」


 ステファニーは二回、ごめんないと言ってそそくさと去っていった。

 ぽつんと取り残されたブレイクはばつが悪そうに頭をかいた。


「軍嫌いってのは本当なんだな」


 ステファニーには有名な話があった。それは彼女自身も公言してることだが、軍隊的なものが嫌いというものだ。なぜ、というのは知らない。彼女のプライバシーに関わることだ。

 噂に詳しいジェラールは「軍人家系なんだとさ」と言っていたが、どこまでは本当かはわからない。ブレイクも深くは追及することはなかった。


「趣味、か」


 ブレイクも帰路につくべく、駐車場に向かった。

 愛車に乗り込み、エンジンをかけ、学校を出る。公道に出て、暫くすると数台のパトカーとそれに追従するように三メートル程の大きさのマシンを見かけた。警察に配備されたポリス・モービルだ。パトカーに手足をつけたようなデザインで、かなり小さい。


「あんなポンコツがまだ動いてるんだから」


 市街地での活動と犯罪抑止の観点からそのような小型機となっている。市街犯罪に対しては少々過剰な装備ではないかという指摘もあるが、おおむね大型重機程度の認識で一定の理解は進んでいるマシンだった。

 このポリス・モービルも言ってしまえば元は軍事兵器からの転用である。というよりは最初期のそれこそアーミーズという概念ができる前から開発が進められていたものだ。その時はただの工兵用のものだったのを、警察用に転用したのである。爆弾を運んでいた小さな巨人が今では市民を守る盾を抱えているのだ。


「……未練だよなぁ」


 そのような知識が延々とブレイクの脳裏をかすめていた。いつも、こうだ。

 マシンを見れば、好むと好まざる関係なくその機体特性を推察してしまう。これは軍にいた頃の癖だ。趣味の範疇では収まらない職業病でもあった。

 車を進めていくと今度はビルの建設作業を進めているマシンを発見する。ずんぐりとした体形に複数の作業用アームを持った工業用のワーク・モービルだ。

 一台で数台の重機の動きができると評判だが、当然操作性は難しい。これを使えるだけで業界ではエリート扱いだと聞く。が、近年ではやはり用途に応じたマシン個別に作った方が良いのではという事で、徐々にその生産台数が減っていた。


「目につく度に追ってしまう。いかん、いかん。俺は教師だ。夢だったんだ」


 ブレイクは頭を振って、雑念を払った。

 しかし、一度こびりついた概念は根強い。ブレイクはいつしか過去の自分に思いをはせていた。

 そう、軍にいた頃の自分、あの時の自分は確かに輝いていたかもしれない。数々の戦場を駆け抜け、勲章も貰った。アサルト・ブレイクなんて異名も貰ったことがあったっけか。

 十数年も前の話だが、今でも鮮明に思い出せる。あの頃の世界は、第三次世界大戦が勃発するのではないかと噂された混沌の時代だった。そんな中で、愛国心にあふれる父は自分を軍人にしようとした、そして自分も教師という夢を抱きながらも若気の至り故の正義感に煽られて、入隊したのだ。

 だが、もうそんな時代は過ぎた。世界は一応の平和を維持している。そうだ。それは、間違いなく自分たちが作り出したものだ。


「今の俺は、ブレイク先生だ。そしてアーミーズが気になるのは趣味、そうなんだ。あぁ、そうなんだよ、ブレイク」


 まるで言い訳だった。

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