第3話 悲劇の将軍

「まず、私は……この場をお借りして、散っていった部下たちに黙祷を捧げたい」


 若き将校ルーファス・フィッツナルド大佐は、自身を取り囲む無数のカメラを前にしながら、静かに瞳を閉じた。記者会見の場はそんなルーファスの姿勢に感化されたように静まり返り、集まった記者たちも黙祷を捧げた。

 時間にして二分。短いものだったが、その間、ルーファスは無言で、しかしその瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「今回の出来事は、我がアメリカ機械化部隊の歴史の中でも最悪の悲劇だと言えます」


 着席したルーファスは涙をぬぐう事なく、語りだす。それと同時にカメラのフラッシュがまばらにたかれる。


「スクランブル要請を受けた我がハウリング部隊は迅速に現場へと急行しました。その際の装備は、お手元の資料に添付された通りでございます。本来であれば、重要機密にも値するものですが、私は、真実を知っていただきたく、あえて皆さまにお見せした次第であります」


 ルーファスは集まった記者たちにも配った冊子を片手にとって見せた。淡々とまとめられたレポート用紙の束。そこには作戦概要や装備の詳細が記されており、最高司令部からの判子も押されていた。つまり、これは正式な書類だという事だ。

 流石にいくつかの文章は黒く塗りつぶされているが、内容としては記者たちが知りたい情報の殆どがあった。


「既に、皆さまは御存じでしょう。先日、モニュメントバレー・エネルギープラントが謎の武装集団に占拠され、そして自爆テロという形で終わったことを。我が部隊は、占拠されたプラントの奪還、及び従業員の救出の為に出撃しましたが、結果は自爆に巻き込まれ、全機ロストとなりました。部隊には配属されたばかりの新兵もおりました……優秀な、士官でありました」


 ルーファスの背後にはスクリーンが表示されており、そこには作戦に参加したパイロットたちの顔写真が次々と公開されていく。


「しかし、私は、この事件は事前に防げたものだと思っています。なぜなら、私は常々提言していた。各エネルギープラントの防衛を充実させるべきであると。また各主要基地や駐屯所の連携を密にするべきであり、同時に配備される戦力の充実を図るべきであると」


 悔し涙を流しながら、ルーファスはテーブルを叩く。


「私が、周囲からどのような男と呼ばれているのか、それは理解しています。戦争扶助、過激派……えぇ、そのような言葉はまさしく私を表現するにふさわしいでしょう」


 彼は常々戦備拡張を訴えていた男である。しかし、現実としては世界は軍備縮小の波に押されていた。もはや大規模な戦争は起きない、起こしてはならない。そのような意志の元、国連による議決などを経て、世界各国はその戦力を徐々に減らしていた。

 だが、それを危険だと訴えたのがルーファスを含めた反対派であった。


「ですが、私は、真にアメリカの平和を訴えていると自覚しています。自負しています。そも、今回の事件も、我が部隊はスクランブルから三時間もかかりました。三時間です。緊急を要する場合、三時間も手続きにかかっていては、敵に余裕を与える事になります。三時間です、これだけの時間があれば、我々の国の主要都市に長距離ミサイルをばらまく事なんて簡単なのです」

「しかし、テロリストにそのような高性能なミサイルがあるとは思えません」


 記者の一人が思わず質問を投げかけた。ルーファスの説明は確かに、極端なものだった。

 ルーファスはその記者と目線を合わせて、小さく頷いてから、答えた。


「そうとは言い切れません。例えば今回のプラント占拠においても、事前に確認された情報では十五機のアーミーズが発見されています。いずれも旧式ですが、アーミーズです。そして、アーミーズを含めて現存する機動兵器のミサイルの射程距離は短いものでも約十五キロです。それらが一発でも都市部に落ちてしまえば、どのようなことになるか、想像できるのではないですか?」


 彼はあえて細かな兵装の説明は省いた。ただ脅威であるという点だけをまとめたのだ。


「それを運用しているという事は、テロリストどもにはそれだけの整備を行える設備、もしくは協力者がいるという事になります」

「それはつまり、テロの脅威は未だくすぶっているという事でしょうか?」

「私は以前からそのように伝えてきたつもりです。そして、我が部隊はいずれ起こるであろう惨事に対して常に注意を払ってきました」


 いつか、その会見の場はルーファスの独壇場となっていた。戦死した部下たちの追悼の為のものではなく、失態を犯した若手将校が言い訳の場として用意した場所、というのが記者たちの本心であった。

 しかし、ルーファスは若い言葉に勢いをそのままにまくしたてた。そこには軍の大佐という地位も手助けしていた。


「日夜訓練に明け暮れていましたし、日々、新型のアーミーズを受理できるようにと、働きかけもしていました。そのやり取りの中には、あなた方の期待する多少の不正があったことも認めましょう。ですが、今はそれを謝罪している時ではないのです。高々私の越権行為とアメリカ国民の命、どちらが重要かと言われれば、あなた方でもわかるでしょう? しかし、現実として、我が部隊は全滅しました。新型の機体を運用していたのにも関わらずです。皆様方の中には、新型を運用しているのにこの体たらくはなんだと憤りを感じるものもいるでしょう。ですが、いくら最新鋭のマシーンを駆ろうとも、戦いとは前線の兵士だけで賄えるものではありません。一つの作戦において、バックアップ及び情報共有は重要なのです」


 ルーファスは疲れを知らない。演説となったルーファスの言葉は正義感に燃えている。その空気が記者たちにも伝染していくのは国柄というものかもしれなかった。


「今回、プラントに十五機の敵がいるとわかったのは、我が部隊が直前に送ってきたデータから判明したものです。それまでは、一体どれだけの規模の敵がいるのか、それすら不明でした。わかりますか? 一切が不明の敵に立ち向かう恐ろしさが。それに、皆さま、不思議だと思いませんか? テロリストたちは、なぜ十五機ものアーミーズをモニュメントバレーに潜入させたのか。空軍、海軍の巡視は何をしていたのか」


 どよめきが会場を包む。

 そうだ。なぜ、そんな大部隊がいたのに誰も気が付かなかったのか。記者たちは互いに顔を見合わせて、囁き合う。


「軍が弱体化しているとは聞いていたが、まさかそこまでだったのか?」

「いや、ありえない。十五機ってのも誤報じゃないのか?」

「しかし、現にテロリストどもは侵入していた。数は問題じゃない」

「それ以前に、テロリストはなぜプラントを爆破したんだ」


 様々な憶測が飛び交う。


「皆さん!」


 それを静めるように、ルーファスはマイクに向かって叫んだ。

 記者たちは一斉に彼を注目する。


「もうおわかりでしょう。世界の危機は、依然として消えていません。確かに、我々は国家間の大規模な戦争を二度と繰り返さないと誓ったでしょう。ですが、それを認められない愚かな存在もまたいるのです。そして彼らはまんまと我が国内に侵入し、自爆テロを行った! その意味、意図とはなにか! 挑発であり、宣戦布告なのです! 平和を食い破ろうとする邪悪なテロリストたちは、聖書にしるされた悪魔の如く、地の底で牙を研ぎ、我々を狙っていたのです! いつ皆さまの寝首がかかれるのか、いつ皆さまの子どもの頭上にミサイルが落ちてくるか、世界は未だ平和ではないのです! 軍縮結構、ですが、今ある脅威を前にして、そのような夢物語を語るのはよしていただきたいのです!」


 自爆テロ、国内での凶行、姿の見えないテロリストという恐怖。ルーファスの言葉はただその要点だけを説明するものだったが、それが逆に世論へストレートに伝わることになる。

 彼はただ警鐘を鳴らしただけだ。敵は近くにいる。武器を取れ。そのような言葉は確かに戦意と憎しみを煽るものだった。

 しかしながら、ルーファスは、「子どもたちが銃を持たなくてもよい社会にする為に、今だけ、武器を持つ罪をお許しください」と、神に誓うかのような言葉で会見を締めくくった。

 たったその一言で、ルーファスはただの過激派ではないという印象を、わずかにでも植え込む事に成功していた。


***


 会見、否、演説を終えたルーファスは専用のタクシーでひとまずの住居として活用しているホテルに戻った。その最上階のプライベートルームに顔パスで入れるのは、そのホテル自体がルーファスのポケットマネーによる援助があるからだ。

 このあたりは、高官であれば多くのものが行っている道楽のようなものだ。

 当初、ルーファスはその手の事を嫌ってはいたが、冷静に考えてみれば、自分だけの空間というものを作れるのであれば、それはそれで有意義な金の使い道だとも思ったのだ。


「二時間は誰も通すな」


 ボーイにチップを渡したルーファスはプライベートルームに入るなり、上着を投げ捨て、冷蔵庫からビールを取り出し、呷った。喋りすぎて、からからだった喉に心地よい炭酸の刺激が染みわたる。

 半分ほど飲み終え、息継ぎをしよと口を離したのと同時に備え付けの電話が鳴った。


「私だ」

『大佐、なんです、あの演説。ちょっと芝居ががってませんか?』


 受話器の向こうから聞こえてくる声に、ルーファスは苦笑した。


『でも、あの涙は良い演出でしたな。確か、ハイスクールでは演劇部だったとか?』

「あぁ、大したものだろう? 俳優業でも食っていけると思ったぐらいだ」


 涙を流すのはちょっとしたコツがいる。練習すれば誰でもできるのだが、問題はその涙にあった表情を作る事だ。これが難しい。

 しかしルーファスはその表情すらもきちんと作りこめたと自負していた。


『はっはっは! 違いありません。退役なさったあとの心配はないと見ました』

「退役? 冗談ではない。軍人は私の本分だよ。それより、改装はどうだ?」

『問題なく、今日には終わります。外装を変えるだけですからね。ただ、関節周りは無理です。これを弄ると、動けなくなりますからね』

「そうか、最新型というのも考えようだな。だが、まぁいい。人間とは不思議なもので、見た目が違えば、勝手に脳が別のものだと認識する」


 プライベートルームの電話はまず盗聴されることはないし、記録に残ることもない。この会話が外に漏れる心配はまずもってない。仮に、何らかの方法でこの電話回線を調べられたとしても、繋がっているのは実家の電話という事になっている。


『それは、大佐。あなたの演説にも同じ事が言えますな。正直、あの演説は過激も過激でしたよ。しかし、最後に子どもをダシに使う事で、正当性を見出す。あとは聞いた連中があーだこーだと推測と憶測を立てればいいだけだ』

「社会とは耳障りの良い言葉だけを抽出するものだ。ただひたすらに武器を取れと言っても耳を貸さぬが、この国は正義の為だといえば、喜んで核ミサイルも撃つだろう」

『違いありません』

「だからこそ、正義の英雄の言葉は誰よりも、何よりも重い。これは大統領の言葉よりも、民衆の心をつかむ。そして、英雄の誕生には悪が必要だ。明確な、邪悪で、醜悪な敵がな」

『全く、嫌になりますよ。その為に、俺たちは死んだことにされちまった』


 電話相手の男は口ではそう言っているが、笑い声が混ざっていた。


「フン、戦争中毒者が何を言う」

『それはあんただって同じだろう、大佐。あんたの英雄願望にゃ俺たちも肝を冷やす。こんなことまでやるんだからな』

「だが、そのおかげで君たちは再び闘争を始められる。正義の名の下、大義の戦争だ。しかし、楽しみというものは苦労の先にあるものだ。今回の作戦は、その投資だよ。ゼオール中佐」


 その瞬間、受話器から乾いた声が木霊した。


『ははは! 中佐、俺が中佐か! 二階級特進とはおめでたい。万年大尉だと思っていましたからね!』

「フン、君とって階級など、鎖にもならんだろうに」

『まぁ、そうですがね。それに、事が終われば意味がなくなる。それより大佐、場所は決めたんですか?』

「あぁ」


 ルーファスは地図を広げた。それはボストン市内の地図だった。

 シャツからペンを取り出したルーファスは地図に大きく二つの点を付け、それを一つの線で結んだ。


「作戦開始地点はジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン空港。ここから始める。そして一直線に進み……」


 トントンとルーファスはゴール地点をつついた。

 そこに記されているのは小学校であった。


「ウィット・ビークス小学校、ここを中心に街を占拠してくれ」



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