お祝いの言葉

入籍したその日、私達は誰にも報告をせずに真っ先にM市に向かった。


一樹が「智君に一番に報告したい!」と言うものだから…

その智君に、昨日相談していた私。もう昨日の出来事なんだ。


智君のお店に着くと、ポツリポツリお客様が居たので報告はさておき…


『ねぇ智君!カシスウーロン!』

「はいはい。一樹君は?」

「俺は生で」


各々のアルコールがテーブルに置かれて、それに口づける。

お酒は、いつ呑んでも美味しい。毎日呑んでるはずなのに…飽きることがない。


ボックス席、私の左隣に座る智君。

「美咲ちゃん、また痩せた?」

『えっ、また?それは無いって!』

「心労?」

そう言ったときの智君は、一瞬ニヤついていた。もう!いたずらっ子なんだから…。


『そんなのありません!』

「そっかそっか」

頼むから余計なことは言わないでくれと心で願う。


そんなこんなで、ここに来て二時間は経過しただろうか?

店内は奥のボックス席に三名のお客様と私達だけだ。


「どうする?そろそろ言うか?」と耳打ちしてくる一樹。

『うん。良いんじゃないの?』


すると…一樹は、先ほど入籍する前に印刷した婚姻届をテーブルの上に出した。

何故印刷したかって?婚姻届を持って智君と三人で撮影した写真を結婚式のスライドショーで流すからだ。


「智君!」

「はいはい。何か他の呑む?」なんて言いながら、私達の席へ再び現れた。


『せーの!』と言う私の掛け声で、一樹は婚姻届のコピーを智君に見せた。


智君は…と言うと…

「えっ!?何!?入籍するの?」と、少し大袈裟に声を上げた。茶番ともとれる演技をさせてごめんなさい。智君。


「入籍するの?じゃなくて、した!今日!」


「今日!?嘘でしょ?」

これは智君も知らなかったのか、本気で驚いている様子。


『嘘じゃないよ。本当。夫婦になったわ』

「まぢか…!おめでとう!うわっ、まぢでビックリしてる」


まさかだよね…私が昨日あれだけ悩んでいたのを知っているだろうし、そこからの突然の入籍だもん。


「どうしても智君の先に報告したくて!実は親にもまだ話してません」

「なんで一番が俺なわけ?」


智君は笑いながら問う。


「なんでだろうな」

『なんでか、うちらもわかんないわ』

なんて、私と一樹も顔を見合わせて笑った。


「聞いて聞いて!今日、この二人入籍したらしいです!」と、奥にいる関係のないお客様に話す智君。


どうやらとても喜んでいるようだ…


「えっ!?まぢ!おめでとう!そして初めまして」

「すごーい!おめでとうございます!初めまして!」

「羨ましいなぁ!おめでとうございます!」と男性二人と女性一人は、私達に向けてお祝いの言葉をくれた。


初対面だと言うのに、親切な方々だ。

いつもなら、初対面の人に馴れ馴れしくされるのは嫌なものだけども。今日は何だかとても嬉しい。


「ありがとうございます」

『ありがとうございます』


「っか、今日新婚初夜でしょ?なんでこんな店に来てるの?他に行くところあったでしょ?」と、冗談をぶっこむ三人の内の1人。


「こんなって何だよ!」と鋭いツッコミを入れる智君。

「いや、どうしても智君に真っ先に報告したくて」

「良い子達だね~!そんな幸せな二人にウェディングソング歌います!」と、女性が急に立ち上がった。


いつの間にかデンモクを操作して曲を入れていたらしい。

2017年に引退を発表した有名アーティストのウェディングソングが流れる。


歌っている女性は、とても歌が上手な方で聞き入っていた。私、今幸せ。


それが終わると智君と一樹と私で婚姻届を持っての写真。


「この写メ、まるで美咲と智君が結婚したみたいじゃね?」と言って写メを見せてくる一樹。


『まぢだ!面白いね!』

「これ、智君と美咲のところだけ切り抜いてさとちゃんに“美咲取られちゃった~”って悪戯LINEしたら面白くね?」

『さすがに騙されないっしょ!聡美は、そこまで抜けてないよ?』


…なんて冗談を言っていると、一樹はガチで聡美にLINEを入れていた。

全く、こんな時まで一樹はいたずらっ子なんだから。なんて思ったけども、私はそういう一樹だから好きになったんだろうなぁ。


案の定、聡美はすぐに嘘だと気づいて私に〈みーちゃんおめでとう!〉とLINEを送ってきた。



「結婚式は挙げるの?」と智君。

『一応、披露宴だけね。パーティーっぽくしようと思っているんだよ』

「へぇ~」

「へぇ~じゃなくて、智君は強制参加でスピーチね」


そうそう。いつか私達が入籍して、結婚式を挙げることになったらスピーチは絶対に智君にお願いするって決めていたんだ。


「会社の人とか呼ばないの?」

『ないない!うちらは友達と親族だけだよ。ね?一樹』

「会社の人呼ぶと疲れそうだから、そういう方向にしたんだよ」

「そうなんだ!それならスピーチやっても良いよ」


案外あっさりと了承をもらえたので、私達は顔を見合わせて“やったね!”と言う気持ちを目で合図を送り合った。


入籍が終わったら、次は結婚式の準備か…

今から忙しくなるのかな。

お金もかかるだろうし、またお仕事頑張ろう。



【“誕生日おめでとう”“卒業おめでとう”

“成人おめでとう”“優勝おめでとう”

何かお祝い事があれば人は“おめでとう”と言う言葉を真っ先に送る。

私だって“おめでとう”と言う言葉は今までにたくさん頂いた。

けど“入籍おめでとう”そう言われるのは、人生で初めての経験なもので。今までとは、少しだけ違った。良い意味で違和感を感じたし責任を感じた】


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る