第17話 ラノベ作家の許容量と、ヅカ熱

 聖マルミーガ竜殿を後にして、日本人街へと戻る。時間は、夕方と呼ぶにはまだ早い。

 ユウリが言うには、その道中、わたしは様子がおかしかったらしい。

 地に足が付いていないような感じで、ただ、ぼけーっとしていて、ユウリが話しかけても、上の空だったそうだ。

 しばらく歩くと、大通りに面した広場に出た。噴水があって、その周りで子供たちが無邪気に遊んでいる。わたしは、突然頭を掻きむしり、

「んんんんー―――っ!しゃべる?しゃべるかあ?ドラゴンが?やっぱ異世界だなあ!!」

と、大きな声を出して、ユウリを驚かせてしまった。

「ダメだ、うん、やっぱダメだ、ダメダメ!いくら考えても埒が明かない。無理!むーり!ぼくのキャパを超えました!」

「あの……、どうしたんでしょうか?」

「イトゥーカさんの話を聞いて、いくつかの、仮説を考えてみたけれど、どうにもこうにも。やっぱり、キューブを作った本人に色々聞かないと、この異世界の根本が分かんない!」

「はあ」

「もしかすると、ぼくたち人間が、長い間追い求めてきた答えすら、そこにあるかも知れない……!」

「何ですか、それ?」

「いや、ごめん、だからぼくの頭の許容を超えました。上手く言葉にできない。やめやめ!ぼくの頭の出来じゃ付いて行けません!考えんのストーップ!」

 ぽかんとするユウリをよそに、ぼくは再び歩き出す。

 そう。無理。

 考えても、答えは出ないのだ。ならばいったん思考を停止してしまえ。無理なことはしない。それが一番。

 大体、今までぼくなどよりずっと素晴らしい頭脳を持った人たちが、この異世界について考えてきたのに、その答えが見つかっていないのだから、どんなに背伸びをしたところで、わたし如きに分かるわけがない。ここは、あれだ。原点に戻ろう。

 普通に旅をしよう。珍しいものを見聞きして、素直に、異世界ってすげー!と感動することにしよう。そうしよう、そうしよう。きーめた!


 コンビニで、サンドウィッチなどを買い、道端に店を出しているマヤの元へと向かった。

 マヤは昨日と同じ場所で、商品を並べて商売をしていた。わたしに気付くと、ぺこりと頭を下げる。コンビニの袋を見せて、

「これ、差し入れ。食べて。どう?売れてる?」

と、言った。

「ありがとうさまです。正直、あんまり買ってってはけねね。今日は父が彫った置物が一個売れただけです……」

 マヤが、少ししょんぼりして言った。竜や鳥を型どった置物が淋しく並ぶ。

 竜や鳥たちの表情も味があって良いと思うのだが、ぽんぽん売れる物でもないか。

 マヤの話によると、村では養蚕もしており、生産した糸はなかなかの高値で売れるらしいが、マヤのうちでは規模が小さく、それほど儲かってはいないらしい。

 その為、糸を編んで紐を作ったり、木彫りの置物を作ったりして、少しでも現金収入を増やそうと売り歩くものの、雀の涙だそうだ。

「紅花は?作ってるんだよね。染料として売れないの?」

「思うほど売れないんですよね」

「そうなんだ。綺麗なのにね」

 わたしは、紅花で染められた布を手にした。日本では昔、紅花は高級染料だった。と、いうことはデューワでも販路さえ確立できれば、商売になるような気はするのだが。

「これ、絹でしょ?」

「んだっす」

「やっぱり、問屋さんとかに買ってもらった方が良いのかなあ」

「うち、――っていうか、村には王都の問屋さんにはつてが無いもんで……」

「こっちの編んだ紐だって、できは良いと思うんだよねえ」

 ただ、これをこの日本街で求めている者がどれくらいいるか、という話になる。欲しいと思う者がいなければ、どんなに品質が良くても売れないし価値も上がらない。

 わたしは、スマホを出して、検索を始めた。

「あのさあ、こういうの作ってみたらどうかなあ」

 わたしは、手作りのブレスレッドの画像を見せた。女性が趣味で作ったという布切れを編んで作った手作りのブレスレッドである。

「何だべ?うわ、何ですかこれ!日本の人はこんな不思議な魔法が使えるんだか?」

「魔法じゃないんだけど、まあいいや。これ、女の人がね、手首に着ける飾りなんだけど、こんなに綺麗に紐が作れるなら、こういうのも作れるでしょ?」

「ははあ……、成程、ええ。はい、多分」

 マヤは、画像に釘付けになっている。さらにわたしは、

「あと、これ」

と、スマホケースに付けたストラップを見せた。わたしのストラップは、手作りの木彫りのフクロウなのだ。以前旅先の土産物屋で買った。

「こんな感じのを作ってみるっていうのはどうだろね」

「これ、とり?フクロウだべか」

「うん。フクロウだけじゃなくて、ドラゴンでもいいよ。ただ、可愛い感じで作って、紐をくっつけるのさ。そうすると、これ、スマートフォンっていうんだけど、これにくっ付けたり、カバンにくっ付けたりできるでしょ?お土産には手頃なんじゃないべか?」

「成程お……」

 マヤが、今度はストラップをまじまじ見つめる。わたしは、スマホからストラップを取り外してマヤに渡した。

「あげる」

「いいんですか?」

「うん。そんなに高いもんじゃなかったし。あとは、絹糸や紅花なんかの販売ルートの確立だねえ……」

「ジョーガバーズの問屋さんには卸してるんですけど、あまり高く買ってもらえないんだっす」

「そうなの?」

 わたしは、もう一度、紅花で染められた布や紐を見てみる。

「何でかなあ……」

「わたしの村は、領主さまの後押しがないんだっす……」

「はい?」

 マヤの話では、その土地を治めている領主が、強い力を持っていた場合、問屋なども優先してその権力者の領地で取れたものを高く買ってくれるのだという。美味しい商売をしたければ、権力者の力を借りるのが一番手っ取り早いというのは、こちらの世界もどうやら同じのようだ。世知辛い。では、マヤの住む村の領主は――。

「誰が、領主さまなんだべ?わたし、会ったことないから分かんないんだっす」

「は?村長さんなら分かるでしょ。そこは村長さんに言って、領主さんに動いてくださいって頼んでもらうとか」

「でも、無理を聞いてもらって、今度は税金が高くなっても……」

 なに?税金はその土地の領主の匙加減なのか?そうなってくると、下手に領主を刺激したくないという気持ちも分かる。

「税金高いの?」

「よそと比べても、高いとは思わねんだけども、わたしの村は小さくて、うちはその中でもさらに小っちゃくて、売れる物もあんまり作れなくて、税を払っちゃうと、お金、残んないんですよ」

 生産力が低いのが致命的か。これは厳しい。

 

 日が傾き始めたのでマヤとともに、滞在しているお屋敷に戻ると、ちょうど春風はるかぜとちまりが帰って来たところだった。

「――何で泣いてんだ、お前」

 ちまりが、目から涙をぼろぼろ流して泣いていたのだった。

「何だ?腹でも減ったのか?それとも、また男に捨てられたか」

「ちがいましゅよ!……、ひくっ、うぐっ!」

「せっかくの面白い顔が、台無しだぞ?」

「面白い顔ってなんでしゅか!これは、感動して泣いてるんでしゅ!」

 今日、ちまりは春風、リリミアとともに、デューワで大人気のチャチャークル歌劇団の舞台を観劇してきたのだ。

「舞台観終わってから、ずっとこうなんだず」

 春風もあきれ顔だった。その隣のリリミアも、少し瞼が腫れている。良かったのか?と尋ねたところ、しっかりと頷いた。だが、一番目が赤かったのは、誰あろう、いかつい顔のヴァンドルフであった。

「ぐすっ!ふぇぐっ……!も、申し訳ない……!ぐすっ!」

「よかったですよねえ、ヴァンさん、あの、最後の口づけ、涙が、涙があああ……!」

「おうううううううっ!」

 ヴァンさん?どうやら、今日一日で大分距離が縮まったようで何よりだ。

 四人が観てきた、チャチャ―クル歌劇団が見せる演劇は、割と新しいジャンルらしい。堅苦しい古典文学のようなテーマではなく、老若男女誰にでも楽しめるエンターテイメント性を重視してはいる。特に、王都の女性ファンの心を鷲づかみにしており、日本で一番有名なあの女性ばかりの歌劇団のようである。もっとも、こちらのデューワの歌劇団は女性だけでなく、男性も舞台に上がる。

 今までの人生、武芸一筋だったヴァンドルフは、演劇を今まで観たことは無く、初体験で、どツボにはまったようだ。

 実を言うと、『白き姫君と剣の少年』の上映会後、わたしは赤くなったヴァンドルフの目をしっかり見た。わたしの作品で、涙を流すのだ。ストーリー次第では、氾濫した川のようにどばどば涙を流すだろうと踏んでいたが、睨んだ通りだった。

「見てください!舞台終了後に、楽屋に挨拶に行って、撮らせてもらったんですよ、この写真!チノンさま、チノンさまですよ!」

 スマホの画像を見せて、ちまりが興奮をわたしに伝えようと必死だった。ちまりの隣に、白い歯をきらりと光らせた男装の美しい女性が写っている。歌劇団のスター、チノンである。これならばちまりのヅカ心をがっつりつかんで当然の、整った顔立ち。これなら日本の歌劇団でもトップスターになれるかも知れない、と思った。

 ちまりたちが観てきた作品『おてんば姫バラの剣士』は、男装の麗人ミオーナが、弱きを助け強きをくじく、勧善懲悪の物語である。

 ミオーナは、さる王族の御令嬢であるが、剣を愛し、日々鍛錬を積んでいた。そんな時、ミオーナは悪徳豪商が違法かつ卑劣な手段で私腹を肥やし、庶民を泣かせていることを知る。金の力で、有力者たちを丸め込み、誰もその悪事を正せない。ミオーナは正体を隠し『バラの剣士』となり正義の剣を振るうことになる。

「でも、でも、ミオーナさまは愛してはいけない人を愛してしまうのですよう!!」

 そう。彼女は、悪の権化、悪徳商人バニニの一人息子マルフィーノと出会い、お互い正体を知らぬままひかれ合ってしまうのだ。

「悲恋!悲恋のでしゅ!!」

 鼻水をたらし、涙で腫れた目でちまりは言う。

 悪を討つため剣を振るうミオーナ。そのミオーナと敵対する立場のマルフィーノ。だが、マルフィーノは心優しき青年であった。マルフィーノはピンチに陥ったバラの剣士を助け、その正体を知ってしまう。マルフィーノ青年は、愛するミオーナと父バニニの間で板挟みになる。

「でも、でもマルフィーノは……、愛に命をささげるのです!」

 父が、バラの剣士を罠に掛けようとしていることを知ったマルフィーノは、ミオーナを救うため、駆け付ける。そして、父が放った矢から、愛する人をかばい、倒れるのだ。

 絶命する寸前、マルフィーノはミオーナに愛の言葉を伝え、ミオーナはそれに応えて彼の唇に自分の唇をそっと合わせる。

 目の前で、愛する我が子を失ったバニニは、それでもなおミオーナに牙をむく。ミオーナは愛する人を失った悲しみと、バニニに対する怒りを込めて、襲い来る敵たちに向かって究極爆裂魔法をぶっ放すのだった。

 剣士を名乗る者の最終必殺技が全てを吹っ飛ばす大魔法で良いのか?という疑問はさておき、全てを吹っ飛ばしたミオーナは、悲しみを胸にしまい、これからも王都で苦しむ人々のために戦い続けることを誓うのであった。

「く……、それこそ剣士の鑑!」

 よほど心に突き刺さる感動を覚えたのか、ヴァンドルフはちまりとともに、その日一日ずっと涙で目を濡らし続けるのだった。

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