第15話 異世界だけど、コンビニと笹巻
食事が終わり、我々は、回転寿司店を後にして、近所にあるコンビニに向かって歩いていた。
自分が住む館の使用人たちに何か買って帰りたいという、ティオの希望である。
お姫さまが、自分に仕える者たちに、買って与える物がコンビニの商品で良いのか?と思ったが、デューワの人たちにとっては、それでも滅多にお目にかかれない物ばかり。充分に喜ばれるのだそうだ。コンビニでいいものが見つからなければ、すぐ側にはショッピングセンターもある。
日本街には、コンビニ以外にも様々な種類の店が立ち並び、セレブな者をターゲットにした店も多い。しかしコンビニやショッピングセンターなど、庶民やデューワで働く日本人のための店には、それとはまた別の魅力があるようで、貴族が冷えたビールを買いにきたり、ご婦人が、こっそりスイーツを買っていったり、意外な人気スポットとなっている。
「ファミレスまであるよ、兄ちゃん!」
「ファミレス?」
「最近ご無沙汰ですけど、あそこのハンバーグセットは、反則的なくらい美味しいっすよねえ」
「いや、カレーだ、カレー!」
「先輩はカレーしか食べないじゃないすか」
「ちっちっち、お二人さん、エビフライを忘れてもらっちゃ困るぜ」
わたしたちがファミレス話で盛り上がっていると、ティオがアルアに言った。
「アルアは、行ったこと、ある?」
「え?ファミレスですか?え、ええ」
ティオが、何か言いたげな目で、じーっとアルアに無言のアピール。これに抗う術を、アルアは持ち合わせていないと見え、すぐに白旗を上げる。
「わ、分かりました。次の機会にお連れ致します……」
「約束よ?」
アルアから、ファミレス行きの確約を取ったティオはご機嫌の様子だった。そんなティオの前で、ちまりが叫ぶ。
「先輩!あっち!ラーメン屋がありますよ!」
「ああ!『じゃじゃ馬や』か!あの店、山形にも無いぞ?」
ちまりが見つけたのはこれまた有名なラーメン店。すぐさまティオがアルアを見る。すぐにアルアは観念し、
「かしこまりました。次の次の機会に……」
と、言うのだった。
やって来たコンビニは、全く普通の、わたしたちからすれば珍しくも何ともない店だったが、ただ一つ、わたしたちが知るコンビニと違うのは、入り口脇の看板で、そこには、
『店内への武器等危険物の持ち込みお断り。顔が隠れる兜を着用しての入店お断り』
と書いてあった。その為、剣を腰に提げているリリミアとヴァンガルフは、外で待機である。
ティオはうきうきしながら棚の商品を見て回った。後ろに、籠を持ったアルアが続く。
「パンが、一つ一つ、袋に入っているのね!この、ぐるぐるした巻貝みたいなパンは何かしら?こっちは、パスタが挟まっているの?」
ティオが、チョココロネや、焼きそばパンをまじまじ見ながら言う。滅多に城の外に出ることの無い、お姫さまであるティオにとって、コンビニは不思議がいっぱい詰まった店であるに違いない。
「兄ちゃん、スポーツ新聞まである!」
「マジで?」
「新聞類は、完全に日本人の為の物です」
石田が言う。彼も、コンビニで新聞を買うのだと言う。一応、日本全体のニュースを、ざっと押さえておくためにも、新聞の購読は必須だ。しかし、異世界でまさかスポーツ紙を見るとは思っていなかった。わたしは、ボクシングや格闘技が好きなので、スポーツ紙をちょくちょく買う。一部手に取り、レジのお姉さんに金を払って、その場で広げた。
「おお?俳優の高部カズキが、結婚だってよ!」
と、芸能面トップのニュースの見出しを大きめの声で告げると、ちまりが駆け寄ってきて、紙面を覗き込んだ。
高部カズキは、爽やかな顔立ちと低い声。長身で細身ながら、脱げばしっかりと鍛え上げられた肉体。そしてセクシーな所作で人気の俳優だ。去年公開された彼主演の映画『シン・ラジオ』は、機械をいじくるのが好きな男が、ある日自作のラジオで不思議な電波を受信。スピーカーから不思議な声を聴き、その不思議な声の正体が、昔人気絶頂のさなか突如として消えた、アイドルの声だと気付く。電波の発信元を探し始める男は、ようやく発信元の山の山頂にたどり着き、その電波があの世からの声だったと気付く。
「シン・ラジオの『シン』が心霊のシンだったって、ラストシーンで気付くんですよねー」
と、以前ちまりがしみじみ語っていた。そして、高部カズキにはまっていたちまりは、むかつきながら毒たっぷりの暴言を吐いた。
「はあ!?噂なんてなかったですよね!く!
いや、ババアってお前、怒られるぞ?げに恐ろしきは女の嫉妬。そして、大きくショックを受けた人がもう一人。
「高部さま……。結婚……」
よろめきながら、この世の終わりのような顔で壁に手をついてため息をつくアルア。アルアも、高部カズキにはまっていたらしい。異世界の女まで虜にした男、高部カズキ。同じ男として複雑な思いはあるが、ここはひとつ称賛を送っておくとしよう。お幸せに。
「お土産って、何が喜ばれるんだろ」
ティオの側で、商品選びを手伝う春風が言う。
「何でもいいんです。日本の物なら。皆さんが普段コンビニで買うようなものが、一番喜ばれますよ」
「そっか。あ、それ美味しいよ」
春風が教えたポテトチップをティオが手に取り、アルアが手にしている籠に入れる。
ティオが、何やら春風の耳元で、ひそひそ話している。
「兄ちゃんの好み?」
春風が大きめの声で聞き返す。ティオが、しー、しー、と慌てて口元に人差し指を当てた。
何だ?わたしの話題か?
「兄ちゃんは、足の綺麗な優しいお姉さんタイプが……」
「ちちち、違います!食べ物の好みです!こういう店では何を買うんだろうと……!」
「ああ。コンビニでね。兄ちゃんは甘党だから。こういう甘いチョコとか、あんこのパンとか。あとは、お弁当だと、よくカレーを買って食べてるね」
「カレーですか」
「カレーなんて、たまに兄ちゃん自分で鍋一杯に作って、毎日食べ続けるからねえ……」
「ご自分で?」
「
「いやあ、カレーは結構簡単に作れちゃうから。今度作ってみたら?」
「わたしですか?わたし、料理なんてしたことがありませんもの」
「まあ、そうだろね。でもほら、これ。カレーのルー。これ使えば簡単だよ」
ティオが、ルーの箱を手渡される。
「裏に作り方書いてあるし。あとは、野菜とお肉を用意すればいいだけだしね。作るのに慣れたら、アレンジして、自分流のカレーを開発するんだよ。食べたことある?」
「ええ。何度か」
「これ、買ってまいりましょうか、姫さま」
「そうね。みんなにも食べてもらいましょう。料理長作ってくれるかしら」
「ええ。材料は揃っております」
「ご飯はあるの?」
「はい。それに、こういう香辛料がふんだんに使われた料理は、こちらではなかなかお目にかかれませんし」
確かにそうかも知れない。我々の世界もヨーロッパなどではコショウなどの香辛料が高級品だった時代があるのだ。コショウは同じ重さの黄金と交換されたとか、年貢をコショウで払ったとか、そんな話を本で読んだ。デューワでコショウなどの香辛料が作りにくいのであれば、カレーのルーなど夢の商品だろう。
ふと、棚の小瓶に目がいった。見慣れたコショウの瓶である。
「これ、市場に持ってって、転売したら、金持ちになれるんじゃねえか?」
わたしがちまりに言った。
「悪知恵が働きますねえ……」
わたしは、レジに立つ店員のお姉さんにこっそり聞いてみた。店員さんは、こちらの人である。
「コショウとか、売れる?」
店員さんは、大きく頷いた。
「貴族の方が、『これは本物か!?』って、何度も確かめてから買い占めていきました。わたしも、うちにひとつ買って帰ったら、大騒ぎです。ばあちゃんが、初めて見たって涙流してました……」
やっぱり、こちらでもコショウは高級品だったか。
「関税とか、どうなってんの?」
「まだ、話し合いが始まったばかりですねえ。わたしも、あまり詳しい話は聞いてないんですよ」
と、石田。だが、デューワの方はどうかは分からないが、日本が脅威に感じるようなデユーワ産の農産物や酒などがあるかどうか。
「必要かなあ?」
「そこなんですよねえ。デューワのほとんどの生産品に関して、日本産の品の方が質が圧倒的に良いんですよねえ。日本の商品を売るにしても、ただでさえ割高な物に関税がかけられては、デューワで買う者も限られてしまいますし。だから、自由貿易に近い形でいいんじゃないかなあっと。まあ、あくまでもわたしの個人的見解ですが」
完全な自由貿易とは、いかないかも知れないが、デューワ側が大きく損をするようなことが無いよう願いたいものだ。しかし、コショウが超格安で売られているということはだ。
「――コショウを扱ってる商売人が破産するんじゃね?」
わたしが言うと、コンビニ店員が、
「ああ、そういう人は、安く買って、まだ日本の品が手に入らない遠い所に持ってって、売ってるみたいですよ。今までよりだいぶ割安で売っても、大儲け」
と笑って言った。成程。たくましい。日本の品をデューワ王国の隅々まで行き渡らせるには、不足している物がたくさんある。どの地方にどんな人が住んでいるのか、どこで、何が、どんな人たちに必要とされているのか。どこに物流の拠点を作ればよいのか。店舗はどうするのか。解決すべき問題はとにかく多い。手っ取り早くトラックに物を積んで売りに行きたくても、道が無いのではどうしようもない。その準備が整うまで、稼げるだけ稼げということだろう。
買い物が終わり、コンビニを後にして、ティオが乗って来た馬車を待たせてある停車場へ。途中、道端で商売をしている露店商に、声をかけられた。
「お兄さん、これどう?ドラゴンの角で作った、置き物!」
日本からやって来た者を相手に土産物などを売っているのだ。ドラゴンの角?ちょっと興味はあったが、ティオを送ってからと思い、断る。
停車場までもう少しという所にも、店を出している者がいた。小さな荷車の上に工芸品を並べて売っている。
「お、お客さん、どうですか……?」
小さな声で話しかけてきた露店の主は、まだあどけない小柄な少女だった。我々と、同じような顔立ちをしている。見たところ十四、五歳くらいだろうか。こんな女の子が一体何を売っているのかと思い、商品を覗き込んでみた。
「……?」
わたしは、商品の一つを手に取った。鮮やかな淡い紅色の平たい紐である。目の前に持ってきて、まじまじと見る。
「綺麗な色ですね」
わたしにつられて足を止めたティオが言う。わたしがやたらその紐に興味を持って見ているため、皆も足を止める。
「これ……、真田紐みたいだ」
わたしがつぶやくと、石田も言う。
「ですねえ……。私の祖母が持っていた物にそっくりです。幅の長さはこちらの方が短いかな?」
「さなだひも?」
春風の疑問にわたしが答える。
「戦国武将の真田幸村親子が生み出したって俗説がある紐で、縦糸と横糸を編み込んで作る、手の込んだ作りで、刀の飾りとか、着物の帯留めなんかに使われるんだけど……。これ、君が作ったの?」
わたしは、店の主の女の子に訊いてみた。女の子は、大勢の者に注目されて、ややおどおどしながら、
「あ、それは、ばあちゃんとお母さんが……。わたしが作ったのは、こっち……」
と言い、別の紐を手に取って我々に見せた。
「まだ、ばあちゃんの作った物と比べると下手で……」
女の子は申し訳なさそうに言う。ちまりは、売り物の紐と同じ淡い紅色の大きめの布を手にして、手触りや色を確認していた。春風も、その布に目をやって、言う。
「それも綺麗だねえ。お母さんやお姉ちゃんのお土産にしようかなあ?」
「ストールですかね。綺麗な色、紅花染めみたい」
ちまりが言うと、女の子は、
「あ、はい、紅花です」
と答えた。
「あるの?紅花?」
紅花は山形県の県花である。江戸時代には紅花は高級染料であり、山形を流れる最上川を使って海へ運び、その後さらに船で大阪や京都まで運ばれた。『紅
「はい。わたしの村で育ててます。数は少ないですけど」
「君の村?この王都の近く?」
「いえ。いえ。北の方です。いつもはこっちまで売りに来ることはないんですが、異世界の人に高く買ってもらえたらって……。あ、別に高く売りつけるつもりはありませんよ!」
「こっちまで出てきたんだ。いつから店出してるの?」
「昨日、こっちに着いて、今日からです……」
わたしは、折りたたまれた地図を取り出して、女の子に見せる。
「君の村って、どの辺にあるのかな?」
女の子は、首を傾げながら地図を見て、大きな湖を指差す。
「これは、ジョーガ湖ですべか?」
「べか?」
「べか?」
「あ、すんません……。訛ってしまって」
「いや、いいんだず」
「あ、お客さんも?」
「田舎もんだから」
女の子が笑う。おどおどしていた様子の女の子だったが、少し心を開いてくれただろうか。女の子は、ジョーガ湖の北の山を指差し、
「この辺です。わたしの村。『ガッサン村』っていいます」
と言った。
「ガッサン?」
わたしと春風、ちまりが訊きなじみのある単語が耳に飛び込んできたため、同時に反応して言った。石田も言う。
「ガッサンですか?山形にもありますよねえ。月山っていう名前の山」
「うん、わたし、キャンプ行ったっけねえ、兄ちゃん」
「ああ、お前が小学生の頃に行ったけなあ……」
月山。山形県のほぼ中央にそびえる標高1984mの山岳信仰の対象になった山で、登山はやキャンプはもちろん、夏スキーも楽しめ、山形県民だけでなく他県から訪れる人にも親しまれた山だ。
「紅花染めに、ガッサン村?偶然ですかね」
「偶然……?偶然かなあ……?」
わたしは石田の疑問にはっきりとした答えを返さずに、地図を見続けた。
「兄ちゃん!笹巻き!」
「ああ……、そろそろそんな季節だなあ……。食いたいのか?って、何言ってんだずお前?」
「これ!」
春風が見つけた物。女の子の荷車からぶら下がった、わたしも見慣れた、緑色をした三角形の物。それは。
笹巻きだった。
「んんんんんん――――――――?」
笹巻きは、ちまきの一種である。山形やその周辺の地域の郷土料理で、五月の節句頃に食べられる。もち米を、笹の葉っぱで三角形に包み、紐で結んで茹でて作り、黄な粉などまぶして食べる。わたしは、もち米が白い笹巻きしか食べたことが無いが、茶色く色がついた物が、山形県の庄内地方では食べられるらしい。
「わたしのおやつです。ばあちゃんが持たせてくれたんですけど……」
「笹巻きだな」
「ですよねえ……」
「何ですか?」
ティオが不思議そうに訊いたので、笹巻について軽く教えた。
「雪鷹さんの故郷で食べられているものですか……」
ティオも初めて見た三角形の物体をまじまじと見た。味の想像がつかないのだろう。
「決めた!」
わたしは声を上げた。
ちまりと春風も頷く。
「君の村に、『ガッサン村』に行ってみたい!」
「は?わたしの村に、ですか?何にも無い村ですけど?」
「いいんだ、君の商売が終わったら、『ガッサン村』に案内してよ」
「はあ、それは構いませんけど」
女の子は、何故自分の生まれ故郷に、こんなに行きたがるのか不思議そうな表情をしていた。
こうして、わたしたちの旅の目的地が運命的に決まったのだ。
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