第7話 妹登場!

 さて、ありがたいお招きを受けて異世界の国、デューワ王国へと旅立つことが決定したわけだが、ちょっくら行ってくらぁ!と簡単にはいかない。

 それなりの手続きが必要となる。

 日本という国から見れば、例え異世界であろうとも、デューワ王国は『外国』扱いとなる。

 出国と入国には日本からアメリカやフランス等の諸外国に行くのとほぼ同様の手続きが必要なのだ。つまり、パスポートが必要ということだ。

 ずいぶん小さい頃に、グァムに連れて行ってもらったが、海外などそれ以来である。山形に戻ったわたしは、必要な書類を書き、顔写真を撮り、パスポートの申請をする。キューブの向こう側に行くだけなのに、面倒くさい。

 当然他にも、旅の準備は必要である。

 長旅に必要なカバンを用意。これに着替えやら下着やら、洗面用具やらを詰め込めば良い。旅の記録を書くためにノートや筆記用具も入れておく。

 カメラも必要だ。一応デジカメを持ってはいるが、動画も欲しいので、デジタルビデオカメラを新たに購入した。

 もちろん、お姫さまに会うときに着るスーツも持っていく。さすがに、ジーンズにパーカーというわけにはいかない。

 他にも『心配性なあなたも、これで安心!楽しい旅行に持って行くとよいものはコレ!』などと書かれた、旅行関連の情報サイトを参考にして、あれやこれやをそろえた。

 しかし、それでも行く場所が場所なだけに、ぶっちゃけ、どんな物が必要になるかてんで予想が付かない。と、悩んでいて全く別のことに気が付いた。

 親に、今回の旅行のことを話していない。

 

 親に、異世界へちょっくら行ってくることになったんで、よろしく!と軽く電話で話したところ、もっと詳しく話を聞きたいし、夕飯を食べに来いと母親が言うので借りているマンションから歩いて十分ほどの所にある実家へと足を延ばした。

「ただいまー」

「お兄ちゃあああああああああんん!!」

 玄関まで飛び出してきたのは、我が妹、霞ヶ城春風かすみがしろはるかぜである。19歳のバリバリの女子大生で、我が妹ながらルックスはかなりよろしい。大きな目に長いまつげ。肩甲骨くらいまで伸ばした髪。身長167cmですらりと伸びた長い手足と、けしからんほど素晴らしく成長した胸。Fカップだそうだ。肌は健康的な小麦色。東京に遊びに行ったとき、芸能事務所のスカウトに声を掛けられたほどである。

 中身は天真爛漫なおてんば娘というやつで、たまに、こいつマジで阿呆か?と心配してしまう言動をやらかすが、とにかく可愛い我が妹である。

「お兄ちゃん!異世界に行くってホント!?」

 どうやら、わたしが異世界に行くと母親に聞いたらしい。らしいのだが……。

「貴様、何故?」

 玄関に飛び出してきた妹は、あられもない姿でぷるんぷるんの、ぼいんぼいんであった。全身が濡れているところを見ると、ひとっ風呂浴びていたと思われる。そこへわたしが返ってきたため矢も楯もたまらずに飛び出してきたのだろう。

「ええい、いつから貴様は露出狂の痴女になった!玄関にいたのがお兄ちゃんだったからよかったものの、宅配業者や郵便屋だったらどうする!わお!ラッキー!ではすまんことになるぞ!」

「異世界!行くんだべ!?いーせーかーい!」

 わたしは、はあっと大きくため息を付くと、

「とにかく服を着てこい。話はそれからだ」

 と、妹を浴室に放り込んだ。


「お兄ちゃんは異世界のお姫さまに会ってくるのだ」

 わたしは、リビングでスマホを片手に長旅に必要なものを調べながら、身体を拭き服を着た春風にいきさつを答える。

「歩きやすい靴も用意した方が良いかな」

「お兄ちゃん!」

「薬は、いるかなあ」

「おーにーいーちゃあああああん!!」

「……、何だ」

「行きたい!」

 来た。予想通りの展開だ。

「わたしも連れってって!」

 そう。わたしとは正反対、アクティブで好奇心旺盛。とにかく行動あるのみ!人生の流れは自分で作る!いや、必要とあればその流れさえ強引にその方向を変えてしまうほどのパワーの持ち主である妹が、異世界へ兄が旅立つと聞いて黙っているはずがない。

 名前は春風と、爽やか極まりないが、体の内側に嵐や竜巻のような激しさを持っている。

 これは、対応を誤るわけにはいかん。わたしはきちんと正座して妹に諭す。春風もわたしの真正面にきちんと正座する。

「いいか、春風。お兄ちゃんは遊びに行くのではないのだぞ」

「分かってる」

「そう。お姫さまにありがたいご招待いただいて会ってくるのだ。そして、その後は仕事で異世界を見て回る」

「うん」

「いつ帰って来るか分からないのだ。そんな当ての無い旅に、可愛い妹を連れて行くわけにはいかん」

「当ての無い旅!すごく良い!」

 しまった!使う言葉を間違えた。

「いやいや、待て待て。異世界はまだまだ危ないことも多い。いいか春風。異世界でぼくに何かあったら誰がこの霞ヶ城家の家督を継ぐというのだ。お姉ちゃんが嫁いだ今、お前しかいないではないか。この兄に何かあったら、いいか、その美味しく育ったビッチギャルのような身体で、できるだけ金を持った純朴青年をたらしこみ、婿に迎え幸せに暮らせ」

「誰がビッチギャルだ!わたしはそこら辺の色黒ギャルと違って日サロで焼いたわけじゃないし!天然の日焼けだし!大体家督だ何だって時代錯誤だず!うち、大した家じゃないべした!」

「何を言う。まあ確かにその通りではあるが、一応御先祖さまは武士だったのだぞ。大した家ではないかも知れんし、家名が断絶したところでだ誰も困りゃしないとも思うが、後世に受け継げるもんなら受け継いだ方が、御先祖さまの為にもなろうというものだ。というわけで、おとなしく山形で留守番を……」

「やだ!連れてって!わたし、お兄ちゃんより体力あるもん!お兄ちゃんの旅の役に立つもん!」

 やばい。多くの末っ子が得意とする駄々っ子攻撃が出始めた。春風は一応素直で性格は良いのだが、時たま、特にわたしに対して駄々をこねてこねてこねまくる。

 春風は幼い頃から空手を習い、中学時代はさらに水泳部に入部、泳ぎまくり、体力と腕力と心肺機能、ありとあらゆる身体的能力がわたしよりもはるかに上を行くのは間違いない。しかも、春風は大学に入って『自然と遊ぶべ』というサークルに入った。山や海などへ行ってキャンプをしたり、近くの川で芋煮をしたりと、外遊びを楽しむサークルだが、春風にはもってこいのサークルだった。

 春風には変な趣味がある。アウトドア用品、サバイバル用品を買い集めるという趣味である。

「持ってると、強くなった気がする!」

 という、分かるような分からんような理由だが、テントや寝袋、コンロやランタン、ナイフ等とにかく色々な物を買い集めた。そしてそれらを使いたいがために山や海に出かけていく。

 アウトドアを楽しみたいから道具を買うのではなく、道具を買い、使いたいからアウトドアに出かけるのだ。

 そういう意味で、『自然と遊ぶべ』は春風にとって都合が良かった。

 さらにそこで春風はどんなところでも生きていけるだけのスキルを身につけた。電気やガス、水道も無いデューワに行けば、そのスキルは重宝することだろう。

 だがしかし!

「連れて行けと簡単に言うが、お前、学校はどうする。いつ帰って来れるか予測が立たんのだぞ」

「いいもん、学校なんていざとなったら休学するし。別に留年したっていいべした」

「バカ。学費だって馬鹿にならんのだ。そんな余裕が父ちゃんにあると思うか?だからおとなしく……」

「いやあ、そこはお兄ちゃんが出してくれたりとか?可愛い妹のために」

「いや、妹よ。ぼくは今、姉ちゃんが生んだ姪っ子の方が断然可愛い。だから諦めろ」

「ひど!」

「ひどくない!」

「お願いしますお兄ちゃん!」

 春風が土下座をした。駄々っ子攻撃から転じての土下座攻撃である。押してダメなら軽く引いてみる。妹め、駆け引きを覚えやがったか。

「お兄ちゃんの役に立ちます、お手伝いします、どうかこの春風をお兄ちゃんの旅のお供にお加えください……!!」

 わたしは考える。確かに春風の体力とスキルは惜しい。何が起こるか分からない場所に行くのだ。それに対応できるだけの能力を持つ者がパーティーに一人いるだけでどれだけ心強いか分からない。しかし、しかしだ。可愛い妹をいつまでかかるか、マジでどんな不測の事態が起こるか分からない、そんな旅に連れて行って良いものか。

「大体だな、父ちゃんたちが許さないべした」

 わたしは、ここで自分の判断を保留にした。

「じゃあ、お父さんたちがいいって言ったら連れて行ってくれるね!」

「まあ、それでも他に色々な人に話を通さんといかんのだが」

「じゃあ、まずはお父さんだね!許可もらってくる!」

 わたしは、最終判断を親に丸投げした。ぶっちゃけ、春風にダメだと説得するのも面倒だ。なら、親に判断を任せてしまえ。どうせ駄目だというに決まっている。

 と、わたしは高をくくっていた。

 ところが、わたしの想像を裏切り、父も母も、面白そうだからいいんじゃね?とあっさりと春風の同行を許してしまったのだ。

 わたしは、がっくりと肩を落とす。

 その後、編集部や外務省の石田を通してデューワ王国にも、妹を連れて行って良いかどうかを確認したところ、みなあっさりとOKを出した。出しやがった。

 こうして旅の同行者が一人増えたのである。


 春風がわたしの旅にくっ付いてくることが決まって、数日後。

 異世界への旅の準備もほぼ終わり、わたしは友人が店長を務めるラーメン店『うまめん屋二号店』に足を運び、ラーメンをすすっていた。

 友人、高橋誠一せいいちは、わたしの二つ年上の幼馴染である。小、中と同じ学校に通い、お互いの家がすぐ近所にあり、しょっちゅう行き来していた。

 あだ名はドンちゃん。このあだ名は中学に入って付いたものである。

 彼の伯父は空手の道場を開いており、甥っ子のドンちゃんもそこの門下生である。ちなみに、我が妹春風も、この道場の門下生になる。わたしも、ちょっとだけ通った。

 ドンちゃんは子供の頃から体格も立派で、しかも空手を学んだ腕っぷしの強さである。彼の伯父である師範は、空手だけではなく、キックボクシングや、柔道、柔術、コマンドサンボなど、打撃、投げ技、絞め技、関節技と様々なジャンルの格闘技に精通した格闘技バカである。

 そしてその学んだ技を惜しみなくドンちゃんや春風に教え込んだ。

 ドンちゃんが強くなるのも自然のことである。

 わたしの通った中学に、いわゆる不良と呼ばれるような存在はいなかった。いなかったが、それなりに元気の良いやんちゃな男子はいて、その男子たちは、ドンちゃんを『霞三中かすみさんちゅうのドン』と呼び始め、それがいつしか『ドンちゃん』の呼び名に変化したのだ。

 とはいえ、ドンちゃんも不良ではない。無口で強面のために、誤解されやすいが、心優しい人物である。わたしが知る限り、彼がケンカをしたとか、警察の御厄介になったとかいう事は一度も無かった。無かったのだが、噂が勝手に独り歩きし、他校では『霞三中にはドンと呼ばれる恐ろしい奴がいる』とか、『霞三中のドンは山形の不良のトップに立つドンだ』とか、言われ、高橋誠一の名を聞けば皆が勝手に恐れおののき、ドンちゃん自身もかなり困惑していた。

 一度もケンカをせずに、いつの間にか山形のドンにまで上り詰めてしまったドンちゃんは、高校を卒業と同時に、父親が経営するラーメン店『うまめん屋』を継ぐために修行に入る。そして、父親がうまめん屋二号店を山形西バイパス沿いに開店させると、ドンちゃんはその店を任されるようになったのだ。

 うまめん屋は正統派醤油ラーメン、あごだし醤油ラーメン、から味噌ラーメンが楽しめる名店で、わたしは訪れるたびにどれを注文するか実に迷わされる。

 山形には美味いラーメン店が多い。客を他店に奪われぬようにドンちゃんは新メニューの研究、開発に余念がなく、去年は『冷やし激辛ラーメン』という新メニューを世に送り出した。

 山形の夏の名物冷やしラーメン。暑い夏だからこそ、さっぱりとした美味しく、冷たいラーメンが求められるのに、ドンちゃんの『冷やし激辛ラーメン』は冷たいのに食べると体が熱くなり汗が止まらなくなるという摩訶不思議なラーメンであった。

 なんちゅうラーメンだ。と思ったが、マニアというか何というか。コアなファンの心を鷲摑みにし、今年も7月頃になったら始めるという。

「そうか。異世界に行くのか」

 カウンター席に座り、あごだしラーメンをすするわたしに、ドンちゃんが言った。

 時間は午後3時近くになり、店は暇な時間帯に入っていた。

「うん。だから、次はいつ来れっか分かんないよ」

「そうか。気をつけてな」

「うん。いいお土産があったら買ってくるから」

 わたしがそう言うと、ドンちゃんは、

「あっちの食い物って、どんなんだろうな」

 と、言った。

「ああ、そう言えば」

 確かに。ニュースでは、パンやパスタが主食として愛されているようなことを言っていたが、他の食材については聞いた覚えがない。

「異世界に行って、旨そうな食材があったら今度教えてくれ」

「なに?ラーメンに使うの?」

 わたしが訊くと、ドンちゃんは頷いて答える。

 ドンちゃんの任されたこの店は山形市の西側を南北に走る西バイパス沿いにある。

 そして、うまめん屋二号店が開店してすぐに、店のど真ん前に異世界からの来訪者がキューブとともに現れた。うまめん屋二号店は、図らずも異世界に対応する者たちが腹ごしらえをするために訪れ大繁盛し、その後も異世界へ向かう者、また異世界からやって来た者が頻繁に来店する、人気の店となった。

 異世界デューワ王国でも、『日本に着くと、すぐ目の前にラーメンというとても美味い麺料理を出す店がある。あれは王国では味わえない。日本に行ったら食べるべきだ』と噂だったらしい。

 西バイパス沿いにはラーメン店が他にもあり、さらには日本そばの店もある。ドンちゃんの店で日本の麺の美味さを知ったデューワからやって来た者たちは、そちらの店にも行き、さらに『日本の麺料理、パねえ!』『ラーメン、そば、サイコー!』と歓喜の叫び声をあげたという。

「成程。異世界の食材でラーメンを作るか。これもまた文化交流だべな」

「んだべ?」

 確かに、もしそれが美味かったら、新たな看板メニューになるだろう。しかし。

「ぼく、分かんないよ、ラーメンに使える食材なんて」

「そんなに深く考えなくてもいいんだず。市場とかのぞいてみて、旨そうな食い物があったら教えてくれるだけで充分だべした」

「じゃあ、市場も見てくるよ」

 そうだな。旅行記を書くんだから、あちらの食べ物について見てこなければ。あまりグルメに興味が無い質なので、『食』という読み手が最も興味をそそられるであろうテーマが、頭から抜け落ちていた。

 市場などを見て回れば、食というテーマを通してあちらの世界の生活や文化がより理解できるかも知れない

 友人のおかげで旅の目標が一つ増えた。


 旅の準備を済ませ、ついに明日、キューブを通り異世界デューワへという日。

 実家の母から電話があった。『友達が来ている』という。 すぐに自転車で実家に戻る。

 玄関に、段ボール箱が山積みにされてあった。

 茶の間に高校時代の同級生、鈴木米一すずきよねかずがいた。

「おお。久しぶり。何だず?急用だって?」

 わたしが挨拶もそこそこに尋ねると、

「お前、異世界に行くんだってな!」

 と、鈴木が言う。

「は?誰に聞いた?」

「山寺ちまり。あいつほれ、俺の妹の同級生だべ?」

「ああ。あいつか」

「山寺、何か、昨日あたりからこっちに戻って来て、実家にいるんだわ」

 ちまりは、東京で異世界への旅の準備をすべて済ませ、昨日から山形の実家に戻って来ている。実家の親、特に父親は訳の分からん所に行って、危ない目に会ったらどうするんだと、この旅に反対だったらしい。それが鬱陶しいと、昨日電話で会話した時に言っていた。その鬱陶しさが、うちの親にも妹に対して欲しかった。

「で?急用って何?」

 わたしが改めて聞くと、鈴木は身を乗り出して、やたら目を輝かせながら、

「王様に会うんだろ?」

 と言う。

「違う。王女さまだ。王様の娘。王様に会う予定はない」

 鈴木は、あれ?と首を傾げたがすぐにまた目を輝かせ、

「どっちでもいいや。とにかく偉い人と会うんだべ?」

 と訊き返す。うんまあ、と答えると、鈴木が言う。

「玄関に置いてあったべ?俺んちの酒」

 鈴木の実家は酒蔵を営んでいる。200年だか300年だか知らんが、たいそうな歴史を持つ由緒正しき酒蔵で、何かのコンクールだか品評会だかで、金賞を取るほどの美味い酒を造る。

「ああ。そう言えばあれ、お前んちで作った酒?わざわざ餞別か?何本あんだず」

「ちげーよ。お前にじゃねえって。二ダース持ってきた。あちらの国のお姫さまに、お土産。持ってってくれ」

「はあ。二ダースも?」

 わたしはまだぴんと来ていない。そんな様子のわたしを見て鈴木がじれったさそうに言う。

「あれを、偉い人に渡して、俺んちのアピールをしてきてくれねえべか」

「はあ?」

 成程、そういうことか。こいつはわたしを通してデューワの王族に自分の酒蔵で作った酒を売り込もうというのだ。

「いや、待て。お姫さまは未成年だ。こっちで言うところの女子高生と同じ年だ。JKだぞ。飲むか、酒なんて」

「お姫さまから王様に渡してもらってくれよ。何かの記事で読んだんだけどよ、あっちの王様、結構イケる口らしいんだず。これを機会に俺んちの酒を気に入ってもらえれば、異世界と商売ができるかも知れねえべした」

「そんなに上手くいくかあ?」

「いいからいいから、とにかく持ってってくれって。頼む!このとおりだず」

 いや、二ダースだろ。多すぎ。ただでさえ荷物多いのに。わたしはそう言って断ろうとしたが、鈴木はほぼ無理やり自分の家の酒蔵で作られた酒を置いていった。

 玄関で酒瓶の入ったケースを眺めながら途方に暮れるわたしは、しばらくして、考えるのをやめた。ちまりに押し付けよう。そう決めた。あいつの運ばせて、あとはお姫さまのお付きの人に渡し、それとなく王様に渡してもらえるように頼んでみる。

 ダメならそれまで。飲んでしまえばいい。そうしよう。

 そう決めたわたしに、再び来客があった。

 近所の和菓子屋の社長とその跡取り息子である。

「や、や、雪鷹ゆきたか君」

 玄関で対応したわたしに、社長はにこにこ笑いながら挨拶をした。わたしは、甘党である。和菓子も洋菓子も好んで食べる。一日のうちで、わたしのおやつの時間はとても重要だ。いったい今日のおやつは何を食べようか、ケーキにしようか、大福にしようか、いや待て、コンビニで新商品のスイーツを出していたな、と考え抜く。その末に選んだものを、コーヒーとともにいただく。

 おやつのお供は和菓子だろうがカレーパンだろうが、コーヒーがいい。

 そんな甘党のわたしなので、近所の和菓子店『八兵衛』には、大福や、団子、時にはカステラなどを買いに行くため、社長、跡取り息子の専務とは顔見知りである。母もよく行くので母とも親しい。

「何です?」

「や、や。雪鷹君。や。異世界に行くんだって?」

 社長が満面の笑顔。隣に立つ社長そっくりの若旦那は両手に紙袋を持って立っている。

 嫌な予感が、実に嫌な予感がする。

「や、や。いやね、君が異世界のお姫さまに会うって聞いてね。お願いがあってね、うかがったんだっす」

「誰に聞きました?」

「君のお母さん」

 ぐっ!これはしたり!身内から情報の漏洩があったとは。口止めをしっかりしておくべきだった。

「で、で、それでね、うちのこれ。ようかんとか、カステラとか、どら焼きとかなんだけどね。お姫さまに、お土産、持って行ってくれないべかっす?」

「……。はあ」

「や、や。こんなこと頼むのも気が引けるんだけんども、異世界と商売するのも、ありかなあって思うんだずねえ……。だから、お姫さまにアピールしてけねがっす」

「まあ、お渡しするくらいなら……、やってみますけどぉ……。上手くいかなくても、文句なしでお願いしますよ」

「うん、うん、いいのいいの。まずはお土産。食べてもらって、気に入ってもらってからだから。好感触なようなら、こっちで、うん。ちゃんとしたルートで販売すっから」

「はあ。じゃあ。お土産に渡しておきます」

「や、や、ありがとっす。じゃあ、お願いするっす」

 若旦那専務が、わたしにお菓子がたくさん入った袋を渡す。最後に、社長は改めて別の紙袋をわたしに差し出し、

「これは君に。お礼ね。じゃ、気を付けて行ってけらっしゃい」

 と言うと、帰って行った。

 八兵衛の社長にもらった大福を食べながらお茶の時間を過ごしていると、三度来客があった。

「県庁からやってまいりました」

「はあ?」

 三人の県庁職員がわたしを訪ねてきたのだ。渡された名刺に、『観光立県推進課』、『農林水産部』などと書いてある。再び、嫌な予感。

「わたくし、県庁観光立県推進課の近藤と言います。こちらは同じく川野」

「わたしは、農林水産部の、泉と申しますっす」

「はあ」

 挨拶を済ませると、近藤と名乗った、四十過ぎくらいの男が言う。

「霞ヶ城先生は、異世界に行かれると伺いましたが」

 来た。

「ええ……。誰から聞きました?」

「出版社の方から」

「は?」

 何故、ムラヤマ出版の編集部から県庁職員に情報が流れる?おかしい。不思議そうな顔をしていると、近藤が説明をしてくれた。今度、観光推進のためにパンフレットを作るのだそうだ。その中に、わたしに山形の素晴らしいところをPRする文章を載せようということになったらしい。そこでPR文執筆を依頼するため、編集部に連絡を入れたところ、

「霞ヶ城雪鷹先生は、デューワ王国の王女さまにお招きを受けて、異世界へと出かける予定となっていますので、すぐにPR文を書かれるのは難しいと思いますが」

 と、対応されたらしい。それを聞いて急いでやって来たという。

 そう。山形の特産品の数々を持って。

「異世界のお姫さまに、この山形の名産品をですね、お土産に持っていって下さいませんでしょうかと思ったんだっす」

「やっぱりですか」

「はい?」

「いえ、こちらの話で。ですが、渡したところで、どうにかなりますかねえ」

「ええ、ええ。渡していただけるだけで結構なんだっす。ただ、山形県から心ばかりの品ですとおっしゃってくだされば」

 聞くところによると、すでに異世界には山形県の特産品を少し輸出しているのだそうである。とはいえ、まだまだ。そこで、もっとPRして山形の特産品を買ってもらうにはどうしたら良いか、考えていたところ、県出身の作家が異世界に行くという。しかも、VIP中のVIP、王女さまと会うというではないか。これは、チャンス!王女さまに山形県の特産品を知ってもらおう。これが何かにつながるかも知れない!と考えた。

 つまり、鈴木や八兵衛の社長と同じである。

「お姫さまに、山形県のPR、よろしくお願いしますっす」

 近藤は頭を下げた。で、何を渡せというのか。

 すると三人の県庁職員は、山形のさくらんぼやラ・フランスを使ったゼリーや、駅の売店などで売っているお土産用のお菓子、工芸品の皿、そして山形のブランド米等々。

「本当は、サクランボなどもお渡ししたいのですが、季節が少し早くて。旬の時期にお届けするとお伝えください」

 泉が頭を下げた。

 しかし、多い。今までの二組よりもさらに多い。

 わたしはここで再び考えるのをやめた。これもちまりに押し付けよう。そうしよう。それがいい。

 そして、わたしはそれらの品々をお姫さまに渡してはみるが、それが山形県のPRにつながってあなたたちのお役に立てるかどうかは保証しかねる、と言って受け取った。

 そう。わたしはただお姫さまに呼ばれて異世界へ行き、ちょっとお茶するだけなのだ。過度な期待は困る。

「ええ。ええ。分かっております。ただの気持ちばかりの品でございますから。あ。これ、霞ヶ城先生に」

 近藤はわたしに、お菓子をひと箱差し出すと、他の二人と帰って行った。

「これだけかい」

 と、謝礼のお菓子にぶーたれていると今度は電話が鳴った。出ると、地元の新聞社からだった。

「霞ヶ城先生ですか?異世界へ行くそうですね!」

 電話の向こうから新聞社の社員が声を弾ませている。異世界から帰ってきたら、インタビューをお願いしたいとの内容だった。いつ帰って来るか分からないので、編集部に連絡を入れてほしいとだけ伝えた。電話の後ちまりに連絡したところ、すでに新聞社、テレビ局などから三件のインタビュー依頼が編集部に入っているという。編集部はノリノリのようだった。旅行記のいい宣伝になるというわけらしいが、わたしにインタビューをして、面白いのかなあ?と素直に感じる。

 全く、わたしに対して皆が過剰に期待をかけてきてはいないか?

 わたしは、ただお姫さまに会うだけで、わたしからお姫さまに何か言ったところで、商売や山形のPRが上手くいくとは全く思えないのだが。

 全く何も起こらないと思うが?

 て、言うか、わたし以外皆、はしゃぎすぎていないか?

 わたしは、何度も言うがちょいとお姫さまとお茶して、異世界をぶらぶら見て回るだけなのに。

 ま、わたしが考えても仕方がない。わたしはわたしのできることをやるだけ。

 それにしても、どっと疲れる旅の前日だった。

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