第28話 二条大橋の屈辱

「……あたしが、勤王の志士やってた頃は、あんたらに随分迫害されてね。3ヶ月くらいかな、二条大橋の下で、乞食に混ざって暮らしてましたわ。汚い麻布のボロ来てね。捨ててあったゴザ巻いて、この風呂好きのあたしが垢にまみれて、小便かけられて……夜は南京虫に蚤にダニ、頭虱に毛虱、藪蚊はブンブン飛んでくる、百足は出る、蜂は出る、蜘蛛も出る、お化けも出る……もう、横になっても、痒いわ痛いわ、眠たいわ、臭いわ、怖いわ、寝てるんだか何だか、判らんよね。食い物だってね……この幾松が、雨の日も晴れの日も、夜な夜な握り飯を届けてくれたんです。それはそれは、愛情たっぷりのお握りなんですけどね。食べようと包みを開けると鳩やカラスが糞を落してきてね。奴ら、あたしの握り飯を狙ってるんだ……仲間を捕って焼き鳥で食べてるような本物の乞食のは狙わんくせに、毎度毎度、あたしのだけに落としてくる……何で鳥にまで馬鹿にされなきゃいかんのか……必ずトッピングですわ。けど、食わんとね。腹が減って仕方がないんですよ。情けなくてね。涙ぽろぽろ流しながら食べました。ま、一週間もすると慣れました。男はそういう挫折がないとね、大物にはなれんのでしょうね。乞食の親分にイチャモンつけられ、幾松の貞操を掛けて、裸で、元三段目と相撲も取らされました、まあ、これは何とか勝ったから良いようなものの…………おっとぉ!おいおいおい!今、良い事を思い付きました。こりゃあいい!……折角、幕末の二大人斬りが再会するんだ。お二人に戦ってもらいましょう。岡田以蔵と沖田総司の真剣勝負。名高い二人が戦ったら、どっちが勝つのか?……これは良い。相手が死ぬまで勝負をしてもらって、勝った方は、罪一等を減じて切腹ということでどうかな?これは視聴率がっちり獲れますよ……いやあ、良い事を思い付かせてもらった。本当にありがとう……はっはっはっはっ……」


 桂は笑いながら傍らの幾松の口を吸った。


「……斎藤さんでしたっけ。もう帰っていいですよ。」

「それとも、見ていかはります?」

「これ、幾松……」

「失礼仕る。」


 斎藤、去り際に抜打ち一閃。再び割れて離れ、照明がフェードアウトした座敷のあちら側で、柱が倒れ天井の落ちる音がした。


斎藤が刀をきっちりと鞘に納め、腰から外して向き直ると、そこは総司の部屋に戻っている。


 総司、軽く咳き込む。


「と、いうことだ。まったく話にもならん…とんだ食わせ者だった!とにかく、イゾーが新政府の手にある事だけはわかったが……私の力不足だ。総司、本当にすまん!」

「いいんですよ。……変だな。それもまたいいかなと、僕は思っているようです。イゾーと僕の対決か……見たい人がいるんでしょうねえ。ねえ。その話、受けちゃいましょうか?」

「総司……馬鹿なことを言うな。」

「馬鹿じゃないです。このまま逢えずに死んでゆくよりは、全然いいですよ。」


 総司は起き上がり、枕元の愛刀"菊一文字"を抜き払い、手入れを始めた。

 その眼に光が宿っている。


「ほら、イゾー君に逢えると分かっただけで、僕の身体中に、沸沸とエネルギーが満ちてきます。病魔に犯された細胞の一つ一つが力を取り戻してゆきます。不思議だな……僕は、イゾー君に斬られる為に元気になってゆく。ふふっ。」


 斎藤を残して、再び総司の姿が遠ざかって行く。斎藤に当たったスポットライト以外は全て闇に溶けた。


「快活な笑い声を上げる総司の横顔は、ほんのりと血の気も戻り、見ているだけで吸い込まれそうになるくらい奇麗でした。今までに見た総司の顔の中でも一番美しく、凄絶なまでの色気を感じました。それは、散る寸前の花のそれのようにも思えて……見つめている自分の瞼が、まるで女のように濡れていることに気がつきました……」


 斎藤のスポットがゆっくりと暗くなり、ジョンの癖のある声が聞こえて来た。


「という、斎藤一さん24才のお便りでした。リクエストは……どこにも書いてませんね……」


 中継への切り替えサインが出た。甚五郎はカメラから眼を離して一息つく。

 アシスタントの雛菊がマイクに向かって声を張り上げる。


「さあ、いよいよメインエベントが近づいて参りました。セミファイナルは函館に用意されています。函館の、釜次郎さ~ん!」


 函館の五稜郭が背景に浮かび上がった。イヤホンを耳に嵌め、マイクを構えながら、笑顔の榎本武揚が、曲馬団の道化の様な西洋服に身を包んで登場した。


「こちら、函館の榎本釜次郎です。こちらに樹立した、北海道共和国の総裁を勤めております……と申しましても、もう、明日には、新政府軍に無条件降伏することが決まっております。その後は、明治帝国放送協会=MTHKの突撃レポーターとして、毎週木曜日朝のレギュラー番組"進めカマジロー・北のクニから"を担当いたします。本日は一足早く、お目見えいたしております。私がカマジロー、オランダ帰りのカマジローです。宜しくお願い致します。」


 巻きの指示が出されたのか、釜次郎は目線を演出助手らしき方向から戻すと、急に早口になった。少し離れた場所に、5メートルくらいの真っ赤な火柱が2本吹きあがると、西洋相撲の選手の如く、入場の音楽に乗って戦闘モードの土方歳三が登場した。激戦に疲れたのか、多くの仲間の死を目にしすぎた為か、幾分やつれていて、その顔には死相すら浮かんでいるように見える。

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