第13話 踊る宮澤太夫

 浅草仏蘭西座の噺家、北之屋武蔵を思わせる絶妙の間で近藤がボケて、セットは暗転した。すぐさま次の場面のために大道具さん達が忙しそうに動き廻る。


 生CMを担当したのは、長崎・丸山からはるばる駆け付けた、オランダ人の血をひく当代きっての美女、吉原で言えばトップ花魁の宮澤大夫。丸山千人の遊女を束ねる大夫が、『江戸(吉原)のキップに京都(島原)の器量、長崎(丸山)の衣裳で三拍子揃う』と言われた通りの豪華絢爛な、揚羽蝶舞い踊る金襴の衣装を身に着け、金銀の紙吹雪の中、湖面を滑る船の様に舞台に進み出ると……知らずスタジオが溜息を漏らした。


 太夫が未だ十四の頃、長崎の名カメラマン、上野彦馬に誘われて熊本の三太平(さんただいら)で撮影した、本邦初の全裸写真集『三太平』は、幕府の儒学的規範や、欧米のキリスト教的倫理観に配慮した長崎奉行所によって、『風俗紊乱の書ではないか』と嫌疑を掛けられ、取り締まりを受けそうになったが、『神々しい!女神の姿を思わせる!崇高な芸術の結晶である!』と絶賛したグラヴァーの意向を忖度して出版が許可された。尤も、庭のたらいで行水するような庶民に言わせれば単に『綺麗な娘っ子』の絵姿に過ぎず、寺子屋の本棚にも無造作に突っ込んであったりして、外国人旅行家を驚かせた。


 あれから六年、肉体が資本の色里の歳月も、専ら太夫の美しさを磨くためだけにその肌を流れ続けたものか……衣裳をはらりと脱ぎ捨てて、赤い湯文字姿になった後ろ姿、その肉体から、光り輝くオーラが放たれるのを、甚五郎は確かに目撃した。EDO時代最後の夜だから……と、異例の生出演を快諾した太夫の気概、生き様もまた画面から感じた。


 両乳房を腕と舞扇で巧みに隠しながら踊り続ける太夫を、カメラで追いかけながら甚五郎は、『ああ、これが放送で無かったら……』と妄想する……グラヴァー邸のホールでなら、宮澤太夫は、あの優雅な腕を広げるのだろうか?あの湯文字すら、床に落とすのだろうか?


 宮澤太夫が、上品な作りの日本酒の小瓶を、両乳房に挟まんばかりの位置に抱いて口付けし、期せずしてスタジオに巻き起こった拍手の中でCMが終わらなかったら……甚五郎はきっと、妄想の中でグラヴァーと太夫を天蓋の付いた広い寝台の上へと移動させていたに違いなかった。


「こんなCMも今日までだな。明日からはもっと上品なものにする。大日本帝国の品位を保たち、欧米から感心されるような放送局にするのだ。もし、それが出来んというなら、CMなど一切流さなくていい。今後は、国民から受信料金を取る様にしよう。」


 甚五郎のインカムに、副調整室で見ていた桂小五郎のスタッフを脅すかのようなコメントが入って来た。MTHKはどんな放送局になるのか?明治時代とは、どんな時代になるのか?甚五郎は溜息を洩らす。


『大日本帝国というのは、欧米に実際より良く見せるための、看板か、書き割りの様な国になりそうだな……』


 CMの間にカメラは第2スタジオの旅篭「如月屋」の一室に移った。


 ADの熊ちゃんが声を掛ける。


「勝先生、よろしくお願いいたします!」


 維新の立役者の一人、幕臣・勝海舟は鷹揚にうなづいた。拍子木がチョーンと鳴り、照明がゆっくり光量をあげると、座敷で勝海舟が一人、本を読んでいる。


「お客はんどすえ」


 女中の声が終わらぬうちに勝手に障子が開き、竜馬とイゾーがドヤドヤと侵入して来た。


「勝先生!こんな所におられたですか!いやあ、久しぶりですきに。先生は、これから下関へ行かれるっちゃ。下手しちょると、長州と戦争ですな。幕府の運命が掛かっちょる。いやあ、先生も大変ぞね。」


 背中をバーンと叩かれて咳込む勝の、ひそめた眉を一顧だにせず、竜馬は耳元に口を寄せ、声をひそめる。


「こん京都にも、先生の命を狙ろうちょる、攘夷派の志士がウロチョロしちょります。何せ、先生は公武合体派の元締めです。今だって、刺客がすぐ側まで来ちょるかも知れんですきに……」


 突然、イゾーが備前長船を抜き放ち、床下へ刃を突き通すと「ぐわっ……!」という断末魔の声が響いた。竜馬は気にもせずに喋り続けている。


「そこで、こん男です。イゾーっち言います。まだ子供ですが、これが強い!道場剣術とは違います。もう、20人くらい実際に斬っちょります。剣の腕にかけては、わしでもかなわんです。こん男一人おったら新選組が100人来ても大丈夫です……置いて帰りますきに、まあ、大船に乗ったつもりでおってください!ほいじゃ、わしは帰りますきに。こいつは、時々菓子やって、たまに遊んじゃってくれたら、ほいでええちゅうて、半平太が言うちょりました。ま、タマゴッチみたいなもんじゃき。ほいじゃ、また。」


 嵐のように竜馬は去って行った。


『こ、子供だぁ……』


 勝海舟は、子供が大の苦手だった。


『……とんでもないことになった。』


 勝安房守は、勇気を出して残された異風の少年に声を掛けようとしたが、たまたま横を向いている。咳払いをして再度試みようとした時、イゾーと目があった。


「何、何?」


 イゾーが瞳をきらきらさせて近寄ってくる。言葉がでない。勝はじりじりと後退してゆく。


「何何何?」

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