第11話 エセ革命家

「おまんの脱藩以来じゃ……噂は聞いちょった。」


 武市は、なるべくその喧しい男と目を合わせない様に話したが……”世界の坂本竜馬”はがっちり半平太の肩を抱いてきた。


「坂本竜馬は、もう尊皇攘夷の勤王党じゃない……幕府と天皇が仲良うして、国を開くべきじゃゆうちょるから、志士にも、新選組にも、両方から狙われちょるゆー噂か?そんとおりじゃ。……大物は辛いぜよ!」


 大声で爆笑する竜馬を見ながら、こいつに隠密行動など絶対無理だと、半平太は今更ながらの確信を持った。


「それより、そん子供じゃ!凄腕じゃのう……!半平太、どこで拾うた?」


 竜馬がどんぐり眼をキラキラさせてイゾーを見ていた。イゾーはその眼が放つヤマイヌのような野生のエナジーにびっくりしたが、その隣にもっと驚くものを見つけた。


「おっ父!」

「何ぃ!半平太!こいはおまんの隠し子かぁ!?」


『ここは土佐の山の中じゃない……大声で叫ぶな!』


 武市は心の中で怒りを噛み殺す。


「……いや、色々あるんじゃ……どうしたイゾー?」


 イゾーは、竜馬の恋人、寺田屋の看板娘おりょうの袖を掴まえて、にこにこ顔で立っていた。


「この人……おっかあにそっくりじゃ。」


 スタジオの照明が、ゆっくりと暗くなった……甚五郎の覗く、熊野五型TVカメラのファインダー内に点灯しているパイロット・ランプが消える。CMコーナーのカメラに切り替わった事を確認して、甚五郎は溜めていた息を、ゆっくりと吐き出した。よしよし、『政府広報』のダメージも最小限に食い止めた。


『こりゃあ凄いドラマになるぜ!』


 興奮が胸を駆け巡っている。何よりイゾーだ。あの子の演技が素晴らしい。お陰でドラマの中から戻ってくるのに時間がかかった。あの可愛らしさに魂が吸い込まれていたようだ。思わず時計を確かめた。


「そろそろ来ます。」


 お七ちゃんの声が、インカムのレシーバーから聞こえた。ファインダーの照準を、兜虫社中のジョン万次郎に合わせる。スポットライトの絞りが開かれて、ジョンの上半身をきっちり捉える……いい仕事だ。


 ジョンの声が響く。


「それでは、京都の土方さんのリクエストです。『僕は丁稚奉公で苦労したので、少しは世間を知っています。』」


 土方が別のスポットに浮かんだ。その声は少し緊張しているように聞こえた。


「だから、近頃流行の、世間に甘えた浪士たちが大嫌いです。"尊皇攘夷"とお題目のように唱えていれば、天皇陛下を敬っていなくても、本気で外国と戦う気が無くても、お金を出してくれるところが有るからと、高級クラブや、料亭、ノーパン喫茶やソープランドに入り浸り、酒を飲んで町娘をナンパしたり、ぶらぶらしてばかりいるくせに、時々は天誅と称し、真面目に国の為に働いている公務員の方々を、大勢で闇討ちにして殺害したりする……」


 カメラがジョンに戻る。


「まったくふざけています。この曲を聴いて、少しは浅ましい自分自身を振り返れと言いたいので、兜虫社中の"革命遊戯"をリクエストします。」


 ドラムが軽快な8ビートを叩き出す。兜虫のシングル(B面)ではシャッフルだったが、今回はジョニーズ事務所の弟分、『新鮮組』が秋に発表したLP『大江戸佐幕』でカヴァーした時のアレンジを採用している。


♪遊びで レボールーション

 片手間に 彼女口説いて

 お酒は飲み放題

 お金は 湯水の如くさ

 これでも僕は 革命家

 江戸の幕府を倒して

  偉くなるよ

 もっと

 もっと

 もっと


(EDO著作権協会承認:ろの八番)



 新選組とイゾーが懐かしい振り付けで歌い踊り、曲のエンディングに合わせて、素早く決められた位置とポーズに戻った。ここは壬生から西本願寺に移った新選組の屯所のセットだ。


 土方と、斎藤一が将棋を指している。沖田総司が北斎の漫画本を読んでいる傍らで、イゾーは、八つ橋煎餅を頬張りながらラジオを聴いていた。


 総司が小声でイゾー耳元にささやく。


「イゾー君も度胸があるなあ……世間に怖がられている新選組の屯所に一人で遊びに来るなんて。」

「はっへ、ほへは」


 総司はイゾーの口から、八つ橋の大きなかけらを取り出した。


「総司が遊びに来いって。」

「まあ、京も最近物騒だから、ここにいるのが一番安心だけどね。可愛いイゾー君が怖い目に合わなくて、いいかもね。」

「おら、可愛い?うれしいな!総司に褒められると……」


 身を乗り出してくるイゾーの顔が、総司の眼前に迫って、その息が感じられるくらいになった……総司は何故だか江戸の道場で飼っていた柴犬のポチを思い出す。


 愛想がなく、お手も覚えない犬だったけど、ちゃんと、餌をもらっているだろうか?京都へと立つときに、道場の陰から顔半分だけ出していたポチの、いつになく寂しそうだった目が忘れられない……と、ぼんやりしていた総司の頬に触れたのはポチの鼻ではなく少年の頬だった。すりすりしているイゾーの顔を両手で遠ざけ、辺りを見回す。土方さんは斎藤さんと将棋に夢中だ。


 良かった、誰にも見られてなくて……いくらなんでも馴れ馴れしすぎるよね。


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