真実の愛(最終話)

 黄色い鳥は神様に願いました。


(ああ、神様。私を……私をマーチンのところまでお導きください)


 彼女はこれまでにも何度も神様に祈っています。

 でも、自分のことを願ったのは初めてのことだったのです。


(私は身勝手な鳥。でも、私の命が尽きるまでに……)


 たとえひと目でもいい。

 彼に会いたいと願いました。


 幾望きぼうの月の下で懸命に羽を動かす黄色い鳥。

 彼女の望みはただ一つ。

 大好きなマーチンの顔を最期に見ることだったのです。


 真っ黒な大地に星のように煌めく、家々からこぼれる灯り。

 その数が少しずつ減っていきます。

 大地がぽっかりと抜け落ちたような真っ黒な空間。

 その真ん中に、慎ましやかなオレンジ色の灯火が――


「ピィ(マーチン)――……」


 草原の中にぽつんと建つ小さな家。

 初めて上から見る彼の家。

 でも、見間違えるはずはありません。


 嵐の夜に木の下で凍えていた彼女を救ってくれた彼。

 貧しい暮らしの中で、彼女の食事は欠かすことなく与えてくれた彼。

 そんな彼との思い出がいっぱい詰まった家なのです。


 そっと窓枠の出っ張り部分に着地します。

 音を立てて彼に気付かれないように、そっと……


 蝋燭ろうそくの灯りが揺れる室内を覗きます。

 ゆら、ゆらと、影が揺れています。

 彼女の視野はすっかり狭まり、ぼやけています。

 目を懲らしてじっと見ると……


 マーチンの背中が見えました。

 彼は2人がけの小さなテーブルに両肘を付けてうな垂れていました。

 食事も摂らずにずっと思い悩んでいたのでしょうか。

 黄色い鳥はズキンと胸が苦しくなりました。


(私が肉屋から逃げたから……)


 マーチンはお金を手に入れられず食事ができない。

 そう考えました。


(それなら、私の身体を……)


 食べてもらいたい。

 そう思いました。

 でも、それは無理な話なのです。

 彼女は何度も何度も何度も、彼にその提案をしていました。

 その度に彼は微笑むばかり。

 やがてその笑顔はどんどん痩せこけていきました。

  

 だからこそ、彼女は市場へ売られる道を選んだのです。

 それなのに……


(私は逃げてしまった…… ごめんなさい……)


 コツンとくちばしがガラス窓を叩き、そのままバサリと落ちていく。

 黄色い鳥がその小さな体に吸い込んだ僅かな毒。

 その成分が小さな命を奪っていくのです。


(ああっ神様お願いです……私の亡骸を朝までに土に還してください……)


 神様が無理ならば、アリでもいい。

 バッタの死骸にクロアリが群がるように。


 猫でもいい。

 ここに灰色の猫がいればすぐに頼めるのに。


 ああっ、神様……

 マーチンに私の亡骸を見られないようにお慈悲をください。

 マーチンを…… もう…… 悲しま……




 黄色い鳥はゆっくりと目を閉じました。 




 温かい……


 マーチンの声がします。

 黄色い鳥は彼の温かな手の中に包まれていたのです。

 

(ああっ、マーチン…… あなた、私に気付いてしまったのね……)


 悲しい。

 でもうれしい。


 黄色い鳥は二つの感情に揺れ動かされています。


(ああっ、マーチン…… 私はあなたに会えて幸せだったのよ……)

 

「ありがとう……」


 目を閉じたまま、彼女はそう呟きました。

 彼の唇がやさしく彼女の唇に重なります。


「僕こそ……ありがとう……」


 彼も彼女に感謝しました。

 

 彼女の目から涙がぽろりとこぼれ落ちます。

 それは生まれて初めての涙。


「私、泣いている……?」


 彼女は頬に手を当てて確かめます。

 温かくて柔らかな頬の感触。


 蝋燭ろうそくの揺れる灯りに照らされた彼女の姿。

 それが窓に映っています。


「君は、ピッピ……だよね?」


 マーチンが彼女の肩にそっと手を置いて尋ねます。


「ええ、私はピッピよ……」


 窓の中の黄色い髪の女の子は、少し太っていました。




 ・・・・・・・・




 これは悪い魔女に呪いをかけられ鳥になった、一人の少女のお話。


 相手を思いやる心を身につけ真実の愛に目覚めたとき、その呪いは解かれた。



            ― FIN ―

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私、あまり美味しくないですよ? とら猫の尻尾 @toranakonoshipo

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