私、獲物になりました?


ハリーは水色のドアの前でジャンプ。

両手の肉球で取っ手を挟むとドアが内側に開いた。


「ピュルル(すごいわ)ー!」

「ニャ(だろ)?」


ハリーは尻尾をピンと立て、低くて渋い声で言った。

廊下に人間がいないことを確認した彼は、


「ニャア(来いよ)!」


と言って、先に出て行った。

私は彼の後ろをちょこちょこと付いて行く。


2階にはジミーの部屋と同じぐらいの広さの部屋が幾つもある。

客間や書斎、そして何に使うのか不明な部屋。

時々人間とすれ違うけれど、隠れる場所には困らない。

廊下のあちこちに花瓶や壺が置かれているから。


「ニャア(どうだ、広い家だろ)?」

「ピュルル(そうね、素敵なお屋敷だわ)!」


彼は尻尾をぴんと立てて目を細めた。

このお屋敷で飼われていることに誇りをもって暮らしている。

それがひしひしと伝わってくるの。


「ニャア(次は下の階へ行くかい)?」

「ピィー(そうね)」


彼は私を優しくエスコートしてくれる。

私たちは螺旋階段を降りて玄関ホールへ。


「ニャア(ここは人目につく。突っ切るぞ)ー!」

「ピキィー(分かったわ)!」


タイル貼りの滑る床を一目散に走り抜ける私たち。

その途中で玄関ドアの向こうに人の気配が……


「ニャアー(こっちだ)!」

「ピィー(えっ)!?」


突然彼は私の体をくわえた。

私は彼の獲物となり、ぐいっと運ばれていく。

玄関のドアが開いて人間が入ってくる。

その足元をすり抜けて外へ脱出。


「おや、ハリー。お散歩かい?」

「フニャー!」


白い作業着姿の老人だった。

あれは料理人。

でも、あの人が私を調理する日は永遠に来ない。

私は灰色の猫の獲物になってしまったのだから。


花壇の影まで走ってから、私をそっと地面に置いた。

彼に噛まれたお腹が少し痛むけれど、怪我はしていない。


「ピュルル(ありがとうハリー。あなた優しい猫なのね)」

「ゴロニャー(オレ様が優しい猫だって)?」


彼は緑色の目を細めて、ペロリと鼻を舐めた。


次の瞬間、灰色の耳がピクリ動いた。

目がぎらりと光り、私に襲いかかってきた。


私は悲鳴を上げ、身を縮こまらせる。

今度こそお終い。

観念した私の耳に羽音が飛び込んでくる。

灰色の体が私の上空で跳ねる。


「フニャ(くそ、逃したぁ)――!」


私の背後に着地したハリーが叫んだ。

その更に奥の草むらに緑色の大きなバッタが着地。


「ニャァァァー!」


草むらにハリーが飛び込む。

バッタは草むらからピョーンと飛び出す。


「ニャゴ(待てバッタ)――!」


バッタは羽を広げて本格的に飛び立つ。

その様子を悔しそうに見上げるハリー。


私は羽を広げて飛ぶ。

生まれて二度目の飛行。

見事にバッタの捕獲に成功した。


「ピュルル(あなたこれが欲しかったの)?」


私はハリーの前にバッタを置いた。

でも、何だか複雑な表情の彼。


「ピュル(どうしたの)?」

「ニャーゴ(オレ様は遊んでいたのだよ。狩猟本能をくすぐられたのだ)……」


そう言って、動かないバッタをチョンと手で突っついた。

すると、もそっと動きだした。

まだ生きていたのね!


「フニャァァァ……」


ハリーは両手でバッタを掴んで放り投げたり、

匂いを嗅いでみたり、

ちょっとかじってみたり、

身体に擦り付けてみたり、

本能の赴くままに遊んでいた。

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