俺の為のキャンプが始まる!3

 やってきたのは街並み賑やかアーケード。

 キャンプといってもテントを張るわけでもなく空調完備のバンガローにて寝泊まりし、飯盒すら使わず用意された最新の炊飯器で米を炊くような欺瞞も甚だしい催しなのだが、初日の昼に作るカレーだけは生徒達自身が野外の調理場で作るという事でその材料と各自必要と思うものを持ってこいという話になっていた。だが、まさかカレーの素材を買ってはいさようならでは興覚めもいいとこで何の為の集まりか分かったものではない。故に俺は、率先して本日の予定を提案してやる。これも道を示す者の定め。まったく仕方がないなぁ! 俺がやらなければどいつもこいつも動かんのだから!









「それでは食品は後にして、先に玩具やら何やらを買い求めるとしようか」


「そうだね。そっちの方が、皆で見ていて楽しいしね!」


 張り切っているな佐川め。若干煩わしさを覚えるが今日の俺は機嫌がいい。捨て置いてやる。


「ならば、如何です田中様。せっかく男女ペアで揃っているのですから、それぞれで別行動をとってみては。そう、男女二人の疑似デートでございます。些か破廉恥ではございますが、古来より青春とはそういったものではございませんか?」


 珍しく良い事を言うではないか魔女よ。よろしい。俺は大賛成だ! 断る理由は微塵もない! さぁ浅井よ! 供に永遠にとこしえの灯火を燈そうではないか! 二人の未来はきっと明るく輝いているぞ! 手を取り合って、二人の楽園へいざ参ろう!





「いや、僕は皆で行動した方が……」


「……」


「……」


「……」








 ……刺すぞ?






 佐川ぁ! 貴様言うに事欠いて何をほざくかぁ! 前々から空気が読めぬとは思っていたが此処までとはなぁ! もはや哀れみすら抱く程に与太郎っぷりが板に付いているではないか! だがその活躍は噺ばかりにしておけよ!? 俺の目が黒い内は、ふざけ倒す事まかり通らぬと知れ!



「佐川くん。あのねぇ……」


「佐川さんったら、案外イケズなんですね」


 おっとまさかの援護射撃。俺が言い切る前に浅井が反を口にしよった。これは暗に、浅井からのお誘いと受け取ってもよいのではないか!?

 よし。負けてはおれん。俺も佐川を論破してやる。



「佐川君。いいじゃないか。思えば、君達三人ばかりが既に知り合いで、俺は浅井と初対面ときている。これは不公平ではないかね。ここは是非にとも、俺は彼女の人となりを密に知りたいと思うのだが」


 完璧な建前である。論理武装ここに極めりだ。力よりも口が立つというのは我ながら女々しくも思うが、この法治国家日本においては論舌に秀でたる者こそが正義。佐川よ。貴様は間違っているのだ! 早う自らの過ちを認め、前言撤回するがいい!


「残念ながら田中さん。私、佐川さんとご一緒したいのですけれど」


 ……なんだと?


「え? いや、そ、それはちょっと浅井さん……き、君は、確か田中君に興味があると以前……」


「まぁ佐川様。女性のお誘いを断るだなんて、無作法にも程があるのではありませんか?」


「そ、そんな……」


「……」


 佐川。


 佐川佐川佐川!


 何故だ! 何故貴様なのだ! 顔面性格挙動所作において清浄もなく徳も薄い貴様がいったいどうして二人といない女に選ばれるるというのだ! ふざけるなよこの未使用品! 女と手を繋いだこともないような奴が左様な至福を手にできると思っているのか!?  実に不愉快! 実に怒髪天! 実に殺意である! この上は我、修羅となりて悪鬼羅刹の所業を生業とし、天下三国此れ皆地獄と化してやろう! 佐川! 貴様に対する憎しみは既に天を突いた! 夢忘れるな! この俺をこけにし、淡く切ない恋を横奪した事を!


「なんて、ね」


「え?」


 同時に響く女二人の笑い声。何がおかしいのかさっぱりわからぬぞ! 馬鹿にしているのか!?




「田中様。舞はすぐ人をからかう悪癖があるんです。それで、今は佐川様とお戯れを」


「ごめんなさい佐川さん。でも、佐川さんの困る顔が楽しくって、つい」



 なるほど……

 なるほどなるほど。なるほどな! そ、それはそうだろうな! 浅井のような玉姫が、佐川なんぞに入れ込むわけがないものな! いやまったく! 人が悪い! 悪すぎる!


「そ、そうなんだ! そ、それならよかったよ浅井さん……た、田中君も、よかった、よね?」


 無論だ佐川! 本当にそれならよかったぞ浅井!

 やれ安心した。危うくこの泰平の世を地獄絵図へと描き換えるところであった。


「田中様が仰る通り、ここは舞と田中様の親睦が深まるよう尽力致しませんか佐川様」


 ナイスアシストだ原野。貴様の誘ならば、奴は断れまい。


「い、いや、しかし……」


「もう。佐川様は相変わらず煮え切らないですね……それとも、けいと一緒じゃ、嫌ですか?」


「え、い、いや……」



 ……落ちたな。


「そ、そ、そんな滅相も無い! きょ、恐悦至極でございます! はい!」


「ならば参りましょう。京は、ダロワイヨのマカロンが欲しゅうございます。お付き合い願いますでしょうか」


「も、もちろんですとも! アロハオエのマクレーンですね! どういったものかは存じませんが、お付き合い致します!」


 なんだそれは。売れない映画のタイトルか。


「まぁ嬉しい。ならばさっそく参りましょう! ……では、京は佐川様とお近付きとなります故、一と時の間、失礼いたします。舞。田中様。御機嫌よう」


「あぁ。よく楽しむがいい。ついでだ。何か買ってもらえ」


「はい! 京は楽しみでございます!」


 原野め。愛らしい微笑だが、浅井の前では一枚落ちるな。それどころか、悪女のような振る舞いが哀れに見える。


「……田中君。こうなってしまったら仕方がないのだけれど、気をしっかり持ってくれよ。 意思の強さが明日への希望となるからね! …………あ、原野さん! 置いてかないで! 待って、待ってください……」


 ……まるで首輪でも繋がっているかのように去っていきおったが佐川め。その言付けはどう言う意味だ。「意思の強さが明日への希望となる」だと? 笑わせてくれる。この日本に、いや世界に俺以上の盤石な精神を持った人間がどれだけいるというのか。佐川風情が、舐めるなよ!



 などと耽っている場合ではない! 浅井。浅井だ! さぁ子猫ちゃんよ! 今宵(夕方前だが)は果てまで相手をしてもらう故、覚悟しておけ!




「二人とも行ってしまいましたね……それでは田中さん。お付き合い、お願いできますか?」




 密着。

 肘元に伝わる感触。それは紛れもなく至福。

 無論。下着と服の壁がある為に女の持つ本来の柔らかさは失われてはいる。しかし、浅井の豊満の存在感はあらゆる障壁を持ってしてもその質量を隠す事叶わず、圧倒的な、あるいは暴力的なまでの弾みが左腕を包む。


「む、むぉう……」


「……?」


 突然の女性感に前屈みとならざるを得なかった。なんとも情けない話であるが、こればかりは仕様のため仕様がない。だが俺に死角はない。姿勢を立て直す為に洋袴ずぼん衣嚢いのうから素早くポジョニングを保持。これは男の必須スキルである。


 ……リカバリ完了背筋よし! さぁ、これで見た目はいつもの俺だ! 


「? 田中さん。どうかしましたか?」


「いや何でもない」


 気付くのが遅かったな浅井。もはや俺は平常運行よ。やれやれだ。

 そして無事相棒の位置を立て直したところで、ここからが本番である。この麗しの姫君をどこへエスコートすべきか、とんと分からん。で、あればどうするか。決まっていよう。最も正確で、かつ、労力を使わぬ方法が一つあるのだ。それは……!




「浅井よ! どこへ行きたい!? どこへなりとめ申してみよ! 此度はこの田中が、貴様の求める地へと肩を並べて供してやろう! 目に涙を浮かべ、存分に喜ぶがいい!」



 聞くは一時の恥。聞かぬは一時の恥。分からぬならば聞くのが最善。下手なスポットに連れ行って機嫌を損ねられでもしたら目も当てられん。それに男がどこそこへ行きたいなどと言うのは恥だ。行き先は女に任せ、何処へなりへと付き合ってやろうという気概と度量を見せてこそである。これぞまさにレディファーストの心遣い。紳士ジェントルの精神である! どうだ浅井よ。惚れたであろう? 照れずともよいぞ? どれ、胸を貸してやろう。その小さな顔を俺に預けるといい。メロディアスなムードで見事貴様を酔わせ発情せしめてやる。、さぁさいざ恋、我が君よ!





「私、田中さんが行きたいところに行きたいなぁ」


「な、何?」


「田中さんの好きなところに、舞を連れて行ってください」


 そ、想定外だ! ど、どうする……どうするどうする俺ならどうする!? 普段行くところといえばルノアールだが、いきなり喫茶店というのは少し軟弱すぎるだろうか……むぅ……そもそも俺は普段どこへ行っていたか……女を連れていけるような場所といえば、商店街のクレープ屋くらいか……いやしかしあそこは焼きそばは美味いくせに肝心のクレープは吐瀉物ゲロの方がましなくらいのできである。さすがにこの時間に濃厚ソースが滴りに滴った焼きそばを食わすわけにはいかん。即ち暗中模索なのであるが、このまま模索して果たして何かあるものだろうか……


「……」


「……」


 駄目だ。いきなり躓いてしまって声も出せぬ。空気が悪い。ど、どうしたら……


「……」


「……」





 こ、これが俗に言う、初デートの落とし穴か……お互いの距離が縮まぬ時期に生じる歪みなのか……あぁ……神よ。俺はどうしたら……



「あ、田中さん。私、あそこ行きたいです!」


 急だな! だがまぁ良い。女というのは元来気まぐれなものだし、希望を言ってくれた方が妙な気不味さを持ったまま過ごすよりは心労が溜まらぬ。何を思いついたかは知らぬが、言ってみるといい。


「なんだ? どこだ、どこに行きたいのだ? 申してみよ」


「あそこです!」


「……え? あそこ?」


 浅井が嬉しそうに美顔を崩し、細い指を立てて往来を示した先。真昼間から煌びやかなネオンを灯し、軽快かつ軽薄な音楽を響し流す異空間。世が世なら、不良供の溜まり場となっていた、府域乱れる不健全な場所。


 人それを、ゲーセンと呼んだ。

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