第5話 翼を失った少年


 次の日の午前9時30分、2人は約束したファミリーレストランで間々田の到着を待っていた。えてアパートに呼ばなかったのは、少しでも彼が警戒しないで話せるようにとの配慮からである。

 2人は朝飯を先に済ませ今はコーヒーで粘っている。朝という事もあり店内の客はまばらだ。インテリ風のスーツ男が英文のニュースペーパーを広げ、目の下にクマを作った女が朝からビールをかっ食らっている。その中で真黒は何を聞いて置くべきか考え整理し、ひろしはスマホゲームに興じているのだった。


カランコロン……


「来たな。おーい、ここだよー」


 真黒が手を振り呼ぶと気付いたようで、私服姿に眼鏡の少年はすぐにやって来た。


「悪いね、急に呼び出したりして。今日は宜しく頼むよ」

「いえ、大丈夫です。先日はお世話になりました。ひろしさんも昨日はどうも」

「こっちこそ! 昨日は間々田君が居てくれて助かったよ!」

「朝食は済んでるのかい? 気にせず何でも頼んでくれ、おごるよ」

「あ、いえ。もう済ませましたので……」


 遠慮する間々田だったが、強く勧められクリームソーダを注文する。一方の真黒もコーヒーのおかわりとポテトフライを頼んだ。


「まぁ緊張せずに軽めに話してくれていいからね。……さてと、何から聞こうか」

「その前にお願いがあります。真黒さんはもう他のメンバーとは話されましたか?」


 唐突な申し出に、真黒は正面を向いた。


「いや? まだだけど?」

「できれば他のメンバー、特に合宿に参加した女の子たちへ、事件のことを聞くのは止めて貰いたいんです。あの事件以来、みんな不安でナーバスになってまして……。部長の川原もしっかりそうに見えて、相当参ってると思うんです」

「ふむぅ……なるほど」

「ですから代表で副部長の僕が話すという事で、駄目でしょうか?」


 この時真黒は正直「しまった」と思った。間々田を皮切りに、芋づる式にオカ研のメンバーから話を聞こうと考えていたからである。釘を刺されてしまったわけだが、間々田の言う事に理はある。それに皆、未成年だ。


「具合の悪かった子も居たくらいだしね……わかった、その条件を飲もう」

「ありがとうございます」

「いいんだ。部員の安全を守るのも、君の役目だろうからね」


 そう言うも内心は相当焦っている。仕方ない、こうなれば間々田から聞けることを聞けるだけ聞きまくるんだ。


「そうだな……ではまず、オカ研の責任者だった佐山先生について教えてくれ」

「佐山先生、ですか?」

「あぁ、何でもいい。普段学校ではどんな先生だったかな?」

「あの先生は……そうですね、正直学校での評判は余り良く無かったです。何を考えているかわからないし、僕は先生の授業を受けたことが無いので事実は不明ですが、ぼそぼそ声が小さく何を言ってるのかわからないとも聞きました」

「それは同じ学生から聞いたのかい?」

「はい。それと、一部の生徒から嫌がらせまで受けていたとか……」

「生徒からの嫌がらせねぇ……」


 ポリポリと頭をかきながら真黒は中学生時代、気に入らなかった教師の靴箱の中にう〇このおもちゃやコ〇ドームを放り込んだ事を思い出す。良い子は絶対に真似してはいけない!


「他はよくわかりません。先生は部活にもほとんど顔を出しませんでしたから」

「副部長だった君でもわからないのかい?」

「……はい。1年生の時、僕はバスケ部に居ましたし」

「本当かい!? 実は俺も高校の時バスケやってたんだよ!」


 ひろしが突然嬉しそうに、話へと割り込んで来た。


「ドリブル、パス、シュート! 体育館で汗まみれになるバスケはまさに青春だよな! 相手のマークをかわし、シュートを決めた時の歓声! ほんと最高!」

「ええ、ええ! 全くその通りです! 僕もバスケが大好きで、中学校の頃から続けていました。県大会で優勝したこともあるんです。僕にとってもバスケは青春でした」


 一緒になって興奮気味に話す2人。緊張がほぐれそうなのは良いが、話が脱線してしまっても困る。そこで真黒は水を差すことにした。


「だが君はバスケ部を辞め、オカ研に入った。その理由は?」


 すると間々田は意気消沈し、ソーダを一口飲むと顔を曇らせる。


「……練習中、足の靭帯じんたいを切ってしまったんです。今までのようにプレーできなくなったと知り、当時ショックを受けました。それでもバスケを続けるかどうか悩み抜いた末、部活を辞めることにしたんです。潮時かな、と……」

「えぇ……そうだったのか……」

「潮時、というのは?」

「来年には大学受験もひかえてますし、辞めるにはいい機会だと考えました。それに僕、周りからやっかみを買ってたみたいで良く思われてなかったんですよ……。中学の時はこんな事無かったのに……あいつらきっと、怪我して辞めた僕を笑っていたに違いない……くそっ……」


 悔しそうにそう話す間々田に、突然ひろしは立ちあがった!


「わかる…わかるぜその気持ちよぉっ!! 自分が上手くいかないのを他人のせいにして、ねたんだりやっかんだりするんだよな!! マジ今でもむかつくぜ畜生っ!!」


「おい、ひろし君! ひろしっ!!」

「あ……す、すんません……」


 店内の目線を集めてしまったことに気付き、ひろしは顔を赤らめ小さくなった。


「まったく……すまんね、こういう奴なんだ」

「あはは……。でも嬉しいですよ、僕の気持ちを代弁してくれたみたいで。とにかく僕はバスケ部を去り、病院へ通いながら暫く帰宅生活でした」

「オカ研に入ったのは?」

「今年に入ってからです、同じクラスだった柿崎から誘われたのが切っ掛けでした。彼とは高校に入ってからの付き合いで、家に遊びへ行ったこともあるんです」

「そうだったのか……。間々田君はオカルトには興味あったのかい?」

「いえ全く。でも誘われたのが嬉しくて、体験入部ならって感じで入ってみました。運動しない部活というものに違和感を感じましたが、入ってみると居心地よかったですね。何より好きな時に顔が出せて、自分の時間を優先できましたし」

「しかし、入部してすぐ副部長になれたのは何故?」

「えと……それは他になりたい部員が居なかったからというのもありますけど、そもそもオカルト部は部員が少なく廃部寸前だったんですよ。当時僕は恩返しのつもりで夢中で部員の勧誘し、当時から部長だった川原からも頼まれて引き受けました」

「へぇー、大したもんだな」

「いえそれほどでも。僕はただ嬉しかったんです、新しい居場所が出来て。柿崎には今でも本当に感謝しています……本当に……」


 そう言いつつ、間々田はひたいに手をやった。


「でも……その柿崎も、もういない……。彼の事は……残念です」

「……」


 3人はしんみりとした空気に場を支配される。

 が、鬼の心臓を持つ真黒だけはものともしない。更に質問が続く!


「間々田君は、柿崎君と伊集院さんが仲悪かった事を知っていたか?」


 この時、間々田の手がピクリと動いたことに、真黒は気付いた。


「…知っていました。いえ、彼らを知っている学生は皆、知ってましたよ。それだけ有名だったんです、彼らの仲の悪さは……」

「伊集院ひかる、伊集院財閥の娘だそうだね? 彼女は元々オカ研に居たのか? 仲の悪い柿崎君と同じ部活動、問題が出なかった訳じゃあるまい?」

「……」


 質問を受け、間々田は黙ってしまった。一度に突っ込んだ事を聞きすぎたか?


(先生……いくらなんでも突っ込み過ぎっスよ)


 心配そうにひろしは2人の顔を見比べる。真黒は真剣そうに間々田を向き、質問の返答を待っていた。一方の間々田はソーダを飲み干し、意を決すると口を開いた。


「………彼女……伊集院はバスケ部のマネージャーでした。というか、僕らは以前に付き合っていたことがあるんです」

「えぇ!?」

「ほ、ほんとうか?」


 衝撃の事実に、2人は度肝を抜かされる。特にバスケを通じ、仲間意識を持ちつつあったひろしはショックを受けた。


(なんだよこいつ……リア充(リアル充実の意味)じゃねーかよぉ……)


「そ、それで、何故伊集院はオカ研に?」

「僕がバスケ部を辞めてから、彼女との付き合いも自然消滅していきました。ですがある日、マネージャーを飽きたと言ってオカ研の部室に顔を出したんです。その時居合わせた柿崎と口論となり、改めて2人の仲の悪さを知りました……」

「どうして伊集院が……」

「……多分、僕を追って来たんだと思います。僕がはっきりと別れる話をしなかったから……。その後も伊集院は現れ、自分もオカ研へ入れるよう迫ってきたんです」


 肩を狭め申し訳なさそうに話す間々田。若気の至り、そういうこともあるかもしれないが、真黒はえて釘を刺した。


「ふむぅ……いかんなぁ間々田君。そういうことは後腐れしないようにせんと」

「はい、反省してます……。とにかくどうしても言う事を聞かない彼女に、僕は柿崎と相談して、彼女が部室に居る時間と被らないようにして貰ったんです」

「おいおい、そんな器用な事が本当にできたのか?」

「えぇ。部長の川原にも相談しましたが、渋々納得して貰いました。なんだかんだで伊集院は男女を問わず人気があったんですよ。彼女目当てで入部してくる人も居ましたし……。それも始めの1ヶ月だけで、みんな幽霊部員になっちゃいましたが」

「成程な……そういう訳だったのか……」


 手帳に細かく情報を記していく、人間関係については大分集まった。次は事件当日の行動について聞いてやろうか。そう思った時、間々田は時計を見て慌てた。


「いけない、もうこんな時間だ。これから塾があるのでここまでにさせて下さい」

「えっ、そうなのかい!? それは済まなかったな」

「いえ、こちらこそ済みません」


 まだ聞きたいことを半分くらいしか聞いていない。


「 ……仕方ないな、じゃあまた今度会って貰えるかな?」

「はい……でも塾がある上に、来週から家族と海外旅行に出かけるんです。その準備もしなくちゃいけないので、大分時間が限られてしまいますが……」

「むむ……そうか。わかった、ありがとう。もし何かあったら連絡してくれ」

「はい。ご馳走様でした、失礼します」


 間々田は名刺を受け取ると、一礼して去って行った。


(はぁ……美人で人気者の財閥令嬢か……いいなぁ……)

「いつまでそうしているんだ? 我々も出るぞ。君も午後から用事があるんだろ?」

「そりゃあわかってますけど……。それで、先生は午後どうされるんですか?」

「俺はもう一度民宿をあたってみる。電話が通じない以上、直接乗り込むしかない」

(え……それってみかさんにもう一度会えるってことじゃ……)


 完全に色欲モードへと突入してしまったひろし、真黒を引っ掴んだ。


「ずるいや先生! 俺も連れてってくださいよおぉぉぉぉぉ!!!」

「は、放せ!! 君は男だろう! 男同士の約束は守るんだ!」


 じたばたするひろしを引きがそうとしていたが、突然真黒は動きを止めた。


「……先生?」

「……」


 真剣な眼差しで辺りを警戒する真黒。そう、また感じたのだ。何者かの視線を。


「ひろし君。どうやら我々は、何者かに監視されているようだ」

「え? 一体誰に!?」

「わからん。だが君も気を付けてくれ。見つけても絶対に追ったりするなよ」

「う、うっす」


 真黒はひろしを残し、バス乗り場へと足を運んだ。


 40分後、真黒はバスからタクシーへと乗り換えていた。理由はバスが民宿へ向かわないことを運転手から聞いたためである。なんでも事件のあった日から、民宿はやっていないらしい。


(無理も無い話か……。だが民宿は民家も兼ねている、誰かは居る筈なんだが)


「運転手さん、ちょいと電話かけるがいいか?」

「いいよぉ。わいふぁいとかいうのは付いてまへんけどー」


 真黒は携帯から民宿へと電話を試みた。が、2回程かけてもやはり繋がらない。


(頼む……誰でもいい、居てくれ!)


カチャ


──もしもし……。

「ん? その声はみかちゃんか? 俺だよ、前に泊った真黒だ」

──えっ? 真黒さんなんですか?

「あぁ。今からそっちへ向かうんだがいいかな?」

──勿論です!今迎えに……ザー……


プツ…… ツー ツー ツー


「ありゃあ、切れちまったぞ。圏外か?」

「ここらへ来るとお客さんは、みんなそう言いますけぇのう」


 どうやら携帯電話が使えないというのは本当のようだ。念のため真黒はタクシーを降りた時にもう一度試してみたが、やはり圏外で結果は同じだった。

 タクシーは宿に着く大分手前で止まってしまった。「この先立ち入り禁止」の看板がでていたためである。おかしい、こんな物は無かった筈だ。仕方なしに真黒は歩く事を余儀なくされるのだった。木陰とはいえ真夏の昼の気温、汗を拭いながらの坂は正直こたえた。

 そして、もう少しで民宿の駐車場、というところで警官が立っており、真黒は呼び止められた。


「ここから先は私有地です。関係者以外は入らないでください」

「知っている。私だ、ご苦労」


 刑事の振りをして通り過ぎようとしたところ、今度は肩を掴まれた。


「知らないぞ! 誰だ君は!?」

「皆まで言わせるな。この先の民宿に用があるのだ、アポも取ってある」

「念のため身分証を拝見します」

「……面倒な奴だな、ほれ」


 運転免許証を手渡され、顔を見比べると警官はギョッとした。


「君! 駄目じゃないか! 更新期間が過ぎているぞ!」

「だってもう何年も運転してないもん」

「怪しい奴だな……ちょっと来い!」


『真黒さーん!』


 警官が再び真黒を捕まえようとしたところで、みかが後ろから走ってくる。


「そらみろ! 呼んでるじゃないか! 女の子を走らせるとはけしからんな!」

「あぁ、わかったわかった。でも免許証はちゃんと更新しておくんだぞ」


 仕方なく警官は真黒を通し、首を傾ける。


(マグロ……? 免許に書いてあった名前は確か早……あだ名かな?)


 

「助かったよ、みかちゃん。でもどうして警察が? まだ捜査は終わらないのか?」

「あの日以来ずっとですよ。それと……こちらから警察にお願いしたんです」


 歩きながら山林を歩く2人。みかの表情はどことなく暗かった。


「一体何があったんだ? 昨日も電話したが誰も出なかったし」

「……実はあの日以来、ひっきりなしに週刊誌の取材が来るようになったんです…。始めは断り続けてたんですがキリが無くて……。それと夜になると嫌がらせの電話が来るようになりました……それが原因で女将さんが倒れてしまったんです……」

「なっ……! そいつはひどいな! 許せん!!」


 聞けば女将は町の病院に入院しているとの事だ。旦那と若女将はその見舞い次いでに親戚の家に行っていて、今日は一日居ないらしい。今後も民宿を続けていくかどうか、相談するのだという。


(ふむ、嫌がらせか…。いくらマスコミでもそこまではせんだろ、となると愉快犯の仕業か……? そう言えば、ひろし君も通夜で似たような奴がいたと言ってたな…。

まさか伊集院財閥か!? ……そういうことか! 堅気かたぎに手を出すとは汚い奴らめ!)


「今日は私が留守番をしてるんです。そんなことしなくていいよって言われたんですけど、また宿が再開した時のために掃除しないといけませんから」

「そうか。みかちゃんは偉いんだな」

「そんな……私、今の仕事気に入ってここに居ますから……」


 やがて例の吊り橋へと差し掛かり、真黒は驚き声を張り上げた。


「ど、どういうことだこれは!?」


 橋の下にいたのは大勢の捜査そうさ官、警察犬まで沢山引き連れている。沢は大型機械によって流れを変えられ、川底が露となっている部分があった。


「多分、まだ事件の証拠を探しているんだと思います」

「驚いたな、警察の執念って奴か。……ふん、無駄な環境破壊だ」

「そうだ真黒さん、警察のワンちゃんってとっても賢いんですよ! 餌あげても食べようとしないんです! 凄いですよね、警察犬って」

「はははは、そんなことして怒られただろうに」

「えへへ」


 やっとみかが笑顔を見せてくれた。

 事件は殺された被害者のためだけじゃない。関わってしまった全ての人間のために真相を突き止めるべきなのだ。真黒はそれを改めて認識することができた。

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