第4話 スキャンされている


「放せっ! 俺は逃げも暴れもしないっ! 刑事出せっ!!」


 警察署の受付の前で騒いでいたその男、若い警官2人に取り押さえられるが、尚も激しく騒いでいた。草間刑事は駆けつけるなり、ギョッとして声を張り上げる。


「柿崎さん! 一体どうしたんですか!?」


(柿崎さんだと……?)


 草間の言葉を耳にするなり真黒は男へと近寄る。見た目は40~50歳くらいで、手には週刊誌が握られていた。


「刑事さん! これはどういうことだよぉ!? あんたらの中にマスコミへ垂れ込んだ馬鹿が居るんじゃないだろうな!? 俺はこんなことまで頼んだ覚えはないぞっ!」

「柿崎さん、まずは落ち着いて話し合いましょう!」


 だが『柿崎』と呼ばれた男は落ち着く様子を見せない。

 ──と、ここで真黒が!?


「おい、あんた殺された学生の身内か?」

「なんだお前は!? だったらなんだってんだ!」

「真黒!? 止せ!」


 草間の言葉に耳を貸さず、真黒は男へ更に近づきそっと耳打ちをする。


(探偵だ、話を聞こう)

「え……」


 途端にいきり立っていた男──柿崎は大人しくなる。真黒は両脇に居た警官に離れるよう肩を叩くと、柿崎を外へ連れて行こうとした。


「真黒!! 警察の捜査を邪魔しない約束はどうしたっ!?」

「草間刑事、俺はちゃんと約束を守るぜ? 思うに今、この人はとても話しにはならない。警察の仕事の邪魔にならぬよう外へ連れ出す、協力してくれた俺なりの礼だ」

「き、貴様という奴はっ! 柿崎さん、その男について行っては駄目だ!」

「……」


 しかし柿崎は黙ってついて出て行ってしまった。やれやれ、と草間は大きな溜息をつき、後を追おうとした警官を制止しする。出て行った2人を追う影が、遠巻きからチラリと見えた。


(まったく、どいつもこいつも……)



「どうだい? 落ち着いたか?」


 警察署の近くにある大型の公園。春はそこら中が桜の花で満開となるが、今は夏。真黒は葉の生い茂った桜の下のベンチに柿崎を座らせ、自販機で買って来た烏龍茶を手渡そうとする。だが柿崎はそれを受け取らず、真黒を見上げるようににらんだ。


「……あんた、本当に探偵なんだな?」

「あぁ。山の民宿で起きた殺人事件について調べている」


 そう言いながら、自分用に買って来たブラックコーヒーを飲む。


「誰に雇われた?」

「雇われてはいない、自主的に事件を調べているだけだ」

「一体何のために?」

「行きずりついでってとこだな。たまたま俺もあの民宿に泊まっていたんだよ」

「……成る程な、そういうことか。じゃあこれもお前の仕業かっ!?」


 柿崎は持っていた週刊誌を突きつけた。受け取り真黒は内容を見て顔をしかめる。

 案の定、そこには例の事件についての特集が組まれ、写真付きで掲載されていた。内容はひどいデタラメで、地元高校のオカルト部がいわく付きの民宿で黒魔術を行うも失敗。悪霊に取りつかれた学生Kが突如刃物を振り回し、教師と女学生を殺害後に投身自殺。黒魔術には化学教師の用意した覚醒剤が使用されていたとまで書かれていたのだ。


「…ふん、下らんな。誰がこんなものを信じるんだ」

「あんたがマスコミに垂れ込んだんじゃないのか!」

「馬鹿を言え、俺は政治家や警察の次にマスコミが嫌いだ」

「……くそっ! じゃあやっぱりあいつらがっ!」

「あいつら、とは? 聞かせてくれ」


 柿崎は置かれた烏龍茶を一気に飲むと、隣に座った真黒にポツリポツリと話し始めた。あの事件の日以来、新聞社を名乗る人物が訪ねてきたり、見知らぬ人物が自宅の回りをうろつき始めたのだそうだ。中には塀をよじ登り、敷地内をカメラに収めようとする者まで出始め、警察に相談していた矢先のことだった。


「……俺は…俺は息子が死んだなんて未だ信じられないんだ! まして人様を殺しただなんて……!」

「無理も無い、心中お察しする」

「俺は今まで息子を厳しく育てて来た……人様に迷惑を掛けない、それでいて立派な人間になれと教え込んで来たんだ! それなのにどうしてこんなっ!!」

「考え自体は間違いじゃない。少なからずとも親ならばそう望む」


 柿崎──正確に言うと柿崎真也の父親は、自分が今までどんなに息子を思って育てて来たかを力説した。その中で、多少厳しくしつけ過ぎたとも語った。勉強、勉強と言い続け、無理にレベルの高い学校へと進学させたせいか、1年生の時に登校拒否になりかけたことも打ち明けた。

 ストレスが原因で喘息ぜんそくわずってしまい、自分にも少なからず原因があったと思い込んだ柿崎の父は、それ以来息子への束縛そくばくを緩めていったのだという。オカルトなどという怪しげな活動への参加を黙認したのも、息子の興味あることを少しでも理解してやりたいという思いからなのだと……。


「なあ……俺は今まで間違っていたのか? 俺の息子は……人を殺しちまったのか? 」


 声を震わせながら訪ねるも、真黒は黙ってコーヒーを飲み干し、缶を捨てた。


「……俺は他人の教育などに興味はないし、他人の家に口出しするつもりも無い」

「……」

「だがこれだけは言っておこう。今のあんたがやるべきことは戦うことだ」

「戦うこと……」

「下らない世間などに惑わされず、真也君を最後まで信じ通すんだ。重要なのはこれから先の未来、そのために戦い続けろ。何のために高い税金を払っている? 助けが必要ならどんどん警察を使ってやれ。俺は俺のやり方で真実を見つけるだけだ」


 驚いて柿崎の父親は、改めて真黒を見た。


「あんた、俺に……俺たち親子に味方してくれるのか? 生憎だがうちは探偵なんか雇うほどの金は無い……」

「俺は客など求めてはいない。まぁあんたがどうしても探偵歴数日程の俺を雇いたいと言うなら話は別だが?」

「な、なんだと!? ……ぷっ……ははははははっ!」


 先程までの暗い表情が嘘のように、柿崎の父親は笑った。

 この時、真黒は正直「そこまで笑う事無いだろうこの親父」と思っていた。


「ははは……いや。止めておくよ。だがお陰ですっきりした、ありがとよ探偵さん。お茶、御馳走さん」


 今夜は息子の通夜があるんだと言い残し、柿崎は去って行った。何も知らない一般大衆は週刊誌を鵜呑うのみにしかねない。信憑性はともかく、悪事千里を走るという。彼にとって辛い一夜とならねばよいが……。

 ここで真黒は気持ちをクールに切り替える。彼に同情するくらいなら、早く真相を掴むことだ。どんな結果が出ようとも、それが柿崎真也への供養くようになるのだ。


(……大した情報は手に入らなかったな。全くの無駄骨でもなかったが)


 探偵にとって、どんなに些細ささいな事柄でも重要な手掛かりとなる。今後の判断材料にでもなればと手帳に書き記し、ベンチから腰を上げた。


──と、その時だった。


 真黒は誰かに見られている気がして振り返った。全身スキャンされているような、常人とは思えぬ程の強烈なプレッシャー。だがそこには日常的な風景が広がっているだけで、マラソンしている中年や子供を遊ばせている母親くらいしか見当たらない。誰もこちらを伺っている様子が無いのだ。


(気のせいではない、俺の中の何かがそうささやいている……どいつだ?)


「誰だ! 正体を見せろ!」


『ママー、変な人いるー』

『しっ! 向こう行きましょうね』


 いきどおり叫ぶも、「お前こそ誰だよ」という冷やかな視線しか返って来なかった。



 真黒がアパートに帰ると鍵が掛かっていた。ひろしはきっと通夜へと着ていく服を買いに行ったのだろう。


(ふう……)


 ソファーに腰掛け葉巻に火を付けると、真黒は今日手に入れた情報を整理することにした。


(……)


 まず草間刑事から手に入れた情報だ。警察では柿崎が伊集院を刺したと見ており、犯行動機は怨恨からだと言った。これは真黒の予想通りでもある。


(柿崎と伊集院は同級生で、1年生の頃から合っていた。柿崎の方は喘息を引き起こすまでにストレスを受けていたと……)


 そして柿崎は、合宿を利用した伊集院殺害計画を企てる。凶器は模造品のナイフに刃を付けたもので、それは数か月前部室から消えた備品であった。


(数か月前……随分と前から計画していたんだな。……いや、事前に凶器を手に入れ殺害の機会を伺っていたということか。その上で合宿という機会が訪れ利用したと)


 しかし合宿当日伊集院の方から休戦提案が出され、柿崎は計画を実行に移すか葛藤かっとうすることとなる。そして午後7時前、伊集院は用事があると言って一人外に出た。

 と、ここで真黒に疑問が生じる。


(伊集院は何のために外へ出た? 柿崎に「話がある」とでも呼び出されてか?)


 学生たちはある程度固まって行動していただろう。例え事前に待ち合わせを約束していたとしても、その約束現場を見ていた者がいておかしくはないのだが……。


(休戦提案の事は1年生が聞いていたようだな。もしかしたらその時か? うーん、それにしても不自然過ぎる。一時的に仲直りしようとしたとは言え、すぐにいがみ合っていた相手の呼び出しに応じるとは思えん……。一体どんな方法を使った?)


 携帯で呼び出すにしろ山の中、圏外になっていた可能性が高い。柿崎の携帯からは伊集院にかけた形跡はなかった、そもそも電話帳に登録していなかったのだ。まぁ、仲が悪かったのだから無くて当然なのだが……。


(伊集院のスマホを見ればわかるが、データが復元不可能な上に、身内が協力を拒否して電話会社に調べさせることが出来ない。……そういえば伊集院のスマホを捨てた理由はなんだ? もしかして本当は携帯が使える環境だったのか? ……あぁクソッ! ミスった! こんなことなら宿に居た時に確かめておくんだった!)


 頭をガリガリとかき回し、真黒はとりあえず伊集院が外に出た疑問を後回しにして考えることにした。


(伊集院が外に出た後に、同じ部屋の1年生2人は浴場へ行った。部長の川原だけは佐山とミーティングするために部屋を訪れようとしたんだよな。しかし……)


 柿崎と間々田の部屋から声が聞こえ、中を覗くと佐山が未成年2人にビールを飲ませていた。しかも佐山は覚醒剤の常習者で、この日も民宿に持ち込んでいた!


(間々田は飲まなかったようだがな。しかし佐山は教師の癖にとんでもない奴だな! 未成年に酒を勧め、その上覚醒剤まで……ん?)


 と、ここでまた疑惑が浮上したのだ!


(……まてよ? 酒飲んだ上に覚醒剤までやるって、これ危険じゃないか!? まして佐山は化学教師だしそのくらいの知識はあった筈だ!その上で未成年にビール勧めるとかどういうことだってばよ? 頭がイカれてハイになってたってのか?)


 一体佐山という教師はどんな人物だったのだろう?


(……想像も付かん……。ええっと……次はどうだったっけかな……)


 川原は特に気にせず佐山を呼び出し、一緒に部屋へと向かう。佐山の部屋は異臭が立ち込め、川原は空気を入れ替えるために窓を開け、打ち合わせを始めた。


(あの川原って子も謎だな……。普通『お酒は20歳になってから!』とか注意するだろうに。『部屋メッチャ臭いですけど先生の加齢臭かれいしゅうですか?』とかも聞かなかったのだろうか……あぁいかんいかん、ふざけている場合じゃなかった)


 とにかく川原と佐山はレクリエーションの打ち合わせを始めた。暫くして窓の外から悲鳴が聞こえ、驚いた佐山は生徒たちを確認しようと部屋を飛び出す。暫くして、廊下を歩いてきた1年生2人を見つけるも伊集院の姿はなく、柿崎も消えていた。間々田の話では、柿崎は気分が悪いからと部屋を出て行ったらしい。


(恐らく柿崎は、もうこの時には外にいたんだ。宿の中を探し回り、それに気付いた佐山は2人を探しに外へ出た。それから暫くして間々田が最初に外へ出、玄関の前で固まっていた女の子たちを見つけた民宿の旦那が声を掛け、皆で探しに外へ出た…)


 そして、その後は真黒も知ることである。


(腑に落ちない点があるとすれば、やはり柿崎のことだろう。ビール飲んだくらいで人を殺せるのか? 柿崎の親父に会ったが、随分と厳しく躾けられたようだ。それが子供へどんな影響を与えるのかは俺も詳しくはわからん。しかしそれにしても一定の理性くらいは保てそうな気もするが……)


 となると、やはり佐山の飲ませたビールが原因なのだろうか。覚醒剤が入っていた可能性を疑ったがビールからは何も検出されず、柿崎の遺体からも反応はでなかったらしい。


(んー……他にも何か違和感を感じるが、圧倒的に情報が足りない。もう一度民宿へ行って調べてみるか? 実際に行ってみることで何かわかることがあるやもしれん)

 

 善は急げ、早速例の民宿へと電話を掛けた。


プルルルル……プルルルル……


「……電話に出んわ」


 諦めソファーに倒れ込こむと、そのまま疲れで寝てしまった。



「……先生! 先生っ!」


「……んあ……ひろし君か?」

「まさか帰ってずっと寝てたんスか? もう夜の8時ですよ」

「むう、寝過ぎちまったか……」


 見るとひろしは一帳羅いっちょうらを着こんでおり、別人と見違えるほどである。態度がどこかイライラしていて開けっ放しだった窓を乱暴に閉めた。


「随分と機嫌が悪そうだな。通夜に行ってたんだろう、何があった?」

「それが聞いて下さいよ!」


 ひろしが言うに柿崎の家は、町の中心から郊外にある小さな一軒家だったそうだ。外に人があふれる程に集まったのだが、その中で一人おかしな奴がいたのだという。何でも大声で「この家の子供は人殺しだ」とほのめかしていたそうだ。


「不謹慎にも程がありますよ! 思いっきし殴ってやりたかったっス!」

「ほう、殴らなかったか」

「通夜の席なんで流石に殴らなかったっス!」

「……本当は?」

「……ぶん殴ろうと締め上げたところで周りに止められました」

「騒ぎを起こす事が無いように」

「サーセン」


 内心やれやれと真黒は思った。ひろしは根が良く普段もいい奴なのだが、一度ひとたび火が付くと自分でも抑えきれなくなってしまう性質たちなのだ。それが原因で高校も中退したと聞いている。


「それで、通夜では何か掴めたのか?」

「ええ、勿論! これ見て下さいよ!」


 そう言って取り出したのは自分のスマホ。

 電話帳を開き、真黒に見せる。


「通夜にオカルト部副部長の間々田が来てたんスよ! 少し気まずそうですぐ帰ろうとしてたんですけど、思い切って呼びかけてみました! 彼も僕らの事憶えてたみたいで携帯の番号を教えてくれましたよ!」

「なんだって!? お手柄じゃないか! よくやった!」

「それとですね、柿崎の幼馴染とも仲良くなって明日遊ぶ約束をしました! もしかするとオカルト部の事を色々と聞きだせるかもしれません!」

「おいおい、凄いじゃないか! 流石は俺の助手だ!」


 通夜の席でのこと。テーブルの端でしきりにスマホをいじっている奴がいたので、こんな場でなにやってんだと覗きこんだところ、ひろしも普段しているアプリゲームをやっていた。声を掛けたら思わず話が弾んでしまったらしい。

 何でもその子は高校こそ別になってしまったが、生前の柿崎とは小学校から遊んでいたそうだ。今でも柿崎が事件を起こした事が信じられないという彼に、ひろしはこっそりと探偵の助手であることを打ち明ける。始め驚いてはいたが、幼馴染の無念を晴らすためならと協力を申し出てくれたのだ。


「あいつは誰かを殺したりするような奴じゃなかったって! 第二高に仲のいい奴がいて一緒に連れて来てくれるらしいっス!」

「へぇー、柿崎って友達多かったのかもな」

「人って見掛けにらないんスね。俺、ああいうタイプの奴らはみんな暗くて冷たい奴ばっかりだと思ってたんすけど、仲間思いのいい奴もいるんスねー」


 腕を組み、嬉しそうにうなずくひろし。


「ところで先生の方はどうだったんですか?」


 聞かれ真黒はメモ帳を開くと、警察署で草間から聞いた話と、柿崎の父親に会った話をしてやった。眉間みけんしわを寄せ、頭から煙が出そうだが理解して貰えただろうか。


「……うーん。俺、頭悪いから今一つ飲み込めませんけど、かなり複雑な事件みたいですね。学校の先生が薬やってただなんて……。柿崎の親父さんは今日見ましたけど如何にも堅物で真面目そうな人に見えました」

「そうか……さて、今は9時前だな。少々遅いがひろし君、早速間々田と会う約束を取り付けてくれないか? 早い方がいい、明日の午前中会えないか聞いてみてくれ」

「了解っ!」


 ひろしが電話をかけ始めたので、真黒は灰皿の葉巻をくわえ、火を付けた。何気なく外を見ようと、窓に近づいたところで突然それは襲って来た。


「──っ!?」


 まただ! 窓の外からまた見られている視線を感じたのだ! 急いで窓を開け辺りを確かめるも、真っ暗で誰も居る気配がない。電話を終えたひろしが不思議そうに声を掛ける。


「どうしたんすか先生」

「……いや、何でもない」


 真黒は窓を閉めると鍵を掛け、カーテンを引いた。

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