第四章

休み明け(1)

 昨晩は徹夜でラブレターを認めていたため、ふらふらだ。このままだと寝てしまい、姫宮の約束を果たせそうに無かったから、いつもより一時間も早く学校に行くことにした。まあ、この時間なら誰に見つかることも無く任務を遂行できるだろうと思っていた。


「……」


 こんな時間だと言うのに、先に登校してきているのが居た。

 藤代だった。

 目に生気が無く、いつもの毒舌もやってこない。思い人が死んだのだ、無理も無いだろう。頬には絆創膏が貼ってあった。

 しかし、週の初めから聞けるのか、と楽しみにしていた毒舌が無いのは何だか面白くない。偶にはこっちから吹っかけてやるとしよう。


「おはよう、藤代」


 無反応。

 概ね予想通り。

 オレも特に視線を向けることも無く、鞄の中身を出しながら続ける。

 なるべく平静を装って言うが、あまり自信はない。


「オレを襲ったのは、お前だよな」


「……だから何だって言うの。あんたが悪いんだからね」


 顔は見ていないが、声だけでも相当に威圧感がある。

 それにしても、姫宮は正解だったみたいだ。

 まあ、第二の犯人に関してはオレも辿り着いていたから驚きは無い。


「いやいや、それは悪いと思ってるよ」


 どの口が言うんだか、と心の中で突っ込みを入れる。

 藤代は返事をしない。

 ただのしかばねみたいだ。


「だからというか、お詫びの印に。今日の放課後に屋上に来てくれよ。別に告白しようってんじゃないし、嫌なら来なくて良いからさ」


 ぎっと椅子を引く音がする。

 藤代が立ち上がり教室から出て行く。足取りがふらついてて危なっかしい。今にも倒れそうだ。大丈夫かアイツ。

 まあ、人の心配している暇もない。オレはやることがある。神谷の席に立ち、辺りを見渡す。藤代が開け放したままの扉からは人っ子一人見えやしない。さっと引き出しに果たし状を滑り込ませる。教科書が何も入ってなくて不安になる。椅子を机に密着させて、なるべく他の席から見えないようにして自分の席に着く。

 思ったけど、これ神谷が欠席する可能性もあるよな。掃除の時間に机を引いたら果たし状が露になる可能性もある。まあ、その前に回収したら良いか、なんて考えたら教室に人が入ってきた。てっきり藤代が帰ってきたかと思ったが、前守だった。


「犬一、部活動申請用紙って何処で貰うの?」


「職員室じゃないのか」


 そう、と引き返す。入れ違いに神谷が教室に入ってきた。何故か足を引きずっていたが、そういえばバットで殴られたんだっけか。

 ご愁傷様。

 オレは顔を伏せると、急に眠気が襲ってきた。学校で寝るのは気が進まないが徹夜だったのだ、仕方がない。しばらくの間、仮眠を取ることにしよう。

 またしても夢を見た。今度の夢には前守と姫宮は欠席。代わりに神谷と藤代、水野、内田が出て来た。中学の教室で楽しそうに談笑していた。何を話していたかは思い出せないが、そもそもこんな思い出は無いと断言できる。オレの脳が見せる気まぐれでしかない。それでも、夢を見ている間はとても楽しく、いつまでも続くと良いな、なんて気持ち悪いことを思ったりもした。まあ、所詮夢だ。いつまでも続くなんて事は無く、具体的にはホームルーム開始の音で中断した。藤代とも神谷とも仲が良くない現実に戻ってきたのだった。


「今日からは、通常通り授業を行います。クラスメイトが亡くなったのは非常に残念ですが、いつまでも悲しんでもいられません」


 オレ達の担任はそんな事を言って、さっさと教室から出て行った。前守は『授業を行います』に反応したのだろう、不満そうな顔をしている。藤代はその後だろう、いつもの苛々したような表情に戻っている。神谷の方は見ていない。何を考えているかは、推し量れない。


 一限目は、体育か。

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